スマートホーム体験スペース「playground 大手町」@千代田区 大手町ビル内(要予約)
年々注目度が高まるスマートホームだが、日本では未だ本格的な普及には至っていない。
その足枷となっているのが、メーカーの壁。つながる家電は増えているもののメーカーや家電ごとにアプリが必要など、スマートな暮らしにはほど遠いのが現状だ。
グローバルでは統一規格に向けた動きも活発化しているが、よりシンプルに1つのアプリで家をまるごとコントロールできるしくみを提供しようと動き出したのが、三菱地所が手がける「HOMETACT(ホームタクト)」である。
「HOMETACT」が目指すスマートホームと普及に向けた課題を、三菱地所株式会社 住宅業務企画部新事業・DXユニット統括で、「HOMETACT」のPJリーダーを務める橘嘉宏氏に聞いた。
三菱地所株式会社 「HOMETACT」PJリーダー 橘嘉宏氏
三菱地所があえてスマートホームの旗振り役を担う理由
──まずスマートホームとは何か、改めて教えてください。
日本ではスマートハウスという言葉を見かけますが、これは電力使用状況の見える化機能「HEMS(Home Energy Management System)」を指して使われることが多いです。対して世界でいうところのスマートホームは、ホームオートメーションからセキュリティや見守り、エンターテインメント、HEMSのようなものも含めて、「IoTをベースに、家庭内の様々な住設・家電・IoTデバイスやそれらに紐づくサービスを広く内包する概念」で、日本に比べるとかなり広義であるといえます。今や多くの住宅でインターネットとWi-Fi、床暖房・食洗器などの設備が標準採用されるようになってきていますが、将来的にはスマートホームも同様に、あって当り前の生活インフラになっていくと考えています。
──「HOMETACT」は、どのようなサービスなのでしょうか?
「HOMETACT」は「次世代インフラとしてのスマートホーム」を実現するためのしくみです。日本では、先ほどお話しした「HEMS」が先行したこともあり、ホームIoTは「ECHONET Lite」という日本特有の通信規格をベースに、メーカーそれぞれが独自の進化を遂げてきました。その結果、たとえばスマートフォンから何か操作をしようと思ったら、メーカーごとに違うアプリを入れて、ユーザーがすべて自分で設定をして、ということをしなければならない。ユーザーにとっては、全然便利でもスマートでもない状態になってしまっています。そんな状況を打破するためには、三菱地所のような、家電メーカーからすれば外様のプレイヤーが新たな旗振り役となり、メーカーごとに縦割りになっているサービスを1つにとりまとめる必要があるのではと考えるようになりました。不動産業界が採用しやすいスマートホームサービスをつくることで、インフラとして導入されやすくすることを目指し、プロジェクトを立ち上げました。
「HOMETACT」では1つのアプリにログインするだけで、色々なホームIoT機器をワンストップで操作できるしくみを提供します。「ECHONET Lite」のような日本特有のしくみも、グローバルスタンダードなクラウド連携によるしくみも、両方を兼ね備えたプラットフォームを意識して構築しています。
「HOMETACT」でできること
エアコン、テレビ、照明、カーテン、ロボット掃除機、スマートロックなど、国内外多数のメーカーのホームIoT機器を、1つのアプリにログインするだけで、まとめてコントロールできるしくみを提供。スマートフォンから操作できるほか、グローバルメーカーのスマートスピーカーとも連動し、音声アシスタントに話しかけて声で操作することもできる。また、「シーン」機能を活用すると、「おはよう」のひと言で、カーテンが開き、照明が付いて、朝のさわやかな音楽が流れる。「行ってきます」のひと言で、照明や空調がオフになり、ロボット掃除機が動き出すといった、ホームオートメーションを簡単に実現できる。
「HOMETACT」を導入した物件では、「シーン」機能によって音声アシスタントに呼びかけるだけでエアコンや照明などの住設機器や音楽などをまとめて切り替えできる。
昨年12月にはエネルギー使用量を〝見える化〟するHEMS機能「HOMETACT Energy Window」をリリース。自宅でのエネルギー利用状況に応じて、アプリの窓から見える自然の景色が変化する。
「HOMETACT」はグーグルやアマゾンのスマートスピーカーとも連携しますが、両社が個々に提供する個人向けのサービスとは違い、基本的にB to B to Cのサービスです。大家さんにマンション等のインフラとして、スマートロックなどベースとなる設備とともに導入していただき、そこに入居者が自分でもロボット掃除機やスマート照明などの家電をさらに追加できるようになっています。同時に不動産会社や管理会社が入退去管理と併せてスマートホームサービスを提供できるしくみも整えています。欧米ではすでに古い住宅をスマートホームリノベーションして、物件の価値を高めるといったことが、ごく当り前に行なわれています。
日本でスマートホームを普及させるためには、不動産会社や大家さんのスマートホームへのリテラシーを高め、入居者に便利でスマートな暮らしを提供できるようにすることが、重要だと考えています。サービスを開始してから2年ほどですが、ここにきて問い合わせも大きく増えていて、実際に「HOMETACT」を導入したことで新築・既築問わず賃貸物件の価値が高まり、賃料が上がった事例が多数出てきました。
ガジェットの域を出ないものでは困る!「HOMETACT」におけるスマートロックの重要性
──「HOMETACT」におけるスマートロックの役割や、求められる要件を教えてください。
スマートロックは入退去管理の面でも入居者のUX(顧客体験)上も要となるデバイスです。実は「HOMETACT」の開発も、どうやったらスマートロックを自社の入居者向けアプリに連携できるかというところからスタートしたんです。私自身もスマートロックを愛用していますが、数あるホームIoT製品の中でも、スマートロックの体験は生活を大きく変えるものです。スマートホームの入門としても、欠かせないプロダクトだと思っています。
ただし、安全性の観点が導入する上で非常に重要なポイントとなってきます。スマートロックにはいろいろなタイプの製品がありますが、不動産会社や大家さんが物件の標準設備として導入することを前提にすると、シール(両面テープ)で貼り付けるタイプの製品は、剥離して落下するリスクや入居者の締め出しリスクなどを考えると、管理運用の観点からは採用が難しいのが実態です。物件価値をきちんと高めるスマートロックは、住設としてきちんとインストールできるものが望ましいですね。大崎電気工業の「OPELO」シリーズをはじめ「HOMETACT」のパートナー企業が取り組んでいるように、シリンダーにしっかり固定できるスマートロックであることは非常に重要だと考えています。
また、スマートロックの通信方式も重要です。Bluetoothによるモバイル端末との通信で施解錠する方式は非常に不安定なので、NFCやパスコード、顔認証など、複数の確実に解錠できる方式が採用されていることも大切。個人で楽しむガジェットであれば、何回かに一度失敗してもまぁ仕方ないかとなりますが、物件の標準設備として導入する場合にはそうはいきません。特に鍵の安全性に対しては、日本人はどこの国よりも厳しい感覚を持っていますので、そうした信頼に見合うスマートロックを採用することがこれからの物件では重要になってくると思います。ホームIoT領域は日進月歩で新技術が生まれています。常に新たな技術革新をきちんとプロダクトに反映させて、サポート体制がしっかりして利用者が安心して導入でき、且つ、常にサービスをアップデートしていく力のあるメーカーの製品であることも重要です。中にはまだこの技術を使っているのか、という製品もありますからね。
さらに管理会社からは、遠隔でワンタイムパスワードを発行することで内覧対応をキーレスで運用したり、膨大な物理鍵の管理から脱却したりすることを目指す、いわゆる不動産管理DXソリューションとしても高いニーズがあります。HOMETACTは三菱地所が不動産会社として培ってきた管理ノウハウや目利き力を生かしながらパートナー選定をしており、管理業務の効率化に加え、物件価値の向上と入居者の顧客体験の向上を同時に実現させるソリューションとして確実に新しいエコシステムを生み出しています。
「HOMETACT」が目指すのは、あらゆる世帯での標準インフラ化
──スマートホームのインフラ化に向けて、今後の取り組みを教えてください。
日本には既築の住宅が6千万世帯くらいあると言われており、インターネットは既にインフラとして普及しています。スマートホームもいずれは、それに次ぐインフラとして成長させていきたいというのが、我々の目標です。そのためには「HOMETACT」につながる製品やサービスのパートナーを広げていくのはもちろん、一緒にスマートホームの普及に向けて協力し合えるパートナーも増やしていきたいと思っています。弊社グループのマンションに標準インフラとして導入していくだけでなく、他の不動産会社への外販もより積極的に取り組んでいきます。
また、新築マンションに限らず既築マンション・アパートのバリューアップ工事や、戸建リフォーム領域での積極的なパッケージ提案なども推し進めていく予定です。HOMETACTはアセットタイプを選ばず、様々な不動産アセットに貢献できるサービスです。不動産会社や大家さんに少しでも早く一歩を踏み出してもらうために、実際にサービスを利用するユーザー側のニーズを高めていくことも重要だと考えています。その意味で今後は、エンドユーザーにスマートホームの魅力を伝えていくための情報発信にも積極的に取り組んでいくつもりです。
取材・文/太田百合子、撮影/小倉 雄一郎(小学館)