なぜ「一滴の水も流出させない」と強硬な姿勢をとるようになったのか?
川勝知事はリニア構想そのものには賛成という立場をとっているものの、工事を進めることには反対しています。最も大きな障害になっているのが、大井川の水量について。JR東海は2013年の「環境影響評価準備書」において、大井川の水が工事後も毎秒2トン減る見通しを示したのです。これにより、大井川流域の住民などによる適切な対応を求める活動が活発化しました。
川勝知事は2014年以降、全量を戻すよう主張。2021年6月の知事選ではリニア建設を最大の争点とし、自民党推薦候補者に大差をつけて勝ちました。それほど、静岡県民は大井川の水問題に対する関心が高いのです。
そこで、JR東海は水を汲み上げて大井川に戻すことにより、水量が変わらないよう対策をとる案を打ち出します。
ただし、それとは別に山梨工区のトンネル掘削作業において、JR側は工事中の人命安全確保を優先するため、工事中の約10か月間は山梨県側に水が流れ出ると説明しました。
川勝知事はこれにも噛みつきました。水一滴も県外に流出させてはいけないというのです。
知事は2021年の再選以来、リニア工事そのものに反対するような強硬な姿勢をとるようになりました。
完成時期を延ばすことが目的だったかのような発言
川勝知事は辞任の会見で「この2~3か月でリニアの問題が大きく動いたというのが、ここで仕事が一段落したということで辞表を提出することになった理由です」と述べています。まるで2027年の開業を引き延ばすことが一連の活動目的だったような物言いです。
国家プロジェクトであるリニア構想において、2027年の開業というのは大きな意味を持っています。中国との競争です。
JRのリニアモーターカーは2015年6月に時速603キロメートルを記録してギネスに認定されました。中国は時速600キロメートルのリニアの開発を進めています。中国はすでに上海の空港と市街地を結ぶリニアを運転しており、最高時速は430キロメートルという実績を持っています。
リニアの輸出という観点では、日本と中国はライバル関係にあるのです。
時速600キロメートルで走る中国リニアの具体的な開業時期は、今のところ明らかになっていません。しかし、2023年4月には初の浮上運行に成功したと報じられています。
その一方で、日本の高速リニアは2027年の開業という具体的な時期が示されていました。世界初、都市間を結ぶ高速リニアの誕生ということになれば、各国の注目を集めるのは間違いありません。それが知事の反対により、暗礁に乗り上げたことになります。
一帯一路構想立ち上げと静岡の工事反対のタイミングが一致
実は川勝知事は大の親中派。2010年1月に当時の習近平国家副主席と会談を行いました。2019年11月にも王毅外相が静岡を訪れて川勝知事と会談しています。このときは王氏側から訪問の申し出があって初の会談が実現しており、川勝氏と中国の親密ぶりが伺えます。
習近平国家主席が一帯一路を掲げたのが2013年9月。一帯一路はインフラ投資計画としては史上最大の規模。インフラ投資を拡大し、発展途上国の経済援助を行うことを目的としています。当然、中国の高速リニアの輸出も目論んでいるでしょう。
リニアの開業時期引き延ばしの裏には中国の影?
しかし、一帯一路構想は発展途上国に多額の貸付を行う問題点が表面化。スリランカは港の開発を巡って中国から借り入れを行ったものの、資金返済の目処が立たずに99年間にも及ぶ港湾の運営権を与えました。これを債務の罠と呼びます。
日本は一帯一路からは一定の距離をとっています。ヨーロッパとアメリカに至っては、警戒感を高めています。
ところが、川勝知事は人民日報のインタビューに応えており、「ユーラシアからアフリカまで一帯一路は実現されつつあるのは壮観です」と絶賛しているのです。
習近平国家主席がAPECで初めて一帯一路を提唱したのが2014年11月。川勝知事がリニアの工事に明確なNOを突き付けたタイミングと重なります。
辞意を表明するにあたり、川勝知事がリニアの開業時期引き延ばしを成果のように語ったことには、違和感が残ります。
知事の辞任によって局面が大きく変わるのは間違いありません。選挙ではリニア工事が最大の焦点になるでしょう。
取材・文/不破聡