社員のウェルビーイングを実現しつつ、会社の増収・増益はできるのだろうか。その一つの解を示しているのが、文房大手のコクヨだ。2023年12月期通期実績によると、売り上げは、の3287億円を達成。営業利益も238億円と前年の191億円を上回った。コクヨの業績向上が顕著になったのは、2020年からだ。これは、「社内外のWell-beingの向上」を重点課題のひとつにしたサステナブル経営と、「コクヨ式ハイブリッドワーク」というワークスタイルをスタートしたことと重なる。しかし、“数字を出す”には、ノルマの達成や生産力の向上など、現場に負荷がかかる。ホワイトな働く環境を維持しつつ、健康と幸福を意味するWell-beingをどのように両立しているのだろうか。
(右)江崎舞さん・ヒューマン&カルチャー本部 働き方改革室 入社13年目、一級建築士。オフィスの設計に従事したのち、コクヨの働き方の企画・運営を行う。
(左)赤松広道さん・ワークプレイス事業本部 ワークスタイルマーケティング本部 入社25年目。多くのオフィス家具の企画を手掛けている。
規律で出社日を規定するのではなく、個人が選ぶ
DIME WELLBEING(以下・D):2020年のコロナ禍に広まったテレワーク。新型コロナウィルスが2023年5月に「5類感染症」に区分されるようになってから、一転して、出社に切り替える企業が増えています。2024年2月7日に公益財団法人日本生産性本部が発表した『第14回 働く人の意識調査』を見ると、テレワークの実施率は14.8%と過去最低を更新しています。
そんな中、コクヨはテレワークの継続も含む「コクヨ式ハイブリッドワーク」を推し進め、業績を上げ続けています。その秘訣はなんでしょうか。
江崎舞さん(以下・江崎):会社全体で推進しているからです。というのも、今後の人口減や、ワークライフバランスの追求、IT技術のさらなる発達を長期な目線で考えると、テレワークが今後も広がっていくことは間違いがない。そこで、個人と会社の成長を両立させるテレワークのやり方を、プロジェクトを作って取り組むことにしたのです。
赤松広道さん(以下・赤松):会社へのエンゲージメントを高めるにはどうすればいいか、出社組と在宅組の間の不公平感はどうすればいいか、コミュニケーションが希薄にならないためには、どうすればいいかなどの他に、多くの課題を洗い出し、解決のための仕組みを整えていきました。
江崎:そこで出社頻度を3つに区分。具体的には「オフィス中心ワーカー:在宅勤務が週0~1日」「ハイブリッドワーカー:在宅勤務が週2~3日」「フルリモートワーカー:在宅勤務が週4~5日」です。これを、チーム(10人程度の規模)ごとに四半期ごとに見直して、個人が出社する頻度を選ぶのです。
赤松:規律で出社日を指定するのではなく、個人のライフスタイルに合わせて、チーム単位で出社日を調整しています。育児や介護中の人は、在宅勤務の日が多くなりますし、新入社員がいるチームは、出社日が多くなります。「管理のための管理」ではなく、その人が自分らしく自律的に働くために、チーム単位で調整をします。
江崎:かつて「全員が毎日出社し業務をすることが仕事」でしたが、今は「個々の社員がそれぞれのライフスタイルに合わせて、活動を行うことが仕事」になりました。これを踏まえて、オフィス機能を大きく変えました。
社員の行動データ結果を製品に落とし込む
赤松:そこでまず重視したのは、コミュニケーションです。毎日出社していれば、コミュニケーションが自然に生まれましたが、テレワークだとそうもいきません。マネージャーと話し合うための、1on1(1対1で話し合うこと)を導入し、個別に仕事とプライベートの困りごと、目標などを話し合っています。これにより、共有しにくかった仕事の温度感や、質問や相談をしてもいいという心理的安全性を高めることができました。
江崎:頻度については、満足度の調査結果をもとに、2週間に1回30分を目安にしています。
D:レポートライン(指揮系統)もテレワーク仕様にも変えたのでしょうか。
江崎:特にありません。最低でも週に1回、チームメンバーが会う機会があるので、そこで意思決定をします。これができるのが、ビジョンの共有をしているからです。メンバー全員が同じ方向に向かい、仕事をしています。そのビジョンとは自律した個人が互いを認め、協働する社会を作るというものです。
赤松:その人の個性や能力を発揮することで、多様性あふれる未来を創造していく。互いを尊重し、自己実現と他者貢献が両立しつつ、誰もがつながっている「自律協働社会」のビジョンを明確に持っています。
D:まさにウエルビーイングを実現するビジョンですが、なかなか難しそうです。
江崎:個人単位だと難しいと思いますが、会社全体で進めていると、捉え方は変わります。このビジョンは2021年に代表(黒田英邦さん)が中心となるプロジェクトチームが決めました。ビジョンありきで業務を続けていると、さまざまな気づきがあります。それを私たちの製品に落とし込んでいます。
赤松:オフィス家具の「Any way(エニーウェイ)シリーズ」は、このビジョンから生まれた製品です。コロナ禍以降、従来の部署単位の働き方から、プロジェクト型へと変わっていきました。部門を横断し、流動的に人が動くことが増えたのです。
プロジェクトは、当初、少人数からスタートし、だんだん人が増えていきます。また進行度に応じて業務内容も変わります。アイディア出しや話し合いの時期もあれば、作業に集中する時期など、変化があるのです。
江崎:「Any way(エニーウェイ)シリーズ」はこの流動的な業務に対応します。デスクや椅子はもちろん、パーテーション、収納、植栽、ソファーなどの全てがキャスターがついており、フレキシブルに動かせるのです。
オフィス家具の配置を、目的別に動かせます。チームの一体感を生むにはこの配置、リラックスして会議をしたいときは、こう。チーム作業に高い集中力をもたらしたいときの配置など、自在に選べます。
社員の行動データを参考に、個人のパフォーマンスを上げるオフィスインテリアの配置を実現。
D:コロナ禍の時に、仕事の内容に合わせて、働く場所を自由に選ぶABW(Activity Based Working)が一気に浸透しました。「Any way(エニーウェイ)シリーズ」を導入すれば、ひとつのスペースでABWが実現できますね。
赤松:はい。加えて、オフィス什器が動くから気分も変わり、場の鮮度も高いまま維持できます。ゾーニングはされていますが、壁がないので、隣接するプロジェクト間のコミュニケーションも活発になります。
D:オフィス什器をリースや所有し運用・管理する、ファシリティコストも抑えられますね。
江崎:はい。これにより、個人のパフォーマンスが上がり、メリハリをつけて仕事に取り組むようになりました。また社員の行動ログの解析をし、無駄を省いて残業を減らしました。これを個人で意識するのではなく、チーム全体で改善に導いていく。何事もチーム単位で考えていることが、成果につながっていると考えています。
コクヨは、今後のオフィスワーカーの行動様式を、(1)特殊・専門ワーク、(2)社外関係構築、(3)高機密性ワーク、(4)オペレーションワーク、(5)チームビルディング、(6)チームシンキング、(7)高集中ワーク の7種類に分類し、それぞれに適したオフィス家具を提案している。
赤松:働き方と効率を分析する部署の担当者は、「個人がどれだけ生産性を高めようとも、チームの生産力には敵わない。さまざまな経験、考え方が複合的に影響し、世の中に受け入れられる製品やサービスが生まれる」と言っていました。
突出して仕事ができる社員を皆で支えるのではなく、社員同士で能力を引き出し合い、結果を出していていくことに切り替わっているとは感じています。
D:マネージャーに求められる資質も、管理をするタイプではなく、その人のいいところを見出し適材適所に配置できる能力になってきますね。
江崎:はい。「コクヨ式ハイブリッドワーク」は、共に働くことを重視しています。それがこれからの働き方のスタンダードになっていくと考えています。
コクヨの業績が好調なのは、無駄を徹底的に省き、働き方を進化させ続けているからだ。チームで仕事を推進し、一人で抱え込むことがない。助け合い、進化を続けていく。後編では、「有給休暇の取得率100%」を目標に掲げる、コクヨ独自のウェルビーイングな働き方について紹介していく。
取材・文/前川亜紀