企業におけるダイバーシティへの関心は非常に高い。例えば、一般社団法人work with Prideが運営する職場でのLGBTQ+に関する取組評価指標『PRIDE指標』への応募企業数は800社超。LGBTQ+に向けた取り組みへの企業の関心の高さがうかがえる一例である。
「企業、そして日本社会全体で見てもダイバーシティへの関心は年々高まってきています」
そう語るのは電通でDEIコンサルタントとして働き、グループ内の横断組織「電通ダイバーシティ・ラボ」にも所属する中川紗佑里さんだ。電通ダイバーシティ・ラボではジェンダー・ギャップ問題の解決に向けた「ジェンダー課題チャート」や性的マイノリティに関する国内初の大規模調査となった「LGBTQ+調査」などジェンダー/セクシュアリティに関する調査・研究活動、コンサルティングなどの支援を行なっている。
彼女に、いま日本が抱えるダイバーシティの問題について話を聞いた。
ジェンダー炎上に関心をもち、ダイバーシティのプロフェッショナルへ
――2017年から「電通ダイバーシティ・ラボ」にも所属されていますが、きっかけを教えてください
中川:2011年に新卒で電通に入社してから今まで、クリエーティブ局で企業と接する仕事をしています。当時、コピーライターとして広告を制作する中で、「ジェンダー炎上」が世の中で騒がれ始めた頃でした。
「女性は若く、美しくなくてはいけない」といった規範を押し付けるファッション業界やコスメ業界の広告が炎上したり、いわゆる「萌え絵」など女性を性的にモノ化した表現など、たびたび悪い意味で話題になる事例が起こりはじめていた時期でした。もしかしたら私たち広告クリエイターと世間の間に、意識のギャップがあるのではないかと感じ、ジェンダーについて改めて学びたいと思いました。
2016年頃にロンドンに留学をしてメディアにおけるジェンダー表象の勉強をしました。帰国してからはダイバーシティというテーマで企業や社会と向き合い、ソリューションを提供する「電通ダイバーシティ・ラボ」に参加しています。
主にジェンダーやセクシュアリティに関するプロジェクトに携わり、企業で講演やワークショップを担当したり、意識調査や国内外の事例研究などを行なっています。
中川 紗佑里さん
株式会社 電通
第5CRプランニング局 DEIコンサルタント
入社後、クリエーティブ局でコピーライターとして食品、アパレル、化粧品などのクライアントを担当。イギリスでの大学院留学を経て、2017年から電通ダイバーシティ・ラボに参加。「LGBTQ+調査」などジェンダーやセクシュアリティに関するプロジェクトを担当している。
企業ジェンダー課題解決の足掛かりに。「ジェンダー課題チャート」
近年、女性や性的マイノリティを扱う表現に関して不安を抱え、非常に慎重になっている企業が多いという。こうした相談を受けて、電通ダイバーシティ・ラボでは、企業のジェンダー課題解決に向けて積極的にワークショップや勉強会を主催している。
「ジェンダー課題は俯瞰してみることが大切」と語る中川さん
中川:自社のメッセージや表現が正しいのか、炎上してしまわないか、多くの企業様が気にされています。ただ、社内の意識改革ができていないと、インクルーシブなメッセージや表現を生み出すことは難しい。また、お客様へ伝えるメッセージと自社の企業活動にギャップが生じると、「レインボーウォッシュ」や「ピンクウォッシュ」などといった批判も受けかねません。ですので、まずは従業員のリテラシーを向上し、職場環境をインクルーシブに変えていくことは非常に重要です。こうした企業様のサポートを行ない、ソリューションを提案するのも電通ダイバーシティ・ラボの役割だと思います。
――企業に向けたワークショップでは「ジェンダー課題チャート」というものを使うそうですが、電通ダイバーシティ・ラボが「ジェンダー課題チャート」を作った背景を教えてください
中川: ジェンダーが議題に上がる際に「家事と育児の両立」というテーマにフォーカスがおかれがちですが、本当は「教育」「医療・健康」など、生活すべてにおいてジェンダーをめぐる課題があります。でも一部にしかなかなか光が当たらないことに対して、チームの問題意識がありました。
こうした現状を踏まえて、ジェンダー課題を俯瞰でき、特定の課題をフォーカスするのではなく、一旦、すべてを並列に置いて可視化をするツールが必要だと感じたんです。それが「ジェンダー課題チャート」です。多くの方にご利用いただこうと、こちらは無料公開しています。
「ジェンダー課題チャート」(上:vol.1、下:vol.2)では、研究・調査によって統計的に裏付けされた課題のみを抽出している。
――網羅されたジェンダー課題を把握する意味とは何でしょう
中川:ある一つの課題は、他の課題にも繋がっているからです。例えば、「女性の睡眠時間が短い」という課題があり、それを解決するソリューションを提案できるサービスや商品を開発するとします。
この課題自体は確かに統計的に裏付けられています。しかし、「女性の睡眠時間が短い」という課題は「家事分担が不平等である」「育児・介護の負担が大きい」といった他の課題と絡み合って生じています。そして、これらの課題もまた別の課題と関連しています。
なので、例えば「女性の睡眠の質を向上する」というソリューションを提案することは、一見正解に見えても、実は根本的な解決になっていない可能性があります。
ジェンダー課題を、一度網羅的に、そして俯瞰で見ることは課題の全体像を把握する上で非常に重要なことなんです。
――男性版もある?
中川:2022年に女性たちの課題を整理した「ジェンダー課題チャートvol.1」を、2023年に男性の課題をまとめた「ジェンダー課題チャート vol.2」を公開しました。どちらも電通ダイバーシティ・ラボのウェブサイトで無料公開しており、企業の研修や商品開発に役立ててもらえればと考えています。
ジェンダー課題チャートvol.1:https://www.dentsu.co.jp/sustainability/sdgs_action/pdf/gender_issue_chart_2022.pdf
ジェンダー課題チャート vol.2:https://www.dentsu.co.jp/sustainability/sdgs_action/pdf/gender_issue_chart_2023.pdf
世の中にある統計データのほとんどが、男女という性別区分に基づいているため、まずは女性版と男性版を作りましたが、電通ダイバーシティ・ラボでは、ノンバイナリーなど性別二元論に当てはまらない人の存在も可視化したいと考えているので、LGBTQ+に関する調査などの活動も実施しています。
「LGBTQ+調査」で明らかに。ここ10年で日本人の意識は大きく変化
電通グループはLGBTを含む性的マイノリティに関する調査「LGBTQ+調査」を実施、結果を発表している。
2012年に第1回調査が行なわれ、2023年には第5回目が実施された。第5回目の調査は、全国20~59歳の計5万7500人を対象とした大規模調査である。
中川さんも「電通ダイバーシティ・ラボ」として、同調査に参加している。長年、「LGBTQ+調査」に携わる中で、日本人の性的マイノリティに対する意識の変化をどのように捉えているのだろうか。
中川:まず、人々の意識もこの10年ですごく変化したと思います。
「LGBT」という言葉の認知は、第2回調査(2015年)では37.6%しかありませんでしたが、第3回調査(2018年)では68.5%になり、第4回調査(2020年)では69.8%、最新の第5回調査では80.6%になりました。この10年で当たり前の言葉になったと思います。
他にも「彼氏・彼女」を「パートナー」のように性別を特定しない言葉を使うようになったという人の割合も、まだ全体で見れば20%ほどですが、3年前に比べて6ポイントほど増加しています。
――2023年の調査で新たな発見はありましたか
中川:2023年で初めて聴取をしたのがLGBTQ+の子を持つ親への質問です。LGBTQ+当事者の方に話を聞くと「今の若い世代は、友達は受け入れてくれるけど、親が戸惑っている」というような話をよく耳にします。まだデータがあまりないテーマだったので、今回、調査してみることになりました。
LGBTQ+の子どもを持つ親の約7割が「子どもの人生を精一杯応援したい」と思う一方で、約6割が「LGBTQ+の家族がいる家庭は地域で暮らしにくい」と回答
「性的マイノリティとしての困難はあるかもしれないが、子どもの人生を精一杯応援してあげたいと思う」かどうか聞いた質問では、「そう思う」もしくは「ややそう思う」と答えた回答者を合わせると、67.4%でした。また、このデータもさらに分解すると男親の方が受け入れに抵抗があるという結果もわかりました。
また、当事者層と非当事者層の対話のきっかけとしていただくことを目的として作ったデジタルブック『実はずっと聞いてみたかったこと』も新しい取り組みです。
LGBTQ+への理解が進んでいるように見えて、実は当事者層と非当事者層で対話がうまくできていないと、我々調査チームでは感じていました。それを単純に分断と捉えるのではなく、もしかしたら「遠慮」と「配慮」のすれ違いが原因になっている部分もあるのではないかと仮説を立て、調査結果をベースに双方の「面と向かっては聞きづらいけど、気になること」を対話形式でまとめました。
LGBTQ+調査2023「実はずっと聞いてみたかったこと」
https://www.d-sol.jp/ebook/lgbtqplus-research-2023-things-i-have-always-wanted-to-ask-you
――ジェンダー・ギャップの解消、性的マイノリティの理解……今後、どのように進んで行くのでしょうか
中川:世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数からも明らかなように、日本は諸外国に比べてジェンダー平等に向けた取り組みが大きく遅れています。逆に言うと、欧米など日本よりもジェンダー平等が進んでいる国には、良い事例も悪い事例もすでにたくさんあるということです。そこから学び、日本にとって最善の策をとっていくことが重要ではないでしょうか。
私たちも先人たちの経験から学び、社会の変化を捉えながら、常に知見のアップデートを心がけていきたいと思います。
取材・文/峯亮佑 撮影/木村圭司