日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)は、IBM Institute for Business Value (IBV) が日本の機関投資家と企業を対象に実施した人的資本経営の調査レポート「人的資本経営推進と戦略的開示に向けて」( https://www.ibm.com/thought-leadership/institute-business-value/jp-ja/report/human-capital-resources )と、AIによる拡張労働力に関するグローバル調査レポートの日本語版、「自動化とAIが導く「拡張労働力」の世界」( https://www.ibm.com/thought-leadership/institute-business-value/jp-ja/report/augmented-workforce )を公開した。
同社では「本調査によって、日本企業が抱える人的資本情報開示に関する課題とアプローチ、また、AIによって仕事がどのように変化しつつあるのか、そして企業価値向上のために実施すべきアクションが明らかになりました」とコメントしている。
本稿では、そんな両レポートの概要を抜粋してお伝えする。
人的資本経営推進と戦略的開示に向けて
■自社の開示内容が人的資本の競争力を適切に示していると考えている企業は7割以上、示していないと考える企業は全体の1割未満
その理由として多く挙げられていたのは、「パーパスや経営ビジョン、経営戦略と人的資本に関する情報の関係が十分に示せているから」(競争力を示していると回答した企業の55%)、「開示を推奨されている項目を全て満たしているから」(同53%)だった。
■人的資本の情報を可視化して開示する際に、統合的な価値向上ストーリーとして示すことに難しさを感じている企業は約4割
「企業価値を向上させるためのストーリー」として展開することの困難さを感じる理由としては「データ基盤を整備した際に統合的なストーリーを描くことを前提にしていなかった」(70.8%)が最も多く、「人的資本に関する戦略が会社の長期的な存続を支える観点で立案・実行されており、短期的な経営戦略とは必ずしも連動しない」(70%)、「関連部門間の連携が悪い」(67%)が続いた。
自社の開示内容が人的資本の競争力を適切に示していると考えている企業(全体の約7割)のうち、その理由として「独自性を示せているから」(23%)の回答が最も少なかった。統合的なストーリー展開の難しさと、人的資本投資の独自性を示せていないことは関係している可能性がある。
■人的資本情報を可視化し、開示する際の難しさとしては、質・量ともに労働力の不足が挙げられた
人的資本の情報開示業務を進める上での難しさについては、最も多かった順に、社内の労働力確保(60%)、正しい情報の収集(56%)、外部パートナー選定(55%)、経営戦略に基づく人事戦略を描くことができる人材の確保(54%)、データ分析スキルを持つ人材の確保(53%)だった。
統合的なストーリー構築に難しさを感じている企業ほど、「経営戦略に基づく人事戦略を描くことができる人材」の確保に苦慮している(難しさを感じていない企業:40%、感じている企業:73%)ことが示された。
■日本企業が人的資本経営を推進する上では、企業価値向上の観点からの「ダイバーシティー」と、「サクセッション・プラン」の強化が必要
内閣府が開示を義務化している19項目[1]の中で、「サクセッション(後継者育成)」については、「力を入れている・進んでいる」と回答した企業は少なく(23.9%)、他の企業価値向上に資する施策(リスキリングやリーダーシップ強化、エンゲージメント向上など)に比べても低いスコアだった。
機関投資家の立場からは、サクセッション・プランは経営の安定性と持続的な成長を実現する上で重要な施策として位置付けられているため、強化が必要である。
19項目の中で、ダイバーシティーについては、力を入れている・取り組みが進んでいる企業も多いが、難しさを感じている企業も多かった。
19項目のそれぞれが売上・利益に貢献するかどうかについての認識を問う質問では、ダイバーシティーは貢献する項目で3位、貢献しない項目でも3位となり、どちらの回答も多かった。
ダイバーシティーの推進はリスク管理(人権擁護)の面だけでなく、企業価値向上の面からも重要な項目である。
自動化とAIが導く「拡張労働力」の世界
■AIは人間の能力を強化することで、労働力の可能性を広げることができる
経営層は今後3年間、AI と自動化の導入に伴って従業員の 40% にリスキリング(学び直し)が必要になると見込んでいる。
経営層の87%は、生成AIによって従業員が代替されるよりも拡張される可能性の方が高いと考えている。部門別で見ると、調達部門は97%、リスク・コンプライアンス部門は93%、財務部門は93%、カスタマーサービス部門は77%、マーケティング部門は73%の経営層が、労働力は代替されるよりも拡張される可能性が高いと考えている。
■仕事を戦略的に組み立てることが成功の秘訣である
オペレーティング・モデルの再設計に取り組んでいる組織は、すでに収益成長率など複数の領域において、スキル重視の企業より高い成果を上げている。
プロセス・マイニング(業務システムのログ解析によってプロセス全体の課題をあぶり出し改善に導くこと)を活用すれば、どういった変革を通じて最大の効果が見込めるかを把握しやすくなる。
■「有意義な仕事」が従業員のモチベーションを高める
従業員は、仕事に関わる要素として「有意義な仕事」(45%)を最も重視しており、これは「柔軟な労働形態」(38%)や「成長機会」(43%)を上回っている。
従業員にとって「担当業務の内容」「雇用主」「同僚」のうち、「担当業務の内容」が最も重要だとする回答が半数近くに達した。
調査方法について
■人的資本経営推進と戦略的開示に向けて
IBM Institute for Business Value(IBV)は、人的資本に関して機関投資家にインタビューを行ない、日本企業の2023年の人的資本情報開示について、関係者にオンライン調査を実施。
調査対象は、人的資本情報開示に携わった経営者・役員から課長クラスを対象に1社1名にて実施、東証プライム上場240社、東証スタンダード上場69社の計309社。経営企画/事業企画、人事、IR、ESG/CSR/SDGs 関連部署を対象として、回答者の内訳は経営者(4.5%)、役員クラス(10.4%)、部長クラス(36.6%)、課長・次長クラス(48.5%)。
■自動化とAIが導く「拡張労働力」の世界
IBVとオックスフォード・エコノミクス(Oxford Economics)社は 2022年12月から2023年1月にかけて20業界、主要地域の28カ国の経営層 3000 人(うち日本企業180人)を対象に調査を実施。
調査では、企業変革への投資状況やビジネス価値の創出、生産性・有効性・収益成長の向上に必要な要素を聞いた。その上で、大きな成功を収めた企業変革プログラムについて、人材およびテクノロジーの重要機能を評価した。
IBV とサーベイモンキー(SurveyMonkey)社は2022年12月から2023年1月にかけて、日本を含め22カ国の従業員2万1000人以上を対象とする調査および評価を実施。その中で、労働形態やキャリアの流動性、従業員体験全般に対する期待やモチベーションについて調べた。
IBV とオックスフォード・エコノミクス社は2023年5月に、22業界の経営層300人を対象に市場動向調査を実施。具体的には、生成 AI が労働にもたらす影響について、現時点の状況と将来予測を調べた。
関連情報
https://jp.newsroom.ibm.com/2023-11-16-human-capital-management-report
構成/清水眞希