目指したのは「自由に楽しめるウイスキー」
『陸』の開発に当たり、新しい文脈をどうイメージしたのか? 原田氏は次のように話す。
「多様性のある時代になり、ウイスキーの楽しみ方も多様になりました。そこで、コンセプトを『自由に楽しめるウイスキー』としました」
どんな飲み方をしても美味しく感じられるよう、中身はグレーンウイスキーを主体にモルトウイスキーをブレンド。想定した飲み方はストレートやロック、水割り、ハイボールといったオーソドックスなものから牛乳割りといった変わり種までと幅広かった。
製造を担う富士御殿場蒸溜所は世界でも珍しい、モルト、グレーンの両方のウイスキーを製造し、グレーンに関しては世界5大産地のうちのスコッチ、バーボン(=アメリカン)、カナディアンの3つをつくっている。
数十回の試飲評価を経てできた『陸』は、バーボンでよく見られるバニラ香や樽香が強いものに仕上がった。なお、グレーン、モルトともに、原酒の一部に輸入原酒を使っている。
愛好家ほどネガティブな反応を示し売れ行き不振に
ただ、発売当初の『陸』の販売は振るわなかった。2020年の売上は7億円、翌21年は7.7億円と、いずれも目標未達。ユーザーの評価はポジティブなものとネガティブなものの真っ二つに分かれた。
ポジティブな反応は「待っていた」「自分に合うウイスキーができた」「いろいろ楽しめる」などで、ネガティブな反応としては「『陸』って何物?」「どんな味がするの?」といったもの。主な購入者が若年層や情報に敏感なアーリーアダプターで、若い世代ほどポジティブに反応した。逆に、長年ウイスキーに親しんできた人ほど、「得体が知れないもの」といったネガティブな反応を示す傾向にあった。
パッケージデザインもネガティブな反応を集めた。
発売当初のパッケージデザインは、白地に黒文字とシンプルで表にバーコードを印刷。「ウイスキーらしくない」と評価されることが多かった。
市場での評価が思わしくなく売上が振るわなかったことから、同社は2021年5月に『陸』の全面リニューアルを決定する。
2020年発売された当時の『陸』
「クリーン&エステリー」に立ち返り別物に変貌
全面にリニューアルについて、原田氏は次のように話す。
「中身はもちろんのこと、すべての点を反省しました。そもそも、コンセプトや中身はお客様を見てではなく、競合他社と比較しながらつくっていました。“自由なウイスキー”としてすべてをお客様に委ねた結果、お客様からしたらどうやって楽しんでいいのかがわからず、コンセプトの背景も伝わってきませんでした」
同社は、どういうウイスキーが求められているのか、自分たちはこれまでどういうウイスキーづくりしてきたのか、といったことを繰り返し問い直すことにした。
その結果、中身については大幅に変えることにした。グレーン主体にモルトをブレンドした点は同じだが、原酒はほぼほぼ富士御殿場蒸溜所で製造したものを使用。飲みやすくフルーティーとまったく別物といってもいいものになり、昔から同社のウイスキーを飲んできた人には親しみのある味わいに仕上がった。
この味わいは、富士御殿場蒸溜所の哲学「クリーン&エステリー」(クリーン:雑味がなく澄んだ香りとまろやかな口当たり、エステリー:フルーティーで華やかな深い香味)によるもの。リニューアル前の『陸』に「クリーン&エステリー」はなかったが、原酒づくりとブレンドから意識し体現した。
外してはいけない型を守ったパッケージデザイン
パッケージデザインについては、何百ものデザイン案を検討。金文字を使った正統的なデザインに落ち着いた。
「お客様がウイスキーを選ぶときに何を大事にしているのか、どういう買い方をしているのか、家でどういう飲み方をするのか、といったことを繰り返し調査しながらパッケージや商品の見せ方を決めました」と原田氏。この調査から、パッケージデザインには外してはいけない型があることを思い知る。
外してはいけない型とは、金色を使う、いいものに見える、といったもの。リニューアル前のパッケージは型がないまま現代的な面を出してしまったことで、長年のウイスキー愛好家から「得体の知れないもの」と見られていた。
パッケージデザインを決めるに当たっては、店頭での見え方も重視。店頭をイメージしてつくった棚に実際に置き、ウイスキー愛好家だけではなく、普段は他の酒を飲む人や酒をまったく飲まない人にも見てもらい、評価結果を検討に活用した。
2022年にリニューアルされた『陸』。中身、パッケージデザインなどすべてを大幅に変更した。パッケージデザインは現在販売されているものと若干異なる