2. 「盤面あり評価値放送」を原則自由とした大阪地裁判決のポイント
大阪地裁判決の事案では、原告XがYouTube上で配信した「盤面あり評価値放送」の動画につき、将棋番組の制作会社であるY社が著作権侵害に基づく削除を申請した行為が「不正競争」に当たるとして、XがY社に対して削除申請の撤回と損害賠償を求めました。
Y社は、自社が策定した棋譜利用ガイドラインを証拠として提出し、Xによる「盤面あり評価値放送」は、Y社ら棋戦主催者の営業活動上の利益を侵害するものであると主張しました。
しかし大阪地裁は、以下の理由を挙げてY社の主張を退けました。
・Xによる「盤面あり評価値放送」の動画で利用された棋譜等の情報は、対局者の指し手および挙動(考慮中かどうか)であって、有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報である
・棋譜利用ガイドラインは、棋戦主催者が実況中継のXを含めた閲覧者の関与なく一方的に定めたものであり、Xに対して法的効力を生じさせるものではない
・Xによる「盤面あり評価値放送」はY社の著作権を侵害するものではなく、その他、Xによる棋譜情報の利用がY社に対する不法行為を構成すると認めるに足りる事情はない
結論として大阪地裁は、Y社に対して削除申請の撤回および118万円余りの損害賠償を命じました。
3. 大阪地裁判決が将棋界に与える影響は?
大阪地裁判決が先例として確立した場合、将棋の棋戦主催者は、ガイドライン等によって一般ユーザーによる棋譜利用を制限することが難しくなります。
つまり、スポンサーとして得られる利益が減ることになるので、賞金の減額や対局数の減少など棋戦の規模縮小、あるいはスポンサーの撤退に繋がってしまうことが懸念されます。
その一方で、大阪地裁判決の射程(=どのようなケースに当てはまるのか)については、限定的に捉える解釈もあり得ます。
特に棋譜利用ガイドラインについては、棋戦主催者が閲覧者の関与なく一方的に定めたことを理由に法的効力を否定されていますが、たとえば閲覧者が明示的に同意を与えた場合の取り扱いについては言明されていません。
将棋の棋譜利用については、棋戦主催者における法的整理や裁判例の状況などを含めて、ルールの整備が発展途上の段階です。将棋界の持続的な発展のためにも、法的な観点からきちんとしたルールの整備が望まれます。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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