【勝手にブック・コンシェルジュ 第7回】小説家・福田節郎さんを励ましたくて、戌井昭人の『ひっ』(新潮社)を
芥川賞みたいな有名どころ以外にも、日本にはたくさんの文学の新人賞があります。不肖トヨザキも福岡の小さな出版社・書肆侃侃房が出している文芸誌「ことばと」新人賞の選考委員を務めているのですが、2022年、初めて臨んだ選考会で強く推したのが福田節郎の『銭湯』(書肆侃侃房)なのでした。
主人公は、平井さんから頼まれてキザキさんという見知らぬ人物と会うことになった〈俺〉。ところが、ジャイアンツのユニホームを着ているからわかるはずだとメールをくれたキザキさんは、赤いアロハシャツに麦藁帽子の男と一緒にバスに乗り込んでどこかに行ってしまいます。そんな〈俺〉に声をかけてきたのが、〈肩の上でピシっと切り揃えられた金髪にところどころ赤や緑のメッシュが入っている女性〉で。
『銭湯』は、その女性・サカナさんにもらった氷結のプルタブを引き上げたのをきっかけに、いろんな店で酒を飲み、大勢の人と出会っては彼らの頼み事に応え、翻弄され続ける〈俺〉の2日間を描いた中編小説なのです。
出てくる人出てくる人がそれぞれのありようにおいてダメで、〈俺〉の行動基準が〈何事も面白いほうがいい〉なものだから、そんなダメな人々に自ら巻き込まれていくんです。ダメの発展系しか存在しないこの小説は、だから読んでいて苦笑失笑爆笑の連続。
美点はまだあります。長い一文の連なりが一見するとダラダラしていながら、実は計算し尽くされている。ゆるいようで、だからゆるくない。胸が熱くなるようなエピソードはないけれど、読んだ後しみじみ温かな感情が湧き上がってくる。読者を信じて「みなまで説明しない」語り口を、わたしは選考委員の一人として高く評価しました。
ところが、そんな推しの新人小説家の元気がないんです。とあるSNSで厭世的な投稿ばかりしているので、毎日心配しております。そんな福田さんを励ましたくて選んだのが、戌井昭人の『ひっ』(新潮社)なのです。
『ひっ』
戌井昭人(著)
新潮社