勉強やビジネス、プライベートに至るまで、物事を記憶する力の恩恵を受ける場面は非常に多い。記憶力を少しでも高めることができれば、仕事も遊びもより効率的に進められ、また加齢による衰えも低減できるかもしれない。そこで脳科学の専門家に、記憶の種類やメカニズム、記憶力を鍛えるためのコツや考え方について聞いた。
記憶は内容と時間に分かれて蓄積
そもそも記憶は、記憶される内容の種類と経過した時間の2つの軸に分かれて分類されて蓄積されていると、神奈川歯科大学歯学部臨床先端医学系認知症医科学分野の眞鍋雄太教授は説明する。
「記憶の種類として、陳述記憶と非陳述記憶の2つに分かれます。陳述記憶はいわゆる知識にあたるもので、非陳述記憶は動作などに関する記憶になります。時間軸ごとの分類としては、数十秒以内に記憶したものを短期記憶、数分から数ヶ月程度のものを近時記憶、数年から数十年単位で記憶したものを長期記憶と呼ばれています」
これらの記憶は、蓄積されるメカニズム自体に大きな違いはないという。
「ただし、関与するニューロン(神経細胞)の数が異なります。遠隔記憶は関わるニューロンが多くなっており、短期記憶は関わるニューロンが少ないものの、密に情報伝達をしあう記憶痕跡と呼ばれる塊を形成していることが特徴です。遠隔記憶は押し入れの奥に、近時記憶は押し入れの手前に収納されているようなイメージですね」
記憶の〝コーティング〟を心がけよう
記憶のメカニズムは内容による差は少ないが、個体差も少ないという。代わりに、情報の処理のされ方が脳の特性によって異なり、個性として表れると眞鍋さんは解説する。
「文字や画像など、処理が得意な情報は人によってある程度ばらつきがあります。驚異的な記憶を持った人が、文字ではなく絵として情報を脳に保存し、その絵から文字の情報を読み取っているという話をよく聞きますが、これも画像としての情報処理に特化しているからなせる技です。自分の脳の特性を知ることは、記憶力を鍛える上で重要です」
では、どうやったら自分の脳の向き不向きを知ることができるのだろうか。
「臨床心理士によるカウンセリングが最も確実ですが、適性検査でも代用可能です。神経心理学をベースとした設問になっており、自分の特徴を知るきっかけとしては非常に有用なのです。その結果、音の処理が苦手だとわかったら会議などでは事前に録音すればいいし、文字が苦手なら逐一メモを取るなど対策を講じられるようになります」
眞鍋さんのオススメは、記憶を〝コーティング〟することだそうだ。
「関連事項を紐づけて覚えることで、特定の情報から連想の糸をたどるようにして思い出す、という手法です。例えば音楽が好きな人なら、毎日聴く曲にタスクを紐づけて記憶しておけば、通勤中にその曲を聴いた際トリガーとなって思い出せます。音や匂いなど、より原始的な感覚に訴えるものが好ましいと思います」
思考で記憶をカバーする
筆者自身も感じているのだが、記憶した情報を必要な時に引き出すのが苦手という人は少なくないはず。仕事ができる人は、どういった工夫をしているのだろうか。
「帰納法的思考で情報を処理・抽出することで、記憶をカバーしているのです。コツは、予めアウトプットの完成形をイメージすること。その枠組みに対して、必要な情報を埋めていく作業をするだけなので、余計な情報のインプットやアウトプットが不要になります。この思考法は訓練するしかありませんが、身につけると人生の様々な場面で役に立つことでしょう」
仕事や私生活において、やらないといけないことに追われたり、目の前の情報に圧倒されて疲れたりすることは多い。そんなときに、これらの記憶するコツや思考法で少しでも楽になったら幸いだ。
眞鍋雄太
神奈川歯科大学歯学部臨床先端医学系認知症医科学分野教授。藤田医科大学救急総合内科客員教授および横浜新都市脳神経外科病院内科認知症診断センター部長も兼任している。著書に『もの忘れ外来』(同文書院)など。
取材・文/桑元康平(すいのこ)
1990年、鹿児島県生まれ。プロゲーマー。鹿児島大学大学院で焼酎製造学を専攻。卒業後、大手焼酎メーカー勤務などを経て、2019年5月から2022年8月まで、eスポーツのイベント運営等を行うウェルプレイド・ライゼストに所属。現在はフリーエージェントの「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのプロ選手として活動中。代表作に『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館新書)。