DX推進を通じて、コスト低減や競争力向上、働き方改革、そして従来のビジネスの在り方そのものを見直すことが求められている昨今。
株式会社電通デジタルでは、国内最大規模の総合デジタルファームとして、2017年から継続的に「日本における企業のデジタルトランスフォーメーション調査」(略称:DX調査)を業界に先駆けて実施中。2023年4月には最新版を発表しました。新型コロナウイルス感染症や社会情勢の揺らぎによって、企業を取り巻く環境が不安定さを増す中、持続的な成長を実現するためには何が必要なのか。今回の調査から見えてきた「これからのDXの進め方」について、同社の小橋一隆氏に聞きました。
目次
DX推進の新しい潮流を捉えるために
Q.まずはご自身のキャリアと、現在どのような仕事をしているかについて教えてください。
小橋:ビジネストランスフォーメーション(BX)部門のマーケティングイノベーションデザイン事業部でグループマネージャーを務めています。当事業部では、「プロダクト型」マーケティングからデジタル時代の「サービス型」マーケティングへの変革を推進するために、アジャイルマーケティングの導入や複数組織のクロスファンクション化、ガバナンスの策定、CRMなど、顧客基点組織を支援するコンサルティングサービスを提供しています。
現在の事業部に異動する前は、15年以上にわたり、マーケティングソリューション領域に所属していました。広告キャンペーンやブランディング、デジタルマーケティングにおける戦略プランニング業務に長く携わっていたので、それがキャリアのバックボーンになっています。
株式会社電通デジタル
ビジネストランスフォーメーション部門 マーケティングイノベーションデザイン事業部 / グループマネージャー
小橋 一隆氏
株式会社 電通入社後、営業部門に配属され、メディア業務を担当。2008年よりストラテジック・プランナーとして、幅広い業種のクライアントに対して、広告/ブランディング/デジタルマーケティング領域の戦略立案などの業務を推進。2022年株式会社電通デジタルへの出向以降、現在はBX/CX/DX領域のコンサルティング業務に取り組む。2020年より長野県塩尻市広報アドバイザー。
Q.DX調査について、調査を実施した経緯や調査方針など、詳しく聞かせていただけますか。
小橋:現在、官公庁や企業、団体など、DX調査を実施している主体は非常に多く、さまざまなトピックが抽出されています。その中で、「DXの重要性は高まっており、取り組む企業は増えているものの、成果はまだ出ていない」という分析結果が意外と散見された印象を持ったのですが、本当にそうなんだろうか?と。コロナ禍によってDX推進の動きは加速したことは疑いようがなかったため、「DXにおいて新しい動きが起きているのではないか」と考えました。私たちはこのような仮説を起点に、今回の調査を実施しています。
DX調査は今年で6年目を迎えましたが、やはり、定量調査だけでは分からない部分があります。実際に推進されている方の生の声を聞かなければ新しい潮流をつかめないと考え、今回は、DXが先進的であると評価を得ている企業の方々にもインタビューを実施しました。後ほど詳しくご説明しますが、やはりDX先進企業には、そう言われるだけの理由が数多くあるとインタビューを通じて実感しています。
「DX着手率」の推移が示すものとは
Q.調査リリースの中で強調されていたのが「DX着手企業は84%」に達しているという点でした。この結果から、どのようなことが言えるのでしょうか?
小橋:2019年の調査においては、DX着手率は70%でした。そこから、現在は84%まで伸びています。ただし、2021年からの増加分は3%と縮小傾向で、かなり上限値に近づきつつあることが見て取れます。この結果から、コロナ禍を経て「DXは、日本企業にとってもはや当たり前の状態となり、今後は、その中身(質)が問われてくるフェーズに移っている」と言えると思います。
小橋:では、どのような中身(質)が求められてくるのか。DXの成果を内容別に分類し、2020年からの伸び率の高い領域を抽出した結果、「業務プロセス/業務システムの改善」といった従来からの改善領域に加え、「部門間連携の強化」「デジタル戦略に即した組織開発・再編成」「イノベーション文化の醸成や推進」「デジタルスキルを向上させるための人材開発・教育・採用」などといった成果領域の伸び率が次の上位を占めており、それが2022年の特徴となっています。つまり、DXの質という意味でいうと、従来からの「業務改善」領域に加えて、これからは組織/企業文化/人材といった「全社基盤」領域へ踏み込めているかどうかというのが大きな分水嶺になると考えています。
Q.確かにデータからも日本企業のDXが新たなフェーズに移行していることが読み取れますね。逆に言えば、コロナ禍前は、なぜDXがなかなか進まなかったのでしょうか?
小橋:調査データを見ると、コロナ禍前は「投資コスト」や「デジタルやテクノロジーに関するスキル・人材の不足」といった点がネックになっていたようです。ただ、コロナ禍で「業務プロセス/業務システムの改善」を余儀なくされた結果、それらのネックが解消されたため、現在は、より本質的な部分の変革にシフトしつつあるということかと思います。
いち部署から、全社へ変革を波及させていく中長期思考
Q.先ほど、DX先進企業にインタビューを行ったとのことですが、インタビューによって、どのような特徴が見えてきましたか?
小橋:さまざまな発見がありましたが、総じて「DXに必要な要素を網羅的に戦略として組み立て、それに則って、中長期の視点で段階を踏みながら全社変革へ向けて着実に歩みを進めている」というのが、DX先進企業の特徴だと感じています。例えば、印象的なインタビューで言えば、「まず最初の2年間(2019~20年)はDX推進の新設部署内で新しいマインドセットを取り入れることに注力。次の2年間(21~22年)はIT部門全体に拡大、これからの2年間(23~24年)は全社展開、つまり社内の上から下まで、全ての組織・レイヤーで徹底的にDXを浸透させるべく、今活動している」と仰っていたCDO(最高デジタル責任者)の方がいらっしゃいました。DXを始めた時から5年、10年先を見据えて逆算的に、そして着実に推進しているからこそ、今DX先進企業と評価されているということではないでしょうか。
Q.今回のDX調査で提示された「DX成果創出と持続的成長に向けた8つのKSF(Key Success Factor:重要成功要因)」も着目してほしいポイントだと思いますが、この「8つのKSF」も、インタビューを通して見つけ出したのでしょうか?
小橋:定量調査で過去6年間蓄積された結果と今回のインタビュー内容を総合的に分析して導出しています。DXに成果を感じていない企業はどのKSFも2~3割程度のスコアに留まっているのに対して、DXに成果を感じている企業は8割程度のスコアとなっており、やはり大きな差が開いていました。
DXのフェーズは「組織・人材・文化を本質的に変革できるか」に移っている
Q.DX調査の2022年度版では、今回の調査で実施した企業インタビューと、過去6年にわたる調査結果から「DX成果創出と持続的成長に向けた8つのKSF(Key Success Factor:重要成功要因)」を導出しています。各企業のDX推進状況を「8つのKSF」に照らし合わせたとき、どのようなことが見えてくるのでしょうか?
小橋:まず、あらためて「8つのKSF」についてご覧ください。
(1)ミッションやパーパスなどの経営ビジョンに基づき社員が行動
(2)組織・人事の変革が行われDX専門組織を起点に社内の部門間連携が円滑
(3)DXによるビジネスインパクトは中長期視点で管理
(4)顧客と従業員の満足度は同等に重要視
(5)社会課題解決は自社の重要課題と位置付け事業として取り組む
(6)顧客資産を重要視し、顧客体験価値を高め続ける取り組みを実施
(7)データの利活用サイクルが確立され、データ活用人材の育成強化に積極的
(8)社内・社外問わず人材交流や協働、共創が活発
これらの実践度について、「DX成果あり企業」と「DX成果なし企業」の両方にアンケートを取ったところ、全ての項目で約3~4倍の差が開いていることが明らかになったのですが、その中でも差が大きい項目として、「(2)組織・人事の変革が行われ、DX専門組織を起点に社内の部門間連携が円滑」「(8)社内・社外問わず人材交流や恊働、共創が活発」」「(1)ミッションやパーパスなどの経営ビジョンに基づき、社員が行動している」「(7)データの利活用サイクルが確立され、データ活用人材の育成強化も積極的に行っている」が上位に挙がってきました。
小橋:この結果から言えるのは、DXで成果を出している企業は「組織・人事の変革と部門間連携」「社内外のコラボレーション・協創」「ミッション・パーパスの社員アクション化」「データ利活用/データ人材育成」により注力して実践しているということです。やはり「組織・人材・文化」の在り方に、どれくらい踏み込んだ変革を生み出していけるかという点が、今後のDX推進のカギになってくると確信しています。
Q.DXが「デジタルを活用した業務プロセス・システムの効率化」から新しいフェーズへ移りつつあるということは、DX推進のために求められるソリューションも変わってくる気がします。
小橋:そうですね。電通デジタルとしては、例えばCDP(Customer Data Platform)など、マーケティングシステムの導入・運用といったプロジェクトに従事する時も、「組織・人材・文化」といった視点から全社変革につながるような、さらに踏み込んだ支援ができないかを常に考え、提供していくことがますます重要になっていくと思います。そのような意識を持って、新しいソリューションの提供にチャレンジしているところです。
DXの実践度は「8つのKSF」がリトマス試験紙に
Q.DX先進企業のインタビューや「8つのKSF」の分析を通じて、さまざまな発見があったと思いますが、今後、「DXを進めているけど、うまくいかない」と企業から相談された場合、小橋さんならどのような提案をしますか?
小橋:やはり「8つのKSF」が、1つのリトマス試験紙になると思っています。これをどのくらい達成できているかによって、DXの実践度が浮き彫りになる。つまり、8つの項目を診断的に使ってみて、どれだけ当てはまるか、不足している部分はどこかを、一度チェックしてみるといいのではないか、と考えています。
例えば、「顧客と従業員の満足度は同等に重視している」という項目。顧客満足度を重視しない企業はいないと思いますが、DXを推進する際に、顧客満足度そのものを生み出す従業員の満足度まで視野に入れることができているかどうか。実際にインタビューを行ったDX先進企業の中には「DXの目的はCX(顧客体験)とEX(従業員体験)だ」と明確に両方を設定している企業がいました。「8つのKSF」は多角的な視点を網羅しています。現在の状況と比較して、ギャップを見つけることで、DX推進の大きなヒントにつなげることができると思います。
DXの本質は「変化に強い企業体質」に変わること
Q.今回の調査を踏まえて、電通デジタルとして「今後はこのような領域を重視したい」「この部分を強化していきたい」といった展望がありましたら教えてください。
小橋:今回DX調査の内容を検討し始めた時に、「DXで本質的な成果を創出できた企業は、今後どんな経営課題に直面しても、企業が自ら変革を起こし、持続的な成長をし続けるのでは?」と、チームメンバーと議論していました。
DXをきちんとやり切った企業は、あらゆるトランスフォーメーションに強くなり、本質的に強い企業になれる。逆に考えると、DXがうまくいかない企業は、DXに限らず、さまざまな変化に直面した時に、中途半端な対応に終始してしまうのではないか。つまり、企業が長く生き延び続けるために「変革体質」になることが、DXの本質なのではないでしょうか。DXの先にある「持続的な成長を生み出す変革体質」を見据えて、どのような支援をパートナーとして提供していくかが、私たちの課題であると考えています。
Q.「変革体質に向けて、DXをやり切るためにはどうすればいいか」といった悩みを抱える企業も多いと思いますが、どのようにアドバイスしますか?
小橋:まずはDXを、既存事業の改善や新規事業のPoCといったプロジェクトの個別推進で終わらせないこと。次は、既存事業の延長で新規市場を開拓するサービスモデル変革やカスタマージャーニー上での新しい顧客接点としての新規サービス開発を横断的に推進することが重要です。そして最終的には、既存/新規事業を一体化させ、全社的な「なりわい/事業モデル変革」を推進する。その為に不可欠な「組織/企業文化/人材の変革」に取り組んでいくことが、将来的に変革体質になるためには必要不可欠なんだということが、今回の調査で明らかになった一番重要な示唆だと考えています。
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小橋氏の話で特に興味深いのは、「DXをきちんとやり切った企業は、本質的にどんな変化にも強い企業体質になれる」という考え方。従来のビジネスモデルから脱却し、持続的な成長につなげるためにも、DXは、企業にとって乗り越えなくてはならないハードルであると言えるかもしれません。
※本記事の記載内容は2023年10月取材当時のものになります。
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。
※こちらの記事はビジネスを成長させる「変革のヒント」をお届けするマーケティング情報サイト「Transformation SHOWCASE」からの転載記事になります。
(C)Transformation Showcase.