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米国近代美術の巨匠エドワード・ホッパーの作品から読み解く資本主義とアメリカ社会

2024.02.27

アイデアノミカタ「エドワード・ホッパーから読み解くアメリカと資本主義」

不思議なことにアメリカ近代美術(1910~50年代)の情報に関して、日本はとても資料が少ないのが現状です。たとえば同時代のフランス・パリと比較した場合、大きな違いがあります。

もちろんパリでは19世紀後半から印象派が登場し、その後にキュビスムやシュールレアリスムなどの芸術運動によって芸術の中心地として栄えたことから、日本にも多くの情報が伝播しやすかったことも大きな要因でしょう。

しかし、米国とアートを調べる上で、たとえばアンディ・ウォーホルが台頭しましたが、その時代は1960年代であるため「現代アート」にカテゴライズされており、やはり20世紀前半の米国の芸術だけが日本にやってこなかった印象が強く残るのです。

エドワード・ホッパーが日本であまり有名ではないのは、アメリカ近代美術の時代に活躍した画家である要因が大きいといえるでしょう。

そこで今回のアイデアノミカタは「エドワード・ホッパーから読み解くアメリカと資本主義」について、考察していきたいと思います。

ホッパーとハードボイルド

20世紀初頭のアメリカの小説家ダシール・ハメットの「マルタの鷹」という作品は、ハードボイルド小説の原点といわれる傑作です。この小説は主人公である私立探偵のサム・スペードの心理を徹底的に排除しており、あくまでも人物の行動のみを浮き彫りするように書かれていることが特徴です。

こうしたハードボイルドという技法はホッパーの作品とも共通する部分があります。

たとえば、作品の舞台設定こそあれど、絵に登場する人物が何か感情を表現することはありません。とはいえ、表情から感情を読み取ることはできなくとも、それは決して冷淡なものではなく、人物が何も語らないことがホッパー作品の大きな魅力となっており、ここにハードボイルド小説との共通項が浮かんでくるのです。

乾いた距離のある絵画

個人的にホッパー作品のなかでも記憶に強く残る「夜のオフィス」という作品があります。

この作品のオフィスは明るく、そこに何か奇妙な雰囲気が感じられます。

デスクにいる男性、左奥で何か資料を探す女性、デスク左脇には紙が1枚落ちている。

デスク右脇の窓の様子から、外は暗く、夜の時間であることがわかります。

男性は資料を読み込みながら、何かを検討するための材料として追加の資料を女性が探している、そんなことが推測されます。

こうした状況から、オフィス内は決して明るい雰囲気が流れてるとはいえず、オフィスを照らす光との対比が色濃く鑑賞者に迫ってくるように感じます。

しかし、この作品のように人々が行き交う場面であっても、登場人物たちの感情が分かるような描き方はされていません。あくまでも行動が描かれ、こうした乾いた距離感こそホッパー作品の醍醐味なのです。

参考:https://www.artrenewal.org/artists/edward-hopper/900

代表作ナイトホークス

ホッパーの代表作といえば「ナイトホークス」が挙げられます。

深夜のダイナーの様子が描かれたこの作品の論評は多く、さまざまな解釈を呼ぶホッパーの傑作です。

ホッパーはダイナーを描く際に、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにあるレストランに着想を得たと語っており、今では見かける機会が減ったものの、このタイプのレストランは20世紀前半のアメリカの都市に多く点在していました。

「ナイトホークス」の構図は至ってシンプルです。画面の右から3分の2ほどを占めるダイナーの窓ガラス、画面中央下から左にかけて通り道が描かれており、ニューヨークのダウンタウンの一角の情景であることが連想されます。

外の暗闇とは対照的にダイナーは明るく照らされており、そこにはカウンターの中に白いコック帽を被った男が腰を屈めて、カウンターにいる男女に視線が向いています。もう一人の男は背中を向けたままカウンターに背を向けてじっと座っています。

登場人物は4人、特に何か表情で物語っている様子もありません。かといって孤独なのかといえばそんな様子もなく、都会の喧騒から離れた静かな時間がそこに流れています。

「ナイトホークス」の論評の多くに「都会の孤独」が指摘されており、確かにこの作品の持つ孤独感は多くの鑑賞者の心を打つ共感性があることが想像されます。

ただし、これも時代が違えば見え方が異なる可能性もあるのではないでしょうか。

たとえばグリニッジ・ヴィレッジがアーティストやボヘミアンたちで賑わうようになったのは1950年代以降であり、ナイトホークスが描かれた1942年とは街の雰囲気も随分と異なるからです。もちろん、個々が抱えている孤独感はあることが推測できるものの、少なくとも作品の登場人物から深刻さは伝わってきません。

では何が要因となって「ナイトホークス」に多くの人々が惹きつけられるのでしょうか。

一見、都会の夜の街の一端を描いているように見えるこの作品ですが、実は非現実的な光景が広がっていることに気付きます。仮に場末のダイナーだと仮定した場合、ダイナーにくる客は本当にここまで綺麗な身なりをしているでしょうか。そしてダイナーの外には、日中の喧騒が全く感じられない整いすぎた綺麗な道路や街並みが広がっており、車が通り、人が行き交った痕跡がありません。つまり「ナイトホークス」で描かれた世界は、実際にありそうでどこにもない場所でもあるのです。こうした現実を超えた日常が、私たち鑑賞者の心をじっくりと揺さぶり続けるのです。

そして、この情景こそ、資本主義大国となっていくアメリカ社会を描いていると指摘されやすい部分でもあるのです。

ホッパーとアメリカと資本主義

ホッパー作品は大都市の孤独や不安、大衆社会の孤立を表現しているといわれますが、ホッパーの絵画は、冷たい外光と室内の暗さという強烈な対比、登場人物の孤独な姿が特徴的です。これは大恐慌や戦後の冷戦期などの不安定な時代のアメリカ、石油と産業資本によって巨大化していくアメリカ経済を反映しているといわれます。

これについて、小説家ヘンリー・ジェームズは「アメリカン・シーン」と呼び、20世紀のアメリカ絵画の重要な流れを形成しました。その特徴は写実主義の絵画であり、大量消費社会の中で情報を得る唯一の手段として、マスメディアに頼らざるを得ない多くの人々で形成された大衆社会が描かれているのです。

実際、ホッパー作品は伝統的な共同体から意図的に切り離したように、孤立した大都市の人々が描かれており、大衆社会の中での彼らの置かれた状況が表現されています。

その一方、ホッパー自身は自らの作品について「アメリカン・シーン」の一環として捉えられることに反発を示しています。これは、彼が単純にその時代の画家として一括りに捉えられるのではなく、ホッパーという個人のアーティストとしての自負があったからだと推測されます。

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