万人が好む音より、物理特性を重視
我々がよくオーディオメーカーで聞かされる音決めの方法の1つに、音の魔術師、あるいはゴールデンイヤーと呼ばれる人たちがいて、最終的にその製品の音を決めている。または聴覚に合わせたターゲットカーブと呼ばれる周波数補正曲線を参考にする方法で、有名なものにハーマン・カーブがある。
「ハーマン・カーブというのはオーディオエンジニアのショーン・オリーブ博士が発表した研究結果で、ある条件下の部屋で多くの人に音を聞いてもらい、より好ましい音になるように周波数帯域を補正した曲線です。数年ごとに更新され、その結果は公に発表されています。ハーマン・カーブはある目的に対する1つの効果的な回答であって、それが絶対ではないと考えています。finalは測定を重視しますが別の方法を使っています」と細尾さんは語る。
「ハーマン・カーブはプリファレンスと呼ばれる万人が好む平均値的な音の傾向を定めていきます。そういった人が音を聞いてどんな印象を持ったかというものをベースにせず、finalは物理特性をベースに音を決めています。自分ダミーヘッドサービスはその延長線上にあって、個人の体の形状によって生じる音の影響を補正するという考え方です」と濱﨑さん。
では自分ダミーヘッドサービスは将来的には他の機種にも適応されるのだろうか。例えばフラッグシップヘッドホンのDシリーズには?
「自分ダミーヘッドサービスを実施するには、物理的にデータを保存する必要があります。パッシブ型のイヤホンやヘッドホンにはその機能がないため無理です。それからもう1つ重要なのは、ドライバーの物理特性です。例えばデータの補正値を0.3dBぐらい変更したときにそれが反映される必要があります。そのためにZE8000のドライバーユニットとバラつきを1/10まで減らしています」と細尾さん。
パッシブ型のヘッドホンにはDAC内蔵型のヘッドホンアンプを使えば、自分ダミーヘッドサービス対応に出来るのだろうか?
「それはもちろん可能ですが、どのヘッドホンにも接続できるというのは難しいですね。例えば歪が少ない必要があります。弊社のD8000が平面振動板を採用したのも歪が少ないからです。ダイナミック型だとf0の所に非常に高いピークができて非常に電気的に補正しにくいんですね。これからは電気信号処理とアコーステックの掛け合わせたと思って平面振動版を選びました。それから随分長かったのですが、最近、ようやく形になってきた感じです」と細尾さん。
パーソナライズできるイヤホンは従来にもあったが、周波数特性のフラット化を狙ったものがほとんどで、その結果は音像定位や音場感の改善として体感できた。finalのように音色に着目するメーカーは皆無に思えるが、これは着眼点の違いなのか?
「私達も音の空間印象について、ずっと研究を続けています。しかし、いくら空間表現が良くても音色がよくないと、その音楽に没頭できないという経験はないでしょうか。自分の聞きたいボーカルが、ちょっと違うと思うと、それが気になってしまう。音楽に没入するには音色が重要というコンセプトから自分ダミーヘッドサービスは生まれました」と細尾さん。
「音楽を聞いて好みの音にイコライジングしていく方法では、例えばベースは良くなったが、さらに他を良くしようとするとベースがダメになる。楽曲によって良し悪しが出てきます。それでは音色は良くできません。コンテンツにも人の聞こえ方にも依存しない測定方法が必要でした」と濱﨑さん。
自分だけにしか聞こえない音の満足度
自分ダミーヘッド機能をONにした「ZE8000+JDH」と8K SOUNDを進化させた「ZE8000 MK2」を聴き比べてみた。「ZE8000 MK2」のレンジが広く、低域の量感がある。それでは音色はどう違うのか。「ZE8000+JDH」のボーカルの方が明るくて元気がある。ヌケがよく解像度が高く感じられるため、8K SOUNDという呼び方がしっくりくる。どちらか1台を選ぶとすれば、私なら「ZE8000+JDH」である。音色が好ましいだけでなく音像定位も向上しているので文句なしだ。しかし、これは「ZE8000」の音質が向上したのではなく、私の耳にその音が正しく伝わっていなかったのが原因だ。自分ダミーヘッドサービスによって、音がどう変化するかは、その当人にしか分からないので、私が感じた効果が得られるとは限らない。これだけ手間暇がかかって効果を説明しにくいサービスを開始したfinalはかなりのチャレンジャーと言えるだろう。
JDH済の「ZE8000」と「ZE8000 MK2」を聴き比べた
写真・文/ゴン川野