ビジネスを取り巻く環境が複雑化し、経営の舵取りや新規事業の立ち上げは一筋縄ではいかなくなっています。会社が進むべき方向性が定まらない、経営層の思いが現場に浸透しない……など、さまざまな課題に頭を悩ませている方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、企業の経営課題や事業戦略をサポートする、株式会社電通コンサルティングのパートナーを務める田中寛氏と、広告領域を超えて新しいアウトプットを生み出し続けている株式会社 電通のクリエーティブ横断組織「Future Creative Center」のセンター長を務める小布施典孝氏が、これからの企業経営や新規事業に求められる思考法をはじめ、今の時代の価値のつくり方について語り合います。
目次
コンサルティングというより、エクスプローイングに近いのかもしれない
田中:まずは自己紹介から。私は外資系の大手総合コンサルティング会社2社を経て、米系化学素材大手事業会社のデュポン社にて経営企画のほか、食品素材の事業部で営業やマーケティングも経験しました。その後は、アメリカの大手EC企業アマゾン社で事業企画をしておりましたが、人と人との交わりの中で「情緒的な仕事がしたい」という思いからブランディングの世界へ。2022年から電通コンサルティングで、主にB2B領域のブランディングを中心としたコンサルティングを行っています。
株式会社電通コンサルティング 田中 寛氏
事業推進部 / パートナー
外資系コンサルティングファーム2社で戦略立案、業務改善コンサルティングなどを経験後、事業会社に転職。米系大手化学企業や米系大手EC企業にて、社長室・経営企画・事業企画や事業部でのB2B営業・マーケティングの経験を通じて、事業成長に向けた取り組みを実践。その後、ブランディング専門コンサルティングファームを経て、2022年より現職。グロース特化のコンサルティングファームの経営を担いながら、B2Bブランディングを中心にクライアント企業の事業成長を伴走支援している。
小布施:僕は電通に入社して、もともとはストラテジックプランナー(戦略企画)として業務にあたっていました。そこからクリエーティブの局に移り、今は「Future Creative Center」(以下、FCC)で、経営・事業のグランドデザイン支援やブランディング設計、アクティベーション企画などを手掛けています。
最近は、田中さんはじめ電通コンサルティングの皆さんとも協動しながら、企業の未来価値をつくっていくさまざまなプロジェクトを行っています。でも、僕らがやっていることは、いわゆるコンサルティングとはちょっと違うかもしれませんね。
田中:FCCに寄せられる相談としてはどんなものが多いですか?
小布施:そうですね、例えば「新しい街づくりをしたい」とか「これからの時代の移動の価値を考えたい」とか「コングロマリット企業の新しい未来競争力を考えたい」などの、何か新しいことを考え、仕掛けたい方々からのご相談が多いです。まだ見ぬ答えを一緒に探しに行く冒険をご一緒している感覚に近いので、やっていることは、コンサルティングというよりは、エクスプローイングと言ったほうが近いかもしれません。実際、クライアントさんと旅に出掛けることもしています。
田中:私たち電通コンサルティングの視点で言うと、電通グループ内から「市場価値算定してほしい」など、専門的な知識が必要な領域について相談を受けることもありますね。企業の経営者や事業リーダーの方も、「将来の顧客がどのように変化していくか見通せない」など、市場環境の変化に伴う未来の戦い方に悩んでいる方も多い印象です。
会議には、「仕分ける会議」と「生み出す会議」がある
田中:企業が抱えるさまざまな悩みがある中で、それに対するコンサルティングのアプローチというものもたくさんありますよね。
私は、パーパスを策定するため、その企業の役員にインタビューをする際に、小布施さんが行っている手法がとても印象的でした。
役員インタビューそのものももちろんですが、インタビューが終わった直後に「あれはこうだったんじゃないか」と振り返りながら、ビルの外で5〜10分会話をすることがありました。実はこういうときこそ、最も芯を食った意見が出やすいのかなという気がするんです。
小布施:アイデアって、外部刺激を変えた時に生まれやすいと言われているので、打ち合わせの直後というのは、結構アイデアが出やすかったりしますよね。
ちなみに僕は、会議には「生み出す会議」と「仕分ける会議」の2つがあると思っていて、企業の中で通常行われているのは「仕分ける会議」なのかな、と思っています。事前にアジェンダを用意して、それに沿って議論し、選択肢のメリットデメリットを把握して、効率的にジャッジをしていく。これはこれで必要な会議です。でも「まだない答え」を見つけたいときには、その会議の仕方だと難しいのではないか、と思っています。
というのも、「生み出す会議」に必要なのは、論理的なジャッジをするための緊張感で張り詰めた空気ではなく、ブレークスルーする瞬間を捉えるために、みんなでアイデアを重ねて育んでいくポジティブな空気だからです。
株式会社 電通 小布施 典孝氏
エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター、フューチャー・クリエーティブ・センター長
さまざまな企業とのマーケティング/プロモーション/クリエーティブ領域でのプロジェクトに関わった後、2020年、企業の未来価値創造を支援するFuture Creative Centerのセンター長に就任。経営の打ち手のグランドデザイン支援、ビジョン策定、シンボリックアクション開発から、企業価値向上につながるブランディングやコミュニケーションまでを手掛ける。カンヌライオンズ2023金賞等、国内外の受賞多数。
田中:なるほど。小布施さんが会議でファシリテーションをしている様子を見ると、とにかく人の話を聞きながら、その空間に漂うものを「どうつかみに行くか」を意識しながら、場を動かしているような気がするんですよね。
小布施:つかむ、という表現は近いかもしれないですね。その会議の場で皆さんが発言されている言語化されたものから正しいものを選択する行為ではなく、言語化されているものをジャンプ台にしながら、さらにその上に漂う、まだ目に見えない価値を探し当てようとしている方法論だと思っています。
田中:生み出す会議では、聞き取る力も重要ですよね。私にとっては、「聞く」という行為は受け身ではなくて、かなり能動的なアクションです。それによって場の力が増幅されると思っています。
新しい正解をみつけるために必要なことは、「別界」を持つこと
小布施:田中さんは聞き取るのがとても上手なコンサルタントという印象があります。どうして、そういう柔軟な受け止め方が出来るんですか?
田中:それはこれまでの経歴の中で、私とはバックグラウンドが異なる方と、お仕事を共にしてきた経験が大きいかもしれません。
例えば、前職でブランディングをやっていた頃は、芸大・美大出身のクリエーターの方と仕事をすることも多かったのですが、私とはアプローチの方法が全く違うんですよね。同じクライアントさまと話をしていても、打ち合わせが終わった後に所感を聞いてみると「私はこう思いました」というアウトプットが、私とは全然違うことがあります。それはそれですごく面白いのですが、一方で、自分の意見とどう折り合いをつけるか、というところに難しさも感じていました。
そうなると、やっぱりお互いが歩み寄ることが必要になります。自分の世界に閉じこもり、自分のロジックを相手に押し付けてしまうと、どうしても自分の領域外との接点を持ちづらくなる。どうやったら接点を持ち続けられるのかということは意識しています。
小布施:新しい価値を生み出すためには、自分の住んでいる世界とは違う世界を知り、その世界のことを理解することが大切なんだと思っています。コンサルタントの世界にいる田中さんが、美大出身のクリエーターの世界にも入り込んで、共感の接点を探るのは、まさにそういう行為ですよね。僕はそれを「別界を持つ」と呼んでいます。経営層の世界と現場社員の世界。大人の世界と子どもの世界。都心の世界と地域の世界。自分がいる世界を飛び出て、別界を持つことで、新しい違和感に気付けるようになる。新しい価値は、常に2つの世界の境界線から生まれるんだと思います。
新しいものは、頭からではなく、内蔵感覚から生まれる
田中:聞く力の話も出ましたが、クライアントさまや社内メンバーを含め、自分の中にある興味や疑問を吐露できると、そこから新しいアイデアや課題の発見につながることってありますよね。小布施さんは、そうした点で何か工夫していることはありますか?
小布施:なるべくゆる〜い雰囲気をつくることを心掛けています。人よりも賢いことを言わないといけない雰囲気が漂っている会議だと、みんな分かったふりをしてしまったり、身構えてしまったり、なんなら論破されないために本音は隠してしまったりと、表層的なことでしか議論されなくなってしまう。けれど、本質的なことって、頭からは出てこないことが多いですよね。もっともっと、その人の奥深く、内臓感覚から生まれてくるものだったりします。頭と頭で向き合わないこと、内蔵と内臓で向き合うこと。そのためになるべく、理屈抜きで本音でしゃべって大丈夫なんだ、という空気をつくること。これを重視しています。
田中:なるほど。「正解を言わないといけない」といった気負いをいかに減らせるか、はポイントですね。あとは、コンサルティングの基本的な考え方に「クリティカルシンキング」があります。一般的には、「経験や直感だけに頼らず、多様な角度から客観的視点で考えること」です。私は、このクリティカルシンキングを 「相手が言ったことを否定するのではなく、相手が言った言葉の裏側に何があるのかをできるだけゼロベースで想像したり、解明しようとしたりする姿勢」と解釈して心掛けていますが、これも大事ですね。
小布施:そうですね。会議でみんなが似たような意見を言う場合、それは何かしらにとらわれている、という状況になっていることも多いので、その根底にある共通バイアスを特定して、それを疑いにかかるという発想方法はよくやっています。友人で研究者の石川善樹先生とも話をしていると「新しいふつうを生み出すためには、まず疑うべきふつうをみつける。」というのが概念シフトを生み出すセオリーとのことなので、みんなの共通バイアスを探ることはとても大切だと思っています。これは1人ではなかなかできないので、みんなでやるからこそできるアプローチとも言えます。
田中:少し話が変わりますが、企業の経営課題や問題点を整理するという点では 、「3C分析」「SWOT分析」などのフレームワークが有効だと言われることもあります。ただ、フレームワークに沿って考え、項目を埋めるだけでも大変な作業なので、それをするだけで時間が掛かったり満足したりしてしまうことも少なくありません。私は、フレームワークはあくまでスタート地点に過ぎず、そこで整理した仮説からいかにジャンプできるかで、コンサルティングの質が左右されると思っています。
今後目指すべきアプローチ。「ティーチング」ではなく「トーチング」へのシフト
小布施:どこかにある「正解」情報を、横展開して伝えるという提案スタイルは、本当の意味での課題解決にはなっていないのではないか、と感じることが多々あります。
先日、コペンハーゲンにあるビジネススクールを視察してきたのですが、そこで行われているのが「人の主体性を引き出すアプローチ」でした。結局人は、誰かから与えられた正解に対して本気になることは稀で、自分の内側から湧き上がったものでなければ本気にはなれない。その人の内側にある意思を引き出し、そこにアイデアを重ねていって、まだ世の中になかった新しい価値へと昇華させていく。そうした技法をクリエーティブリードと呼んでいて、非常に共感しました。
僕たちのアプローチもこれに近いものがあります。クライアントの皆さんが内面に持っているけれど、まだ気付いてないものを、対話を通して引き出す。そこに僕らのアイデアや切り口を重ねて、唯一無二の価値へとつくり上げていく。そのために仕分ける会議ではなく、生み出す会議を行っていく。これは、コンサルタントが正解を持っていて、それを教える、というアプローチとは違い、まだ見ぬ価値を見つけに、一緒に冒険にいくアプローチなんじゃないかな、と思っています。どこかにある正解を提供したり整理するのではなく、まだどこにもない正解を、意思というコンパスを頼りに発掘にいく冒険。一緒に仕事をしているクライアントの経営層の皆さんが、いつも「楽しい」と言ってくれるのは、僕らにとって最高の褒め言葉だと思っています。
田中:その中でいろいろな課題を抽出できるのがいいですよね。事業成長というものを前提としたとき、クライアントさまが抱えている課題って1つだけじゃないと思うので、「こういう取り組みも必要かもしれない」というさまざまな気付きに持っていけるということも大事です。
そういう戦略系でもデザイン系でもない、これまでとは違うコンサルの形を、電通コンサルティングとFCCの協働によって実現させていけるのではないかと思っています。
大局視点を持つこと。美学を壊すこと
田中:これから本格的にコンサルに取り組む若い人たちに一言お伝えするとしたら……自分を客観視することの大切さでしょうか。鷹の目で見る、大局的に見るなど、いろいろな言い方がありますが、プロジェクトワークをするときに、どうしても狭い中でぐるぐるしてしまうことが多いので、今の自分を客観的に見て、全体の状況の中で今この辺にいるとか、じゃあどっちに進むべきかといったことを、視座を引き上げて考えていくことが大事だと思います。
小布施:いろいろな仕事をしていくと、自分なりの美学ができると思いますが、その一生懸命磨いて築きあげた自分なりの美学を、あるタイミングで壊すことが重要だと思っています。それはそんなに簡単なことではありません。自己否定にもなります。でも自分なりの美学を守ろうとすればするほど、新しい自分になるのがどんどん難しくなっていってしまいます。
自分が見ている世界って意外と狭いものです。そこに気付けるかどうか。美学をつくっては崩して、次の美学を探しに行く。そういうスタンスを持ち続けることが重要なんじゃないかなと思います。
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市場環境が目まぐるしく変化し、未来が見通しにくい時代。企業が抱える経営課題も多様化する中で、成功例や経験値を当てはめていく従来のコンサルティングではない、新しい在り方が模索されている。
これからの時代に求められるのは、相手の主体性を引き出し、それをより良いものへと昇華していくアプローチだ。企業が抱える課題にさまざまな気付きを与え、事業成長へと結び付けていくコンサルティングの重要性は、ますます高まっていくと考えらる。
※本記事の記載内容は2023年10月取材当時のものになります。
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。
※こちらの記事はビジネスを成長させる「変革のヒント」をお届けするマーケティング情報サイト「Transformation SHOWCASE」からの転載記事になります。
(C)Transformation Showcase.