■連載/阿部純子のトレンド探検隊
コップ1杯の水で川に住む魚を特定できる「環境DNA分析」とは
棲息場所の喪失や過剰な生物資源利用、外来種や病原生物の影響等で生物多様性が世界的に減少しつつある。2022年12月に開催されたCOP15(国連生物多様性条約の締約国会議)において、2030年までに地球上の陸域、海洋・沿岸域、内陸水域の30%を保護するという合意がなされ、生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せる“ネイチャーポジティブ”の実現に向けた行動が明確に示された。
これらの社会課題に寄与する取り組みとして、龍谷大学「生物多様性科学研究センター」の龍谷大学 先端理工学部 山中裕樹准教授が中心となり研究を進めているのが、河川の水を採取・分析してそこに住む生物を特定する「環境DNA分析」という技術。
コップ1杯の水を採取するだけで、川に棲む魚を特定できる環境DNA分析の技術を応用して、川の各地点に棲息する魚の種類をスマートフォンに表示するアプリケーションの開発「スマート環境DNA調査システム」プロジェクトが現在、進行している。
本プロジェクトで龍谷大学とタッグを組むのが、福井県立大学発のスタートアップで、川釣りの許可証(遊漁券)の販売システムを手がける「フィッシュパス」。本プロジェクトは、中小企業庁が推進するGo-Tech事業に採択され、2025年の実用化を目指している。
土や海の底の堆積物、空気中、水中、葉の上など、地球環境のいたるところに生き物からこぼれ出たDNAは存在しており、生き物を捕まえることなくDNAを集めることを「環境DNA」と呼ぶ。環境DNAのメリットは、サンプル採取が容易だという点。河川や湖沼の場合なら「水を汲む」だけなので、専門家でなくても簡単にできる。
「従来の調査法は、魚の分類ができる専門家が現場で網を使って採取することが必要でしたが、環境DNA分析では漁業者さんやアルバイトさんなど、生き物の専門家でなくても調査自体は実施できるのが大きな強みです。その結果、長期的、広域的にモニタリングを続けることができますので、事業化レベルの展開が可能になります」(山中准教授)
採取したサンプルは冷凍保存が可能。サンプルの中には様々な生き物のDNAが含まれており、環境DNAは種ごとの検出、全種の網羅的検出の2つの方法で検出できる。今回のプロジェクトでは、その川にいる魚類を網羅的に検出する方法を活用。
種類ごとにDNAの配列が異なるため、サンプルから適切に読み取るような分析をして、データベースで検索をかけると、DNA配列から魚の種類が特定できる。
実際に、2023年8月まで3年連続で「びわ湖100地点環境DNA調査」を実施。企業・団体が協力した市民参加型の大規模な調査で、各団体が10地点ずつ水を汲んで龍谷大学に送付。採取した水に余計なものが混じると分析に影響が出るため、だれでも簡単にきれいいな水を取れるよう専用の採水キットも用意した。
琵琶湖の100地点で採取した水から合計43種類(分類群)の魚の検出。外来種の分布変遷や希少種の変化など、毎年調査・分析することで、網羅的、継続的に生物相を把握できる。この技術を応用して、内水面(河川や湖沼)漁業での課題解決に結びつけるというのが「スマート環境DNA調査システム」だ。