サステナビリティやSDGs、持続可能性といった言葉を多く耳にするようになってから久しい。これらについて、自分で、あるいは会社で実際に行動に移しているという人はまだそこまで多くないのが実情だ。しかし、いずれ直面するであろう課題なのは事実。そこで電通が進めているのが「で、おわらせないPROJECT」だ。広告業界におけるリーディングカンパニーとして、サーキュラーエコノミー(循環経済)実現のために果たさないといけない役割とは。
電通のサステナビリティコンサルティング室部⻑の堀⽥峰布⼦さんに話を聞いた。
堀⽥峰布⼦(ほった・みほこ)さん
株式会社電通
サステナビリティコンサルティング室 部⻑
サステナビリティ・ビジネスデザイナー
誰でも気軽に〝サステナブル〟へ取り組めるように
――電通サステナビリティコンサルティング室はどのような役割を持った部署ですか。
堀田 サステナブルに配慮した経営やビジネスを考えているものの、具体的な動き方がわからないという企業のサポートを行っています。
近年、企業にもESG(環境・社会・企業統治)への取り組みが求められるようになりましたが、特にサーキュラーエコノミーに対する考え方は広く浸透していると言えないのが現状です。そんな中、電通グループでは価値創造モデル「B2B2S(Business to Business to Society)」を目標に掲げています。これは顧客企業の課題解決を通じて、社会そのものへ貢献しようという考え方です。この経営方針をサステナビリティという側面から達成しようと立ち上がったのが、電通サステナビリティコンサルティング室です。
――電通サステナビリティコンサルティング室では、現在どのような事業に取り組んでいるのでしょうか。
堀田 主にサステナビリティ領域のビジネス化のサポートをしています。また、珍しいアプローチとして、サステナビリティのシンボリックアクション開発として、オフィスなどで使用しなくなったプラスチック製品を再資源化し、再利用を目指す社会課題対応型のアップサイクルプログラム『で、おわらせないPROJECT』を推進しています。
会社としてESGに配慮した取り組みをしたいと思った際、工場を持っている企業であれば、環境負荷の軽減に対して貢献できることは多くあります。しかし、都市型の非製造業ではそれが少ないことが課題でした。こうした企業でも日々の企業活動の範囲で無理なく取り組めて、しかも無理なく続けられる、1回だけで終わらせないためのプロジェクトとして、本企画を進めています。
電通サステナビリティコンサルティング室が推進する『で、おわらせないPROJECT』
社内で生まれた不用品が、価値を持って生まれ変わる
――『で、おわらせないPROJECT』では、具体的にどういったことを行なっていますか。
堀田 クライアント企業に働きかけて社会を変えるためにも、まずは私たち自身の行動を変えていく必要がある。そこでまず取り組んだのが、電通グループ内のオフィスで使わなくなったプラスチック類のアップサイクルでした。
サーキュラーエコノミーを社会全体の課題に認識してもらうために、企業や個人に何かを求めるのではなく、まずは電通グループが実践する必要があると感じたんです。「理想は立派だけど、じゃあ、電通は何をしているの?」と聞かれた時、胸を張って答えるためにも必要だと思ったんです。
電通グループ内で行なった『で、おわらせないPROJECT』では、まずクリアファイルをはじめ、定期的な交換が必要な防災用ヘルメットや備蓄水のペットボトルなど、本来廃棄されてしまうものを回収して粉砕し、新しく社会課題を解決するためのプロダクトとしてアップサイクルするというものです。
第1弾として、簡単に点字表記つき名刺を作れる器具『名刺用凸面点字器ten・ten(テンテン)』を作りました。古くなった防災用ヘルメットを原料に点字を打ち込む器具を、不要になったクリアファイルからはケースを作り出しました。その後も回収したクリアファイルを原料としたPPバンドでゴミ箱やPCケース、バッグなどを組み立てられるキット『loop+loop(ループリループ)』、ペットボトルから作った風呂敷『HYAKU-YOU』の開発も行ないました。
これらに共通しているのが、従業員にとって身近で気軽に取り組める活動で作られたものという点です。私たちは最終的に生活者の意識や行動を変えることで、社会貢献性と事業性の両立をしていきたい。そのためにも、一人ひとりが取り組めるものであるかどうかを大切にしています。
オフィス等で使⽤しなくなったプラスチックのアップサイクルプラットフォーム
『で、おわらせないPROJECT』により生まれたアイテムの数々
広告会社という立場だからこそ作れる、サステナブルの輪
――これまでの取り組みは社内発のプロダクトでした、これらを起点として、今後はどうやって様々な会社へ、ひいては社会全体へと働きかけていくのでしょうか。
堀田 循環型社会を実現するために、動脈産業や静脈産業、そして生活者すべてをつなぐプラットフォームとしての存在になりたいと思っており、それが広告会社である電通だからこそできる役割だと考えています。
すでに生活者に向けた取り組みを行なっている会社は存在しており、私たちも日頃目にするスーパーやコンビニなどに自社製品などの回収ボックスを置いている事例はいくつかあります。しかし、ヒアリングをしてみるとリサイクルに対するコストがかかってしまい、採算が取れていないという課題も聞きます。
そこで現在明治さんとローソンさん、リサイクラーのナカダイホールディングスさんとの協働で、都内のローソン3店舗に牛乳パックなどの紙パックの資源循環ボックスを設置し実証試験「で、おわらせないPLATFORM」を行なっています。使用済みの紙パック製品のJANコードを読み取った上で回収ボックスに投入することで、ローソン店舗で「明治おいしい牛乳」の購入に使用できる割引クーポンがもらえるというものです。まずはクーポンがもらえるというお得感から、能動的にサーキュラーエコノミーに関与してもらうための導線づくりを行なっているところです。
サーキュラーエコノミーの社会実装に向けて、循環プラットフォームを活⽤した実証実験「で、おわらせないPLATFORM」
「回収」を起点としたサーキュラーエコノミー参加のイメージ
――サーキュラーエコノミーをビジネスとして成立させるのは依然ハードルがあるように感じます。生活者や企業がそこまでしてサーキュラーエコノミーに取り組むことへのメリットは何なのでしょうか。
堀田 生活者にとっては、現状メリットを感じにくいのが実情です。そこで私たちが考えたのがこの循環プラットフォーム構想で、生活者の「回収・リサイクル」活動への参加と「クーポン」によるインセンティブ提供という社会貢献的な価値と実利的な価値を兼ね備えた参加しやすいサーキュラーエコノミー施策です。生活者にとってのメリットを分かりやすく提示することで、多くの方に日常的に参加して貰い社会実装へ繋げていければと思っています。
一方、企業ではサーキュラーエコノミーが浸透しつつあります。特に海外では持続可能性への配慮があることが企業価値の必須の要素として認識されており、取り組んでいない企業はそれだけで価値が下がってしまうほどです。日本でも最近はサステナブル経営の実践という文脈で多くの企業で熱心に取り組んでいます。
ただし、産業界や企業だけの努力では、サーキュラーエコノミーは実現し得ないので、企業側の意識変革とともに、生活者が日常生活を送っているだけで気づいたらサーキュラーエコノミーに貢献しているような社会の実現を目指しています。
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サーキュラーエコノミー活動ではなかなか企業や生活者メリットが打ち出しにくい課題がある中、この循環プラットフォームによって、社会性と事業性を兼ね備え、両者がメリットを享受し社会にも良い活動につなげようという新しい取り組みだ。徐々に限界を迎えつつある地球環境に対して、いつか誰かが向き合わないといけないのは間違いない。だからこそ、今できることを少しずつ取り組んでいくことが大事だ。『で、おわらせないPLATFORM』は、企業も生活者も自分ごととして取り組むための最初の一歩なのだ。
取材・文/桑元康平(すいのこ)
1990年、鹿児島県生まれ。プロゲーマー。鹿児島大学大学院で焼酎製造学を専攻。卒業後、大手焼酎メーカー勤務などを経て、2019年5月から2022年8月まで、eスポーツのイベント運営等を行なうウェルプレイド・ライゼストに所属。現在はフリーエージェントの「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのプロ選手として活動中。代表作に『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館新書)。
撮影/篠田麦也