アニマルスピリッツ代表パートナー/元mixiCEO 朝倉祐介さん
事を成す者の信念にリーダーのあるべき姿を学ぶ
東京大学を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーへ入社。2013年にはミクシィのCEOに就任し、業績の回復を機に退任。スタンフォード大学客員研究員などを経て、現在はアニマルスピリット代表パートナーを務める。
海江田四郎の名セリフは現代社会だからこそ響く
スタートアップ起業家で上場企業経営者、さらにベンチャー投資家としても活動する朝倉祐介さん。2013年には上場以来の赤字転落に陥った「ミクシィ」の業績をわずか1年でV字回復させたことで大きな注目を集めた。華々しい経歴からは挫折のない人生かと思いきや、必ずしも順風満帆ではなかったという。中学卒業後に競馬の騎手を目指して騎手養成学校に入学するも、身長の問題で断念。さらには、騎手を諦め、競走馬の調教助手に転身した矢先、交通事故によってその道も絶たれてしまう。そんな時に朝倉さんが手にしたのが『沈黙の艦隊』だ。
「当時私は17歳で、入院した時に確か知人が病室で読むのに買ってきてくれたんだと思います。時代としては旧ソ連が存在していた頃ですね。一見、荒唐無稽と思える話ですが細部まで作り込まれてリアリティーがあり、具合が悪い中でも休み休み読んだことを覚えています。海江田四郎が潜水艦を『やまと』と名づけて国家として独立しようとする試みはテロリストと断定されても仕方がないこと。でも、徐々に彼が実現しようとしているのはある種の世界平和だということがわかる。壮大なビジョンをもって戦う海江田の行動やセリフには心を震わされます」
中でも朝倉さんが最も印象に残っているのは、海江田四郎のセリフだ。「牢獄の庭を歩く自由より、嵐の海だがどこまでも泳げる自由を私なら選ぶ!!」
「今の社会を見ても、〝牢獄の庭を歩く自由〟を選ぶ人は大勢いますよね。確かに安全ですが、国であれ会社であれ家族であれ、本当に守りたいものや成し遂げたいことがあるならば、それで本当にいいのか、と。社会の空気感を過剰に気にして意志を貫きにくい今の世の中だからこそ、響く言葉なのではないかと思います」
それに通じる象徴的なシーンとして朝倉さんが挙げるのは、「やまと」の出現を受けて解散総選挙が行なわれることになり、各政党の代表4人 がテレビ討論をする場面。この討論 の最後に、司会者は各党首に対して 次のように問う。
〝遭難したゴムボードに10名の生存者が乗っており、1人に伝染病患者が確認される。感染すれば死に至り、放置すれば全員に感染する恐れがある。ボートが救助される見込みはなく、もし自分がリーダーだったら、どんな行動をとるか?〟
「この党首討論の場面はおそらく時代背景としては55年体制が続いていた頃だと思います。派手な戦闘シーンじゃないけれども、それぞれの誠意と信念がぶつかり合って、非常に考えさせられるシーンです。ある代表は『どんな方法か分からないけれど、とにかく全員救う方法考え続ける』と回答し、またある代表は『1人を犠牲にするくらいなら、全員死すべきだ』と答える。どれが正解かという答えはありません。ここまで極限の問いはビジネスでは考えにくいとはいえ、自分はそんな覚悟をもって意思決定しているのか? と、身につまされる思いがする。多くのビジネスパーソンにとって、意味のあるシーンじゃないかと思います」
完璧に見える人物が見せる弱さに人間らしさを垣間見る
そしてもう1冊朝倉さんが挙げたのは、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた実在の武将・仙石権兵衛秀久を軸にした『センゴク』シリーズ。様々な武将たちが抱える葛藤や信念の描かれ方に心惹かれると語る。
「例えば今川義元や武田勝頼は一般的に暗愚な悪役として描かれることが多いけれど、そういう人物が悩みながら奮闘する姿が魅力的に描かれています。特に長篠の戦いのエピソードが好きです。武田信玄を継いだ勝頼と織田信長を軸に物語が進行していきますが、信長が武田軍を恐れて逃げるシーンがあります。完璧に見える人が見せる弱さみたいな部分が人間くさいし、人生における大切な要素が凝縮されている気がします」
そしてシリーズの主人公である仙石権兵衛秀久は〝史上最も失敗し挽回した男〟として描かれる。情熱をもって突き進むその姿勢は、朝倉さんの仕事の姿勢にもつながっている。
「やはり内から湧き出るものに基づいて活動してるという意味においては、共鳴する部分はあります。というよりもそういうふうに思ってやらなきゃいけないと言い聞かせているのかもしれませんね」
朝倉さんがマンガで一貫して惹かれるのは、強い信念をもって何かを実行しようとするリーダーの在り方。その判断は、見る立場が違えば悪ともいえることもあるかもしれないが、それでも突き進む登場人物たちに心を震わせる。
「吉田松陰の有名な言葉に『自ら省みて縮くんば 一千万人といえども我いかん』というものがあります。自分が恥じることなく正しいと確信できれば、1000万人が自分に立ち向かってこようが行くという意味です。ビジネスで何かを成し遂げるには、そういった強靭さが必要なのは間違いありません」