■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回は、楽天モバイルが家族割りのサービスを始めた意義について会議します。
家族割引導入決定は記事掲載がきっかけ?
房野氏:楽天モバイルがとうとう家族割引、「最強家族プログラム」を始めましたね。
法林氏:何の発表だろうと思ったら、まさかの家族割引だった。導入した理由は、三木谷さんがいろんなところで「楽天モバイルにしたいんだけど、家族でまとまる割引プランはないの?」と聞かれたので「やりました」という話だった。割引額は税込み110円でそんなに大きい金額ではないけど、面白いのは〝家族として認識される〟のは同一名字ということ。名字が同じ人を対象として最大20回線まで家族として認められる。住んでいる場所は問わない。他社だと基本的には一緒に住んでいるとか、家族であることを証明する書類を出してほしいとか言われるんだけど、割と簡単に家族と認めるあたり、申し込みは楽なのかなという感じがします。突っ込みどころはあるけれど、面で広げる戦略としては意義があると思います。
楽天グループ株式会社 代表取締役会長兼社長最高執行役員 三木谷 浩史氏
石野氏:ちょっと怖いですよね。ネットで「石野さんを募集!」とかやったら……
法林氏:佐藤さんと鈴木さんは有利すぎるかな。法林さんは相当不利です(笑)
石野氏:楽天モバイルの広報は「明らかに家族じゃないと見受けられる場合は、こちらからご連絡することもあります」と言っていたけど、どうやって明らかに家族じゃないか証明するんだよっていうのもあって。
石川氏:家族割引って家族の定義が結構難しい。聞くところによると、3キャリアでも店頭で揉めるのが面倒なので、パートナーの位置付けの人とか籍が入っていない人も家族として受付することがあるらしいです。それくらいの緩さでちょうどいい感じになるということですね。
石野氏:それと比べても、楽天モバイルはちょっと緩すぎません?
石川氏:楽天モバイルは毎年1月に新春カンファレンスというイベントをやっているんですけど、どうやら、その時はまだ家族割引の導入が決まっていなかったみたいです。一応、サービスを開発している部署が準備していたけど、ゴーサインは出ていなくて、三木谷さんとしても迷いがあったらしい。でも、家族割引導入の可能性を語った新春カンファレンスの記事が掲載されたりして、その反響を見たのか、ゴーサインが出たらしい。そして今回の発表になっているので、あくまで今は名字だけしか対応してなくて、事実婚やパートナーに関しては後日対応する、みたいになっている。時間がない中で導入した感じです。
石野氏:僕らが書いた記事を使って市場の反応を確かめたみたいな。三木谷さんの戦術にはめられた感じ(笑) 家族割引導入か! みたいな感じになり、反響が大きかったので「やりましょう」になったのかなと。
石川氏:半年ぐらい前に楽天モバイルの幹部の人たちと話す機会があったんだけど、その時は、楽天モバイルとしては紹介プログラムがあって、そのポイントでみんな満足しているから、家族割引はやらなくてもいい、という言い方をしていた。楽天モバイルとしては家族割引導入に対するモチベーションはそんなに高くなかったらしいんだけども、三木谷さんがいろんなところで楽天モバイル回線を勧めていく中で、どうも家族割引がないことが契約のハードルになっていると感じていたようで、今回の流れになるのかなと。
石野氏:そうですね。そのエピソードを聞いて思ったんですけど、三木谷さんに直接勧められて「嫌です」って断れる度胸のある人がいるんだなって(笑)
法林氏:僕は、今回の最強家族プログラムの発表はいいタイミングだったと思っている。ネットワークの品質や通信速度をシビアに考えるユーザーさんが契約する/解約するという話を散々してきた中で、2022年に0円プランをやめて、楽天経済圏のポイントバックを含めて、楽天モバイル回線を契約する人だけを優遇する方針に切り替えた。端末戦略もどんどん縮小していって、今、楽天モバイルを契約している層は、それなりに積極的に楽天モバイルを選んでくれている層。それから法人などがお付き合いで契約しているところもあるでしょうけど、ある程度ユーザーが増えている。エリアはどうかというと、楽天モバイルの自社回線エリアだけでは厳しいかもしれないけど、それ以外はauネットワークもローミングで活用して99.9%までカバーしている。そうすると、あまり出かけない人、生活圏があまり変わらない人は99.9%の中にいてくれるだろうから、その人たちが楽天モバイルを契約してくれるんだったら、それはそれでアリ。もちろん、長期契約がどうとかメールアドレスがどうとか、いろいろ問題はあるんだけど、そういう人たちが楽天モバイルに移るのなら良いだろうという解釈だと思います。
ARPU500円アップはかなり難しい
石川氏:ただ、株式の〝ストップ高〟は違うかなと。
房野氏:楽天がストップ高になったんですか?
石川氏:そうです。
石野氏:家族割引でストップ高になったわけではなくて……
石川氏:決算が発表されて、赤字にはなっているけど改善していることとかで。
石野氏:でも、それはわかっていたこと。今年に入ってから赤字は圧縮傾向だったので、株式市場は今さらそこに反応しちゃうのか? とも思いますが、まあ、市場ってそういうものですからね。あと、社債の償還が……
石川氏:とりあえず、大量の社債を年内は返さなくていいというか、償還による資金ショートのリスクがなくなったのと、契約者数が伸びていること。
法林氏:返さなくていいんじゃなくて、借金を借金で繰り延べしただけ。
石川氏:まあ、自転車操業なんですけどね。ただ、今、契約者数が620万ぐらいで、2024年内には800万とか1000万ぐらいに届く可能性がなんとなく見えてきた。ただ、ARPU(アープ:Average Revenue Per Userの略でユーザー1人あたりの売上金額を示す)を500円上げて2500から3000円にするっていう計画実現は、めちゃくちゃ厳しい。
法林氏:相当難しい。
石野氏:ARPUが3000円というのは、楽天モバイルユーザーみんなに上限いっぱいまでデータ通信を使ってもらう前提になっている。オプションとか何かやるんですか? と質問したけど……
石川氏:今はオプションが全然ない。かけ放題ぐらいしかないですよ。かけ放題だってRakuten Linkを使っていれば、ほぼ必要ない。
石野氏:「my楽天モバイル」を開くと、かけ放題の勧誘がめっちゃうるさいんですよ(笑)。Rakuten Linkがあるからいらないよって思うんですけど、アプリを開く度にかけ放題いかがですか? って画面表示される。
石川氏:ほかの3キャリアはARPUを10円上げるのにも必死なのに、一気に500円上げるってむちゃくちゃだなと。データ容量の閾値(しきいち)を20GBから10GBに下げるしかないよね。
石野氏:楽天モバイルの場合、閾値を変えてきた歴史がある。「1GBまで0円」をなくしたり、新プランを全員適用したりしているので、仮に〝Rakuten最強プラン2〟は「最初から2980円にします」とか言っちゃえば、一気にARPUが天井に張り付きますよね。楽天モバイルの過去の施策を踏まえると、やりかねないなと思ったり(笑)
法林氏:たぶん、ARPUは無理というか、そんな簡単にはいかないと思うんですけど、広く薄く使ってもらう環境は、今回の家族割引で整うかなと思う。
石野氏:契約回線数はちゃんと獲得できそう。
法林氏:メインでやりたいことは、そっちだと思うんですよね。SNSで楽天モバイルの公式アカウントが「今月何十GB/何TB使いました」みたいな投稿をリポストしてるのは違うと思うんですよ。そっちじゃなくて、お金を稼ぐんだったらライトなお客さんを広く獲得した方がいい。実は、赤坂に本社がある某キャリアさんは、ライトなユーザーをたくさん抱えているわけで……。
石野氏:そうですね。でも、2980円で使い放題は、今のドコモ回線の品質を考えると、十分良いかなと思うようになってきたというか。最近、正直、楽天モバイルの方がつながる……つながるっていうのも定義の話になっちゃうんですけど、ドコモの場合はつながるけど使えない。楽天モバイルはつながって、まあまあ速いという感じなので、だったら楽天モバイルの方がいいじゃんっていう感じに最近はなってきている人もいるかな。
法林氏:ケータイ時代で言うと、ユーザー数が少なくて、帯域が空いているから、よくつながったということがあったのと同じ。実は意外に一番つながったのはツーカーだった、みたいな時代もあったので。
石川氏:昔のPHSみたいなもんですよね。
ユーザー数増加で通信品質の問題が出現する可能性
法林氏:契約数を増やしていく中で、ARPUを上げて、稼ぎを増やしていく話とネットワーク品質の話は密接に関わる。800万契約になった時に、ちゃんとつながるの? という問題もある。
石川氏:そうそう。ちゃんとつながってデータが流れるのかは正直わからない。他社は周波数をいっぱい持って運営している中で、楽天モバイルは実質的に1.7GHz帯の1本足打法なので、ユーザーが増えてきたらどうするのと。楽天モバイルは「今後2年間は設備を増やさなくても大丈夫」とか言っているけど、その先はどうするの? っていうのもある。
石野氏:楽天モバイルが今持ってる周波数でトラフィックを分散させるには、5Gの基地局を打っていくしかない。そうすると、今の5Gエリアだと不安が残る。新しく割り当てられたバンド3で一応、やろうと思えば5G化できるのかな。東京とかでは使っていない追加で割り当てられた周波数があって、それを5G化できるはずなんですけど、いずれにせよこれ以上は5Gで増やさないといけないので、ユーザーの増加が加速しちゃったら……。
実際、楽天モバイルは通信品質が改善しているとは言うんですけど、以前に比べると詰まることもちょいちょい出てきている。あと、KDDIの通信品質に関する記者説明会でも暴露されていましたけど、セルエッジ問題が結構ある。ローミング問題もちょっとあって、ローミングでKDDIの電波を都内で掴むようになったんですけど、楽天モバイルの電波がギリギリ入るところだと、1度楽天モバイルの電波を掴んで、KDDIに戻って、でも楽天モバイルの電波が入るから戻って……みたいな挙動をすることがたまにあって、そういう問題もちょっと出てきている。
法林氏:4G、5Gの切り替えでトラブっているのと同じだけど、この場合は異なるキャリア間で切り替えている。それは問題が起きやすいはずだよね。
石野氏:本来、ローミングって広いエリアでやるもの。「東京はつながるけど北海道はダメだから北海道はローミングで」みたいな感じでやるものなのに、KDDIと楽天モバイルの場合は東京の中で細かく「ここだけ」という感じでやっていて、そういう使い方をしている国はあまりないと思う。
石川氏:面展開ならやりやすいですけど、スポット展開するとそれだけエリアの〝端(エッジ)〟が増えるから、そこがストレスになるんじゃないかなと思う。
最強家族プログラムで他キャリアユーザーを獲得できるか
房野氏:ちなみに、大手3キャリアにはすでに家族割引がありますよね。
石野氏:割引の金額も3社の方が高い。1000円くらい割り引くけど、そもそも元になる料金プランの値段が高いので、1000円割り引いても楽天モバイルの方が安いだろうっていうのが三木谷さんの主張。でも、その三木谷さんに面と向かって「家族割がないから楽天モバイルには入らない」って言う人が多かったらしい。三木谷さんの勧誘を断る口実だったんじゃないかなっていう気もちょっとするけど(笑)
石川氏:三木谷さんと対面している人は楽天モバイルに入るかもしれないけど、その家族が丸ごと加入するかといったら入らない、ということでしょう。
房野氏:狙いはどこでしょう。例えば、楽天モバイル回線を持っている人に対し、家族割引を作ったから家族みんな入ってねってことなのか、あるいは家族でドコモを契約している人を……
石川氏:すべてひっくるめて、という意味合いは大きいと思います。
石野氏:家族の中のインフルエンサー的な人、ITコンサルタント的な人をまずは楽天モバイルに引き込み、安いよといって家族を勧誘してもらうという作戦。
石川氏:例えば春商戦だったら、子どもがスマホデビューするっていう時に、子どもだし最初だから安い会社にしようかといって楽天モバイルと契約する。子供が使っている様子を見て、楽天モバイルは安くてそこそこ使えるじゃんってことになったら、じゃあ家族一斉に乗り換えようかっていう時に、家族割引でそれぞれ100円引く、みたいな感じになってくると思う。春商戦のタイミングで最強家族プログラムを始めるのは非常に良いんじゃないですかね。
房野氏:ドコモからMNPしちゃうのもあり得ると。
石川氏:もちろん、あるでしょうね。
石野氏:子どもに持たせるのだったら楽天モバイルでいいかなって、ちょっと思います。
石川氏:うちの奥さんは、データ通信は楽天モバイルで音声がpovo。
法林氏:それはまた変わっているね。
石川氏:povoは5分以内のかけ放題が月額550円で安いんですよ。データは楽天モバイルで、とりあえず奥さんがどう使っているのかを見て、どこで圏外かなっていうのをチェックする(笑)。やっぱりスキー場とかは弱いんですよ。
石野氏:うちの家族はドコモのままなんですけど、どこでパケ詰まりが起こってるかを見たりしている。最近は「ドコモの通信品質が1番良いって言っていたじゃん」と僕が怒られるんですけど、そんなものは年単位で変わってくるんだよって答えてます(笑)
房野氏:ソフトバンクやKDDIから今回の最強家族プログラムで乗り換える可能性はありますか?
法林氏:僕は、auとソフトバンクのユーザーは、移る理由があまりないかなと思っている。ドコモにはつながりにくいからっていう明確な理由があるのと、最強家族プログラムを適用すると880円+税なので、楽天MVNOはそれで巻き取れるかなっていう気はしますけども。
房野氏:楽天MVNOの契約者数ってどのぐらいになっているのでしょう。
法林氏:30万くらいだったかな。
房野氏:まだ結構いますね。
法林氏:元々、楽天モバイルMVNO契約数が200万くらいで、MNOサービス開始から3年半ってことを考えると、ありえない多さです。巻き取りが遅すぎる。
房野氏:楽天モバイルは家族割引に加え、紹介キャンペーンでポイントがもらえますよね。
法林氏:普通は、キャリア都合で移行させるんだったら、端末を用意するくらいの対応をします。なんだったら自宅まで担当者が来ますからね。KDDIは営業が強いし、獲得した回線を絶対逃さないために、それぐらいのことをするわけですよ。それほどやっていないと思ったPHSのウイルコムですらiPhoneを配りましたから。楽天は何もしていない。楽天モバイルはトップがコマンドを出すけれど、コマンドが出なかったら何もしない。家族割引の話じゃないけど、自分たちで自発的に考えて、足りないものを埋めていくような施策の打ち方をしないんですよ。三木谷さんのゴーサインが出ない限り物事が動かない。
石野氏:そうですねぇ。なんとなく三木谷さんが活を入れている感じがすごいする。
石川氏:それはそうでしょう。グループ全体が倒れるかもしれないし(笑)