■連載/阿部純子のトレンド探検隊
地域創生のビジネスモデルとして廃棄予定の制服を活用したアップサイクル商品を企画
北海道・月形町は、札幌から北東に約45km、車で1時間ほどの場所に位置する、人口2800名ほどの小さな町。
2月3日から月形町の「ANAのふるさと納税」にオリジナル限定返礼品として登録されたのが、ANAグランドスタッフの廃棄予定の制服を活用したアップサイクル商品「キャリーオンバッグ」「トートバッグ」(寄付額は共に7万円)。
ANAグループの地域創生やふるさと納税事業を担当するANAあきんど株式会社と月形町、月形刑務所、月形高校による共同開発商品となる。
月形町は、明治14年(1881年)に樺戸集治監(現在の刑務所)の設置とともに、北海道空知管内第一号の村として誕生し、集治監に収容された囚徒により開拓された特殊な歴史を持つ。農業が基幹産業で、石狩川がもたらす肥沃な大地の恵みを活かし、稲作を中心にメロン、スイカ、トマトなどの果菜や花卉栽培も盛ん。
ANAあきんど株式会社 札幌支店マネジャー 山内輝氏は2022年10月に月形町の担当となり、ふるさと納税担当者と接点を持つことになった。町長の想いを直接聞き、町の特徴を研究する中、町の課題解決で同社ができることを模索していた山内氏は、廃棄予定のANAグランドスタッフの制服をアップサイクルしたふるさと納税返礼品を着想。地域創生のビジネスモデルとして検討を開始した。
「2023年は月形刑務所が開庁して40周年、月形町が町になって70周年という記念の時期でもあったことから、返礼品に付加価値をつけたいという思いもあって、月形刑務所での刑務作業を活かしたふるさと納税の事業ができないかと考えたのです。
2023 年 2月に弊社が主導で月形町へ企画を提案し、月形町振興公社の村瀬専務取締役と、月形刑務所の本多法務事務官をご紹介いただきました。
お二人に会ってすぐに提案を切り出し、趣旨や目的、地域創生となるビジネスモデルを説明。初対面でしたが、村瀬さんと本多さんはイノベーティブな感覚をお持ちで、私の提案を面白いと快諾いただきました。お二方の尽力もあり具体的なロードマップを策定し、関係者へ調整を図り製品化にいたりました」(山内氏)
高校生も巻き込んだ産官学連携プロジェクトに
山内氏の熱意が人と人とのバトンをつなぎ、月形町、月形刑務所、月形町振興公社、それぞれの賛同を得てアップサイクル・プロジェクトがスタート。さらなる付加価値を持たせるため、デザインは月形高校の生徒が手掛けることになった。
「月形町では子どもが自慢できる町づくりを目指す『共生のまちづくり』を町長が推進していることから、今プロジェクトに子どもも関わってもらいたいと考え、全校生徒が30名にも満たず存続の危機にある、公立の北海道月形高等学校に白羽の矢を立てました。
一過性のイベントで終わらせたくなかったので、家庭科の授業に返礼品のデザインを組み入れていただくことを学校長へ提案し、こちらも快諾いただきました」(山内氏)
家庭科担当教諭とデザインテーマやスケジュールを決めてプロジェクトは進行。月形高校の生徒は、授業の中でふるさと納税とアップサイクルについて学んだ上で、ANAの制服を再利用した返礼品開発に着手した。グループで機能性や月形らしさも視野に入れて話し合い、最終的に20種類の企画書が完成。その中からバッグとアウトドアベストを選定した。
選定された企画書から、ANAあきんど、月形町、オリジナル返礼品の仕様書制作やアドバイザー協力を行ったオンワードコーポレートデザイン(以下、OCD)にて選考し、現2年生の目黒好香さんのデザインしたキャリーオンバッグが採用された。
デザインを考案した目黒さんには、ANAあきんど札幌支店長より感謝状と記念品を贈呈された。
「最初、ANA プロジェクトについて聞いたとき、そんな貴重な体験ができるのか、自分が考えたものが実際にふるさと納税の返礼品になるのかもしれないとワクワクしました。
寄付者は 40~60代の男性が多いということで、デザインよりも機能性が高く、他の人と被らないものが良いと思い、最終的にキャリーオンバッグのデザインを考えました。
まさか私の案が採用されるとは思っていなかったので、選ばれたと聞いたときは驚きました。感謝状と記念品のモデルプレーンは良い思い出になると思います」(目黒さん)
生徒や教諭の協力を得て作られた試作品を、製作作業に携わる月形刑務所の担当技官や、OCD担当者がチェック。OCDがクオリティアップに向けたアドバイスや、仕様書などの作成、製品監修の協力を行った。
最終的に、目黒さんデザインの「キャリーオンバッグ」と、高校生のデザインを活かしてOCDがアップデートした「トートバッグ」の2種類が製作されることになった。
刑務作業で受刑者がひとつひとつ手作業で製作
受刑者が物品を製作する生産作業は刑務作業のひとつ。現在、月形刑務所に収監されているのは約600名で、木工や洋裁、印刷、金属、革工など各々のスキルに合わせた作業が行われている。今回は洋裁の刑務作業経験者の中でも、一定度の技術を認められた受刑者を選抜して専門チーム(ライン)をつくり、担当技官が指導しながら対応に当たった。
最初に担当技官から受刑者へ「ふるさと納税の返礼品となり、町のためになるものを作ること」、「一つとして同じものがない価値あるものを作ること」などを説明し、モチベーションを上げてから作業に入ったという。
バッグの仕様書と、素材となるクリーニングされた制服が月形刑務所に送られ、担当技官が製作した試作品や仕様書を基に、「解体」「型取り」「裁縫」のすべてを刑務作業で行い、受刑者が気持ちを込めてひとつひとつ手作業で製作した。
「製作を刑務作業が担うことで、受刑者に“社会の役に立つものを作る”というやりがいが生まれて、矯正の気持ちを芽生えさせ、再犯防止にも繋がっていくと確信しています。
この取り組みは一度だけで終わらせるのではなく、今後も様々なデザイン、様々な用途のものを開発しながら、新たな商品をアップサイクルとして世に送っていきたいと考えています」(山内氏)
今回のプロジェクトの橋渡し役を担った、北海道月形町 企画振興課 参事で、株式会社月形町振興公社 専務取締役 村瀬潤一氏はこう話す。
「アップサイクルのふるさと納税返礼品は今回が初となります。今年の秋ごろに月形町に道の駅ができる予定で、当初、そこで販売するお土産品はどうかという話も出ましたが、まずは、ふるさと納税返礼品で成功させましょうと今回の取り組みとなりました。
2月3日14時にリリースして、翌4日までにトートバッグ3個、キャリーオンバッグ1個の計4個の実績ありました。月形町の町民からも好意的に受け取られています。
バッグを1個作るのに制服が上下2組必要ですが、バッグ製作にすべての布を使うのではないため、どうしても余る布が出てしまいます。そのまま捨ててしまうのはもったいないですし、SDGsの考えにも反するので、余った布を使った小物の返礼品を再び高校生のみなさんに考えてもらうことを検討しています」
【AJの読み】アップサイクルの枠を超えた地域創生の新たなビジネスモデル
近年、受刑者が刑務作業で作った「刑務所作業製品(キャピック)」が注目を集めており、毎年東京で開催される「全国矯正展」をはじめ、全国各地で開催している展示即売会は大盛況で、キャピック製品の専用ECサイト、専用ショップもある。
刑務所作業製品の最大の特徴は、時間をかけて丁寧に作られた質の高さと、手頃な価格。木工品、革製品、紙製品、食品、日用品など扱う商品も幅広く、横須賀刑務支所の洗濯せっけん「ブルースティック」といった“ヒット商品”も生まれている。
廃棄される製品や素材に新たな価値を与えて再生するのがアップサイクルだが、今回のアップサイクル・プロジェクトも、廃棄予定の制服を活用し、高校生がデザインしたバッグを、町に存在する刑務所の刑務作業で製作することで、アップサイクルの付加価値にさらなる付加価値をプラスしたふるさと納税返礼品を実現した。
今回のバッグは古着を再利用しているため、生地の傷み、色褪せ、機能的に影響のない小さな破れなどはあるが、まったく同じものがない世界でひとつのバッグ。また、作業用のユニフォームを素材に使っているため頑丈であり、長い間愛用することができそうだ。
明治時代に集治監に収容された囚徒により開拓された、特殊な歴史を持つ月形町の特徴を生かしたユニークな取り組み。今後も継続していくとのことで動向に注目したい。
文/阿部純子