連載/山田美保子の「ギョーカイ裏トレンド図鑑」
「とんでもないことでございます」
接客をしてもらっているとき、相手からこの言葉が出ると、「この人はタダモノではない」と思う私。「とんでもないことでございます」である。
高級レストランの受付で、予約の有無を確認したり席に案内したりする人や、ハイブランドのお店で担当してくれた人、こちらにちょっとした非があって謝ったときなど、先方から笑顔でこの言葉が出てくると、「あぁ、この店に来て良かった」と心から思える。
「おぬし、できるな?」という想いになる
先日は、愛犬3匹が御世話になっている動物病院のレセプショニストからこう言われてビックリしてしまった。院内の壁に貼られているスタッフのプロフィルを見たところ、「院長」「獣医師」「獣看護師」とは別に、彼女の肩書は「受付」だった。きっと特別な訓練を受けてきたに違いない。そういえば、彼女の笑顔の素晴らしさや、飼い主さんとのちょっとした関わり方をみていると、彼女が接客のプロであることが改めてわかった。
実は先日、某カード会社に用事があって電話をした。土曜日の昼下がりである。
こちらから一方的に頼み事をしている途中で、土曜日と日曜日は、その日私が頼んだことについて対応していないことが判明。
その時点で、かなりの長電話になっていたことから、「ごめんなさい、週明けにかけ直します」と私が言ったところ、電話口の男性が「とんでもないことでございます」と……。
この言葉、女性から聞くのと男性から聞くのとでは“ありがたみ”が少し異なるような気がする。私が女性だからかもしれないが、男性からそう言われたときのほうが、「おぬし、できるな?」という想いになる。
そんな気持ちになっていたところに、続いて彼はこう言った。「都内からちょうだいした御電話かと存じますが、久しぶりに気持ちのいい快晴ではありませんか? 有意義で素敵な週末を“カード名”と共に、お過ごしください」
その丁寧な対応ぶりと、完璧なトークに心からの「ありがとうございます」を言い電話を切ったのだが、本当に幸せな気分になった。
電話での接客の場合、このような言葉のセレクトもそうだが、決して早口ではなく、無駄な笑い声が入るわけでもなく、絶妙なトーンの“声”の持ち主であることがベストだと私には思える。
「もって生まれた声は変えられない」と思われるかもしれないが、トレーニングしだいでは変えられる。
まずは…、
お腹からしっかり声を出すこと
自分の声を録音してみて、第一声がちゃんと出ているかどうかもチェックしてみてほしい。
たとえば、「お世話になっております」「おはようございます」などの最初の“お”がしっかり発せられているか否か。
私も早朝のラジオ番組に電話出演するときには、“最初のお”をすごく気を付けている。気を付けていないと「はようございます」とオンエア上でなっているのである。
「ありがとうございます」も同様で、“あ”が流れてしまいがち。これも録音してみるとよくわかるはずだ。
笑顔も大事だ。
何度か書いているが、接客中の“無駄な笑い声”ほど先方に誤解されてしまうことはない。特にクレームを伝えに来たお客への回答や説明の途中で、「ふふふ」と笑う人がけっこういるのだけれど、これは最大のNGだ。
笑い声ではなくて、“朗らかな声”というのが、ある。
先日、某整形外科の受付に見知らぬ男性が立っていた。スーツ姿なので看護師さんではなくレセプショニスト。私は初めてだったので、いつもよりハッキリと自分の名前を名乗ったところ、彼は「●●先生(=院長の名前)御縁をちょうだいしまして、今週から受付に立たせていただいております■■(本人の名前)と申します。(私の診察券を手にとり)山田様ですね、承っております。私、まだまだ至らない点があるかと存じますが、引き続き何卒よろしくお願い申し上げます」と、素晴らしい“テノール”と共に頭を下げてくれた。
ここは本当に整形外科の受付なのか。彼はどこかの老舗旅館の若旦那なのか…と思ったほどである。そして彼の声は適度な笑顔と共に発せられる“朗らかな声”だったのである。
思わず、「素敵な笑顔とお声ですね」と私が言ったところ、彼の口からも「とんでもないことでございます」が出た。
お客や患者に「おぬし、できるな」と思わせるこの一言、憶えておくといいと思う。
文/山田美保子
1957年、東京生まれ。初等部から大学まで青山学院に学ぶ。ラジオ局のリポーターを経て放送作家として『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)他を担当。コラムニストとして月間40本の連載。テレビのコメンテーターや企業のマーケティングアドバイザーなども務めている。