「カイロス」打ち上げの日
ニュースでご覧になった方も多いかもしれませんが、本来カイロスは3月9日に打ち上げられる予定でした。しかし打ち上げは中止され、その様子をYouTubeの配信から見学していた筆者はなんだか居ても立っても居られない気持ちになり、「再発射の日こそは現地へ行こう」と決意しました。
そして再発射前日。つまり3月12日の夜に、愛車クロスカブを走らせ本州最南端の町へとやってきたのです。
その日は午前中雨が降っていた影響から空が澄み、数えきれないほどの星が輝いています。シンと静まり返った街の電光掲示板に「3/13串本町 ロケット打上げ 渋滞注意」と事務的に表示されていて、SF映画の中に迷い込んだような気分になりました。
――翌朝。打ち上げ時刻は午前11時11分12秒と発表があったため、少し余裕をもって8時半より現地へ向けて出発です。
打ち上げ場付近を通る唯一の幹線道路、国道42号線は想定よりも車が少なく快走です。そしてなにより空が青く晴れ渡り、絶好のロケット日和。気温も温暖で丁度よく、このままずっと走っていたくなるような心地よさです!
今回筆者が目指したのは、和歌山県の南側に位置する島「紀伊大島」。少し距離が遠いものの、ほぼ向かい側から打ち上げ場を見ることができるスポットで、ロケット打ち上げ応援会の会場となっていました。
紀伊大島へと渡る唯一の橋「くしもと大橋」は、1周くるっとまわるループ橋。走行中なので一瞬しか見えませんが、港町に小型の漁船がひしめくようすや養殖の網が密集する様子を、まるで空を飛ぶように上から眺められて爽快感抜群ですよ。
打ち上げ当日、町内では路上駐車が禁止されていました。紀伊大島の中の道も例外ではなく、路肩の広い場所にはすべてポールやコーンが設置されています。
特に会場では警備員やスタッフの方の人数も多く、町をあげて宇宙事業に取り組む姿に驚くとともに、とんでもない数の観光客が押し寄せていることを実感させられました。
それを証明するように、筆者が到着した9時の時点で紀伊大島の無料駐車場はちょうど満車となりました。
対して、同時刻のバイク駐輪場に停めていたのは筆者のクロスカブ1台のみ。今回のように人が多い場所へ行くとよく同じ状況に出会うのですが、バイクで移動をする人は車と比較して極端に少ないようです。
今後1~2人でロケット観測に行く方は、ツーリングも兼ねてバイクでの移動もおすすめですよ!
――到着から1時間半、串本町を一望できる海沿いの広場でその時を待ちました。
現場では大規模なカウントダウンがあったわけではなく、それぞれがスマホやラジオで中継を確認しながら海岸を眺めました。遠く離れた荒船海岸にゴツゴツとした岩が見え、「あれがトンネルかな?あれが漁村かな?」なんて思っていたところ…
山の中でピカッと強い光が見え、静かに空へ向かって飛び立ったと思ったら…
一瞬のうちにバラバラと砕け散り、花火のように強い光を発しながら落ちていくのが見えたのです。
遅れて「ズゥゥン…」という地響きのような音と振動が届き、あまりの急展開になにが起きたのか理解が追いつきません。
ザワザワと戸惑う人ごみの中で10秒ほど待つと、後に周りの人と「あのまま山火事になるんじゃないかと思った」と話したほどに大量の煙がモクモクと昇るではないですか。
YouTubeの中継を確認すると、発射直後に四散したロケットの部品が落下し、ゴウゴウと燃え上がる基地の様子が映し出されています。これまでの人生では見たことがないレベルの爆発や煙の量に、改めて「SF映画みたいだ…」と呆然としてしまい、自分の心臓が大きな音をたててドクドクと動くのを感じました。
「な、なんとかできないかな?」…押し寄せる不安からそう思っても対岸の素人ができることなんて何もなく、ただプカプカ浮かぶクラゲのような無力感とともに、徐々に少なくなる煙を眺めることしかできなかったのでした。