雑草が小さな花を咲かせる理由
「井西さんは、ちいかわな研究がしたかったんだよね」
私は、分属前に井西さんがやってきたときのことを思い出していた。
「はい、花の研究をしたいんです」
「なるほど、雑草の花か……確かに雑草の花は小さくてかわいいからね」
雑草というと、何でもない草が、何となく生えているように思われているが、そうではない。雑草が生える場所は、植物にとっては過酷な場所である。頻繁に草取りされたり、踏まれたり、刈られたりするような場所に、ふつうの植物ではとても生えることができない。そのような特殊な環境に生えているのが雑草なのだ。
雑草として振る舞っている植物は、じつは、すごい植物なのである。
どんな植物でも雑草になれるわけではない。植物が雑草として成功するために必要な性質を「雑草性」という。雑草性を持つ植物だけが、雑草になることができるのだ。
小さな花を咲かせることも、じつは雑草性のひとつである。
大きな花を咲かせることは簡単ではない。大輪の花を夢見ても、花を咲かせることができなければ、何にもならないのだ。
そこで雑草は、小さな花を咲かせる。大きい花を咲かせることに比べれば、小さな花を咲かせることはハードルが低いからだ。
小さい花は大きい花に比べて劣るように思うかもしれないが、そうではない。
雑草は余裕があれば、小さな花を次々に咲かせていく。小さな花が集まっていれば、大きい花と同じように目立たせることができる。しかも、大きなひとつの花よりも小さい花が次々に咲く方が、花の時期が長くなる。小さな花をたくさん咲かせるから、状況に応じて花の数を変化させることができる。状況に応じてフレキシブルな対応が可能なのだ。
「確かに、雑草の花は面白いね」
私は言った。
「じゃあ、この論文を読んでみて、ゼミで発表してみてくれる?」
私は、数本の論文を井西さんに手渡した。
動けない植物にとって、移動できるチャンスが2回だけある。
それが花粉と種子である。花粉は昆虫などに運ばれて移動する。そして、受粉して種子を作ると、タンポポの綿毛のように移動することができる。
花粉を作り、種子を作る「花」は、植物の成功にとって、もっとも重要な器官と言っていい。花の戦略はじつに面白い。そして、幅の広いテーマである。
さらに雑草には興味深い特徴がある。
植物は花粉を運び、受粉をするために昆虫を呼び寄せる。
しかし、街中のような自然が少ない環境では、昆虫がやってこないこともある。そのため、昆虫が来なくても種子をつけるような特別な仕組みを持っているものもある。
どんな研究を井西さんは面白がってくれるだろうか。
私は井西さんとの雑相タイムを思い出しながら、卒業研究のテーマの候補を考えていた。
ところが、である。
井西さんは、私が指定した論文とは、まったく違う論文をゼミで紹介した。
それも、あろうことか、私が昔に書いた論文だったのである。
それは、ユリに関する論文だった。
私は大学に赴任する前に所属していた研究所で、花の研究を行っていた。当時の私のミッションは、ササユリというユリを種子から3年以内に開花させるということだった。何でも、大きなイベントが3年後に開催されることになり、3年以内にたくさんのササユリを咲かせなければならないという話である。
しかし、通常の方法ではササユリは種子から開花までに6年を要する。そのため、大幅に期間を短縮しなければならないのだ。
さまざまな方法を試したが、そのひとつとして「雑草を利用すること」を思いついた。
その雑草が、タカサゴユリである。
タカサゴユリは台湾原産のユリである。しかし、近年では帰化雑草として日本国内にも広がっている。
タカサゴユリは、世界のユリの中では珍しく、雑草として振る舞っているユリである。
すでに紹介したように、雑草は何でもない草が何となく生えているわけではない。雑草として生えるためには特殊な「雑草性」が必要となる。
たとえば、花壇に植えてある草花でも、種子がこぼれてまわりの庭や道に生えて雑草になるものと、花壇の中から出ることのないものがある。これが雑草性を持つ植物と、持たないものとの違いである。
タカサゴユリは雑草として振る舞うための「雑草性」を持っているのだ。
タカサゴユリは南西諸島に自生するテッポウユリから進化したと考えられている。
テッポウユリは、もともと南西諸島の海岸に分布する海浜性の植物である。そのテッポウユリが台湾に渡ってタカサゴユリとなった。そして、不思議なことに、この進化の過程でタカサゴユリが雑草になったのだ。
タカサゴユリの身の上に、いったい何があったというのだろう。
その経緯は未い まだ謎である。
ともかく雑草であるタカサゴユリは、他のユリとは違う性質を持つ。
その雑草性のひとつが、種子から花が咲くまでの期間が短いということである。
ササユリは種子から開花までに6年が掛かる。一方、タカサゴユリは種子から数か月で花を咲かせることができる。速やかに成長して、短期間で種子を残すことは、雑草として成功する上で効果的な特徴のひとつだ。
私はこのタカサゴユリの特徴に目をつけた。
もし、1年以内で花が咲くというタカサゴユリの特徴を取り入れれば、種子から早く開花するユリの品種が作れるのではないかと考えたのである。
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いかがでしたでしょうか? この続きとなる後編の記事は明日公開しますのでお楽しみに!
雑草に生き方を教えられたと語る稲垣氏。「雑草学研究室の踏まれたら立ち上がらない面々」の中で頑張りすぎて心がポキンと折れてしまった学生に、氏がかける言葉は「人生で何が大切なのか」を教えてくれます。
図鑑や教科書には載っていない、雑草のスゴい生存戦略も必見です。
「雑草学研究室の踏まれたら立ち上がらない面々」
稲垣栄洋/小学館
文/稲垣栄洋(いながき ひでひろ)
静岡大学農学部教授。静岡県出身。岡山大学大学院農学研究科修了。博士(農学)。農林水産省、静岡県農林技術研究所等での勤務を経て現職。
『面白くて眠れなくなる植物学』(PHP文庫)、『生き物の死にざま』(草思社文庫)、『はずれ者が進化をつくる』(ちくまプリマー新書)、『大事なことは植物が教えてくれる』(マガジンハウス)、『子どもと楽しむ草花のひみつ』(エクスナレッジ)、『面白すぎて時間を忘れる雑草のふしぎ』(王様文庫)、『植物に死はあるのか』(SB新書)など、著書は150冊以上にのぼる。「国私立中学入試・国語 最頻出作者」1位に連続してなるなど(日能研調べ)小中学生にも愛読者が多い。