野生動物との住み分け・ゾーニングが必須に
人と野生動物の間のゾーニングも、地域の復興が大きなカギを握ります。地域における人間活動が活発になることで、野生動物の被害を減らしていく効果が期待されます。
放棄された山村は草ぼうぼうで、人もまばら。クマもイノシシも姿を隠せるから、山から人里へ近づきやすい。人間の方も長らく狩猟生活から離れて生きてきているので、野生動物にとってはもはや怖い存在ではない。その結果野生動物たちが自らのもともとの生息域を取り戻そうとどんどん人間の居住地に入ってくる。
最近のクマ被害は異常事態です。クマ以外にも獣害対策は増えて行くでしょう。いつしか、東京の町に野生のクマがうろうろ歩き始めるかもしれない。
自然との付き合い方をここでもう一度見直して、野生動物の現状にもきちんと向き合わねばなりません。人と動物が双方に生活域と資源の取り分をわきまえ、棲み分けするという、かつて成立していたゾーニングを取り戻す必要があります。人の居住地に野生動物を過剰に侵入させ続けてはいけないのです。
ペットは飼い慣らした動物ですから、牙をむきませんが、そんなペット動物も野生に帰れば、人は素手で勝ち目はない。野生動物と「相見(あいまみ)えて」や「心が通じる」というのは人間が抱く理想であり妄想です。野生とは正しい距離を保つ。動物の命の尊厳を感じつつ距離を置くことが、真の自然共生なのです。
生物多様性保全では、生物を保護対象としてとらえて説明されることが多いですが、実際には生物多様性ほど凶暴で、人間にとって決して侮れない宿敵はいません。外来種の侵入や、野生動物による獣害、さらには感染症の蔓延など、人間社会を脅かすリスクは全て生物多様性という巨大なシステムを我々が撹乱したことで生じる「ブーメラン」であり、人類に放たれた天敵でもあるわけです。
生物多様性保全とは人類存続計画だった!
生物多様性とは決してやわな存在ではなく40億年という生物進化の歴史の中で過酷な環境変化を生き抜いてきたシステムであり、人間如きに破壊されるものではありません。いま、貴重な生物種が続々と人間活動によって絶滅する一方で、ヒアリや新型コロナなど、人間にとって不都合な生物・ウイルスが増え続け、人間社会を追い詰めようとしています。
生物多様性保全とは、生物を守るためではなく、この人間社会をこれからも安心・安全で豊かなものへと持続的に発展させるために必要なことである、いわば、(どっかで聞いたセリフではありませんが・・)「人類存続計画」であると理解しなくてはならない、そんなパラダイムを普及して、政府や国民に、もっと危機感をもって、生物多様性に向き合ってもらえるよう、我々研究チームはこれからも生態リスク研究を推進していきたいと思っています。
五箇公一先生プロフィール
国立環境研究所生物多様性領域生態リスク評価・対策研究室室長。1990年、京都大学大学院修士課程修了。同年宇部興産株式会社入社。1996年、博士号取得。 同年12月から国立環境研究所に転じ、現在は生態リスク評価・対策研究室室長。専門は保全生態学、農薬科学、ダニ学。著書に『クワガタムシが語る生物多様性』(集英社)、『終わりなき侵略者との闘い~増え続ける外来生物』(小学館)など。
文/柿川鮎子