犬種にキラキラネームを付けちゃった?
1942年、アマーストール女史はコーイケルホンデイエの繁殖に成功した時、新しい犬種名として「王子犬(prinsenhondje)」または「ウィレム・ザ・サイレント・ドッグ」と名付けようと考えた。オラニエ公ウイレムは寡黙な豪傑と伝えられているので、無駄に吠えない犬という名前もピッタリである。
苦労を重ねて探し、ようやく手に入れて繁殖させた犬を「カモ猟犬」より、もっと素敵な名前で呼んであげたい・・・・・・女史がそう思ったのも当然だろう。やや「キラキラネーム寄り」だったかもしれないが、気持ちは理解できる。
しかし、当時、ヨーロッパは戦時中でドイツ軍が欧州各地を侵攻している最中だった。「プリンスホンデイエという名前は、王室を思い出させるし、独立の英雄はドイツ軍を刺激するかもしれない」という忠告を受けたアマーストール女史は、元の名前の通り、カモ猟犬と呼ぶことに決めた。
コーイケルホンデイエのスタンダード
オランダでコーイケルホンデイエがFCI(国際畜犬連盟)に正式に犬種として登録されたのは、1971年12月。スタンダードと呼ばれる犬種標準が定められた。
スタンダードによると、コーイケルホンデイエの体高は35〜42 cm、雄犬の体重は10〜15kg、雌犬はやや小柄の9〜11kg程度。被毛は白がベースで茶色く、耳の先端には黒い毛が生えており、イヤリングと呼ばれている。好奇心旺盛なカモの気を引くために振った、大きなふさふさした尾が印象的で、目は暗褐色のアーモンド型がスタンダードである。
コーイケルホンデイエの特長はその優れた知能、判断力に加えて旺盛な学習能力と、身体機能の高さにある。騒げば獲物の水鳥は逃げてしまうから、むやみやたらに吠えない。気質も穏やかで、飼主によくなつくため、愛玩犬として大谷選手が選んだのは大正解だった。
治療法のない難病に注意
美しく性格が良く、日本の気候にも合っている、最高の犬種ではあるが、ひとつだけ、注意が必要だ。それは作出した犬がもつ、致命的な欠陥の遺伝子病である。特にコーイケルホンデイエは絶滅寸前のところから頭数を増やしていった結果、近親交配による遺伝子疾患が発現してしまった。
コーイケルホンデイエに見られる代表的な遺伝子病は遺伝性壊死脊髄障害(ENM)と呼ばれ、1歳未満の子犬に多い。現在、治療法が無い致死性の難病で、オランダでは発症すると安楽死となる。通称コイケル麻痺と呼ばれる病気で、他にもセロイド・リポフスチン脳症や、血液疾患であるフォン・ヴィレブランド病など、かかりやすい病気がある。新しく飼う際は親の血統などを良く調べ、遺伝子を調べて病気の因子がないことを確かめた上で、お迎えしたい。
文/柿川鮎子