「この場所ではチャレンジするのが当たり前」
毎月一回開催の「VC Day」の様子。風船を目印にVCの方のブースを構え、相談できる
そのため会員集めは「紹介」が中心。
「尖った面白い人たちが紹介してくれる人は、同じように面白い人の可能性が高い」
入会の際には必ず運営チームのコミュニティ開発ディレクターが面談を行い、入会希望者のニーズや思いを確認する。事業創造コミュニティとしてのSAAIに興味がない入会希望者、普通の場所としてのコワーキングを使いたい入会希望者は、この段階で入会を見送ることになる。
新型コロナでの施設閉鎖などの影響もあり、会員が100人を突破するまで施設開設から約10カ月を要したが、一定人数が集まると会員数の伸びは一気に加速した。
「コミュニティが熱を生み、熱量を維持するには最低限の頭数がいります。会員が400名に達した今、最低限のコミュニティとしての基礎体力はついたと思います。
この場所ではチャレンジするのが当たり前、失敗しても前向きに捉え、また挑戦する。紆余曲折を経てそんなSAAIとしてのスタンダードができました。」
コミュニティは生き物だ。熱量を保つためにはまた会員だけではなく、運営側の本気度も問われる。
「共同運営のゼロワンブースターのみなさんも、SAAIのことが本当に好きで日々どうすればよくなるかを考え全身全霊を傾けて業務にあたっている。SAAIに関わるみんなが本気であることが大切で、上手くいく一番の要因だと思います」
成長するなら失敗はない。ブレずに改善、挑戦し続けるリアルな場の価値
すべてを「人」起点に捉える背景には、「街の輝きは人がつくる」をコンセプトにした有楽町の再構築に向けた三菱地所のプロジェクト「有楽町「Micro STARs Dev.」』(マイクロスターズディベロップメント。以下、MSD)がある。アイデアを生む場所であるSAAIと、そのアイデアを試す場所としての「有楽町 micro FOOD & IDEA MARKET」(以下、micro)は有楽町再構築の先導プロジェクトと位置づけられる。
MSDは有楽町から新しいスターとなるような人やモノ、サービスを生み出す試み。未来のスター候補たちを有楽町に集め、羽ばたかせるには、リアルな場が必要だった。
「リモートワークが普及した昨今ですが、リアルな場が持つ力を改めて感じています。SAAIのような拠点があるからこそ、バラバラな目的、バラバラなタイミングでやってきた人たちが出会い、交流し、切磋琢磨する機会が生まれる」(牧さん)
一方で、入居する新有楽町ビルの閉館にともない、23年10月にはSAAIの移転が決まっている。きたる新SAAIでは空間が一部見直される予定だ。
現SAAIの特徴は、「人起点」の象徴として『Bar変態』という“尖っていて異なる個”の交流の場を施設の中心部に設置したことにある。変態の語源には、ドイツ語の「メタモルフォーゼ(変化、変身)」という意味も込められている。
SAAIの象徴とも言える「Bar変態」。会員同士の交流を促す憩いの場となっている
「まだ何をしていいかわからずモヤモヤしている状態の人も、この場所で異能と出会い、刺激を受け、変態してほしい。専属スタッフではなく、十数名の『チーママ』『チーパパ』が日替わりでボランティアのバーテンを務め、会員同士の交流を促しています」
このようにユニークな場づくりにこだわった反面、「実務をするには照度が少し暗い」という意見もあった。またコミュニティを育むスペースを広くとるあまり、PC作業などに集中できる執務スペースの少なさも露呈した。新SAAIでは、コミュニティスペースと執務スペースの割合を見直し、専用個室も多く用意されるという。
こんなこともあった。SAAIオープンから一服して、さらなる会員同士の交流を創出しようと『Bar変態』でお昼の「喫茶変態」をオープンさせて募集を募ったが、人が全くと言っていいほど集まらなかった。
「会員はみなさん本気で事業創造に取り組んでおり、お昼はみなビジネスに忙しい。考えてみれば当たり前なんです。それを失敗というなら山ほど失敗しています。でも、そんな経験のたびに学び、改善し、コミュニティとして成長を続けてきました。
新SAAIになればハードもソフトも変わるでしょう。私たちが作りたいコミュニティ、つくりたい世界は一切ブレていない。これからも、その実現を目指して、仕掛け続け、改善し続けるだけです」 (牧さん)
(プロフィール)
牧 亮平(まき・りょうへい)
三菱地所株式会社プロジェクト開発部 有楽町街づくり推進室 マネージャー。新卒で東急不動産株式会社へ入社。社内新規事業として会員制サテライトオフィス事業「Business-Airport」の立ち上げを行う。同社退職後、一年間の海外修行を経て、SAYU MILANO S.R.L. 取締役(現地代表)へ就任。イタリアミラノで日本をコンセプトとした複合商業施設「TENOHA MILANO」の開発、運営を行う。2020年2月に帰国し、三菱地所株式会社へ入社。現在、有楽町の再開発を担当し、会員制インキュベーションオフィス「SAAI」や複合商業施設「micro」を起点としたソフト面からの街づくりを行っている。
取材・文/稲本 圭