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【勝手にブック・コンシェルジュ】「不適材不適所」をぶちかます岸田首相に読んでほしい文官たちの正義の物語「黄金列車」

2023.11.30PR

岸田文雄さんの目に主人公バログの誠実さはどう映るのか

ヨーロッパの歴史を背景とする素晴らしい作品を発表し続けている佐藤さんがこの小説で取り上げている題材は、1944年12月、ソ連軍侵攻に備え、ユダヤ人からの没収財産を積み込んでブダペシュトを出発したハンガリーの「黄金列車」。

長大な列車に最初に乗りこんだのは、ユダヤ資産管理委員会を形成する文官の面々とその家族ですが、途中で炭坑夫らや難民、戦災孤児たちまで収容。連結部の故障で立ち往生したり、橋が爆撃を受けたせいで足止めをくらったり、ハンガリーのナチスシンパ集団・矢十字党や脱走兵、武装親衛隊の残党などの襲撃を受けたりと、数々の困難に見舞われる約4ヶ月間が描かれています。

その道中に差しはさまれるのが、列車の現場管理をしている主人公バログの回想です。18歳だった妻カタリンとの出会い。ユダヤ系の母を持ち、裕福な家で生まれ育った親友のヴァイスラー、カタリンの友達マルギットを交えた4人の輝かしい青春の日々。ヴァイスラーとマルギットが豪勢な指輪を見せて婚約を発表した日、ささやかな指輪でカタリンにプロポーズしたバログ。カタリンの妊娠をきっかけに、借りることを決めた美しいヴィラの2階。流産によって諦めた引っ越し。2人の子宝に恵まれたヴァイスラーとマルギット。それでも揺らぐことのない4人の友情。しかし──。陽光がだんだん翳っていき、やがて暗雲におおわれてしまうに似たバログのこの回想のパートの哀切こそが、わたしたちに戦争と差別の無惨さを雄弁に伝えるのです。

〈人間には三種類ある。馬鹿と、悪党と、馬鹿な悪党だ〉(自民党の議員の多くがこの三種類に分類できそうですねっ)とは、バログの上司である実在の人物ミンゴヴィッツの名台詞ですが、黄金列車に乗りこんだ文官たちをめぐるこの物語で魅力が際立つのは、悪党どもの代表である財宝をちょろまかそうと画策する委員長のトルディ大佐でもなければ、列車を襲ってくる連中でもありません。積み込まれたハンガリーの“国有財産”を、それがどんなに自己嫌悪にかられるユダヤ人からの没収品であろうが、記録管理し、横領や略奪から守り、国から与えられた任務を忠実にこなそうとする文官の面々や、ビリヤードの球のようにどのポケットに落とされるかわからないまま時代のキューに翻弄される、バログら4人の人としての在りようなんです。

この小説を読んだ日本人なら、我が国における政治家や官僚に思いを馳せるのではないでしょうか。職務と職業倫理に誠実かつ忠実だった財務省職員・赤木俊夫さんを自殺に追い込んだ文書改ざん問題もうやむやにしようとする日本に、バログたちのような文官が存在するのだろうか、と。もう一度書きます。高邁な志や理想なんて求めません。せめて、自分の職務と責任を重く受け止め、粛々とより正しいことを選択し、遂行してくださいよ、岸田さん。

この小説では、脇を固める大勢の人物が強い印象を残すのも美点です。戦災孤児らのリーダーである赤毛の少年。彼がどんな目的で列車に乗りこんできたかわかる、ラストシーンの清々しい光景。72歳の母を伴い、タイピストとして黄金列車に乗りこんでいる無愛想な老嬢ナプコリ。〈腕一本で役所に食い込んで、生き残って、お袋を養って、ここまで辿り着いた〉という誇りに胸を張る彼女の格好良さ。切手蒐集が趣味の、ヴァイスラーの息子エルヴィン。彼が見せる、年長の同好の士から贈られた切手を〈次の、値打ちのわかる本物の蒐集家に渡すまで、ぼくが持っていなきゃいけない〉から、ユダヤ人迫害の状況から逃げることにしたと語る雄々しい表情。

史実としての黄金列車がどうなったかは、歴史書などで知ることができます。でも、この類い希なる小説を読んだ読者は、バログをはじめとする架空の人物らのその後に思いを馳せることになるはずです。次々と軽やかに列車から飛び降りていく赤毛たちを、貨車から見送ったバログが戦後をどう生きていくのか。想像をめぐらせてしまうのをいつまでもやめることができない『黄金列車』を読んで、岸田さん、我が身を振り返ってください。正気に返ってください、あなたに正気というものがかつてあったのなら。

文/豊崎由美(書評家)

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