1896(明治29)年創立の川崎重工業は、船舶、鉄道車両、航空機・モーターサイクルから、・産業プラント、ロボットほかさまざまな事業展開をしている。そのものづくりを通じて培った技術・知見で2022年にリリースしたのがヘリコプター輸送予約システム「Z-Leg(ゼータ・レグ)」だ。「人々の移動の選択肢にヘリを加えたかったんです」という川崎重工 Z-Legプロジェクトリーダーの堀井知弘さんに、プロジェクトの背景を伺った。
2023年12月10日、2024年の「F1日本グランプリ」の鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)の観戦チケットが発売された。初の春開催、チケットの最高額が90万円など話題も多い。
「2024年4月開催のF1も、国内外から多くの観客が来るはずです。三重県は新幹線が通っておらず、F1開催期間の交通集中による渋滞や駐車場不足も知られています。2023年のF1から、すでにヘリによる来場の本数は増え、私が自社の接遇スタッフとして行った時は、予選日と決勝の日の2日間で約90便が離着陸していました。」と、堀井知弘さんはいう。
ヘリといえば、ドクターヘリや災害救助、報道、観光遊覧、農薬散布などが思いつくが、堀井さんたちは「移動手段」として、ヘリを定着させようとヘリ予約システム「Z-Leg(ゼータレグ)」を立ち上げた。
「タクシー配車アプリがあるんだから、ヘリ用があってもいいよね」
「発端は、2018年から始まった社内イノベーションプロジェクトでした。私含め、5人のチームで毎週のように川崎重工の新規事業についてブレストしていたのです。そのときに、弊社が製造した、国産初のヘリコプター・BK117(1982年に日本国内の型式証明を取得)の話題になり、“ヘリでどこでも行けたらいいよね”というアイディアが出たのです。当時から、移動や交通が社会問題になっていたこともあり、そのアイディアをひたすらブラッシュアップし続けたのです」
川崎重工のヘリコプターはその安全性と機能性から、各自治体が採用している。また、防衛省の輸送ヘリコプター「CH-47J/JA」、観測ヘリコプター「OH-1」、掃海・輸送ヘリコプター「MCH-101」、南極輸送支援ヘリコプター「CH-101」などの製造を行っている。
「最初は、便利なタクシー配車アプリがあるんだから、ヘリ用があってもいいよね……程度だったんです。そのときに、まず見たのは一般社団法人 全日本航空事業連合会の統計データです。ヘリ旅客輸送の可能性がある会社が31社もあったのです。そしてヘリの実働データを調べると、1日1時間も飛んでいない機体も。ヘリは運航費が高額なこともあり、BtoBの事業がほとんど。山岳地帯への物資輸送、山中に建設する施設資材運搬などが主な業務です」
これを、資材の輸送だけにしておいてはもったいないほど、ヘリは機動力があり快適な乗り物だ。運航費が高いなら、高くても乗りたいニーズを考え、まずは富裕層をターゲットにBtoCでのサービス開発の可能性を探ることにした。
ヘリは天候に弱く、キャンセルが多いからこそ旅客輸送を
そこで、堀井さんたちは名古屋大学と組み、富裕層1200人を対象としたマーケティング調査を実施。調査対象となった1200人のうち以前にヘリ利用経験のある方のうち90%が「ヘリ輸送があれば再度使いたい」と回答を得たという。
「ヘリ輸送の料金は、1時間8人乗りで100万円です。給油は必要ですが1日中飛ぶことができ、煩わしさがなく目的地まで行ける。これに価値を感じる層が多いことがわかりました。それと同時に、セントレアで外国人旅行者にアンケートを手配りしたんです。ある方は“すぐにでも乗りたい。どこで乗れるの?”と質問してくださった。この時に手ごたえを感じました」
まずはニッチを狙い、日本のヘリ輸送の先駆者になる。そう決意した堀井さんたちは、すぐに予約システムの開発、協力航空運送事業者の提携を同時進行で行った。
「システムの開発においては、航空運送事業者さんが望むときに入れるような仕組み作りが最優先事項でした。ヘリは天候に弱く、出発地が晴れでも、目的地が荒天だとキャンセルになり、出勤したパイロット、準備したヘリはスケジュールが空いてしまう。そうなったとき、航空運送事業者さんが私たちの予約システム『Z-Leg』に入れるようにすれば、オンデマンドで注文を受け付けることが出来、相手にも利点があります。多くの方が前向きに検討くださり、現在、8社の運航会社、離着陸場毎に多数のタクシー会社と提携しています」
また、旅客運送はパイロットの知見も増えていく。飛行時間が長ければ長いほど熟練していくので、防災ヘリやドクターヘリで精度が高い飛行ができるようになるのだ。
「『Z-Leg』で提携している航空運送事業者さんとのお約束として、安全性を最優先にしているため、中堅以上の高い技術を持つパイロットのみで運行しています。旅客輸送をすることで、彼らの経験値がさらに高まり、業界全体が底上げされることも狙っています」