こんにちは。
弁護士の林 孝匡です。
宇宙イチ分かりやすい法律解説を目指しています。
裁判例をザックリ解説します。
開廷!
Xさん
「未払い賃金342万円を払ってください」
裁判所
「342万円はムリだけどさ。おいおい・・・日給6000円って最低賃金より低いじゃん。最低賃金まで引き上げてソロバンはじいたら34万円だね。会社さん支払いなさい」
会社
「ちょっと待ってください!訴訟の前に作った合意書には「今後一切請求しない」との記載があるんですよ」
裁判所
「シャラップ!」
以下、分かりやすくお届けします(吉永自動車工業事件:大阪地裁 R4.4.28)
※ 争いを一部抜粋して簡略化
※ 判決の本質を損なわないようフランクな会話に変換
登場人物
▼ 会社
・自動車製造業などを営む会社
▼ Xさん
・79歳
どんな事件か
▼ 時給、やすっ
H16.3、Xさんが入社します。日給が6000円か7000円かは争いがあったんですが、6000円と認定されました。どちらにしても安い…。
日給6000円だと時給換算で750円。Xさんが働いているときのH21.9.30の大阪府の最低賃金は時給762円でした。
約16年つとめ、Xさんは退職します(R2.3)
▼ 解雇予告手当を支払ってほしい
辞めてから約2ヶ月後。Xさんは会社に請求書を送ります。「解雇予告手当を払ってほしい」という請求です。
Q.
解雇予告手当って、何ですか?
A.
ザックリいうと「解雇するなら1ヶ月分の給料を払え」という制度です。
解雇予告手当をゲットした裁判解説はコチラ
いきなり解雇されてしかも手当なし!「解雇予告手当」を支払わなかった会社に下された衝撃のお仕置き
こんにちは。 弁護士の林 孝匡です。 宇宙イチ分かりやすい法律解説を目指しています。 裁判例をザックリ解説します。 今回は【いきなり解雇されたのに手当ナシかよ!...
▼ 労働基準監督署、うごきます
Xさんが労働基準監督署に駆け込んだのでしょう。R2.6.2、労働基準監督署が会社に「是正勧告書」を交付しました。
★ 合意書にサイン
翌日、Xさんが会社を訪問し、取締役Aと面会します。取締役Aは「労働基準監督署から是正勧告を受けたので解雇予告手当を支払う」と述べ、合意書を示しました。そこにはこう書かれていました。
誓約書および確認合意書
「私は令和2年3月10日で貴社を退職しましたが、下記事項についてここに誓約し、また確認合意しました。
1. 本日貴社より受領しました108,810円をもって、貴社と私との間に何らの債権債務がないことを確認し、今後貴社に賃金等一切の請求をすることはありません。
2. 今般の退職に際し、異議・不満なく承諾し、その後何らの申し立てや問題化しないことをここに誓約します。 以上」
Xさんは署名押印。そして108,810円を受けとりました。
それからも、Xさんは納得がいかなかったのか、会社に請求書を送ります。会社は約21万円を払いましたが、Xさんは納得できず提訴。
ジャッジ
Xさんは約342万円を請求したのですが、裁判所の結論は「約34万円を払え」となりました。
▼ 日給はナンボ?
Xさん
「日給7000円だ」
会社
「いや、6000円で合意したじゃん」
ーーー 裁判所さん、どうですか?
裁判所
「6000円ですね」
〈理由〉
・Xさんが書いていたノートには「日給1日あたり(3月分だけ7000円)〜(4月より6000円)」との記載がある(※ 筆者注:3月分は入社した月です)
▼最低賃金を下回ってんじゃん
裁判所
「でも日給6000円てさ、時給換算すると750円よ。コレ最低賃金を下回ってるんだよね。↓ 見てよ」
大阪府の最低賃金(時給)
H21.9 762円
H30.6〜9 909円
H30.10〜R1.9 936円
R1.10〜R2.3 964円
裁判所
「最低賃金で計算すると約55万円未払いだわ。会社は約21万円をXさんに払ってるから、残り約34万円払いなさい〜」
〈補足〉
R5.10.1〜最低賃金は1,064円/時間になります。物価高スゲーからもっと給料上げておくれ。ラーメンが1000円とか財布エマージェンシー!
ーーー おや、会社さん、不服そうですが
▼ 合意書の効力は?
会社
「Xさんは合意書にサインしたんですよ。そこには『今後会社に賃金など一切の請求をしない』って書かれてるじゃないですか」
ーーー うーん、たしかに…。手打ちするときの文言ですね。裁判所さん、どうですか?
裁判所
「Xさんの自由な意思に基づいたサインとはいえないから、和解契約は成立してないです!」
■ 解説
給料を放棄する合意って【労働者の自由な意思に基づく】ことが必要なんです(シンガー・ソーイング・メシーン事件:最高裁 S48.1.19)。今回、裁判所は「Xさんは最低賃金を下回っていたことを知らなかった」などの理由をあげて【Xさんの自由な意思に基づいていない】と認定しました。
カネを放棄するって異常事態ですからね。裁判所は「本当に社員は納得してたのだろうか?」とチョー慎重に検討します。
★ オススメ
合意書にサインするときなど、会社とシビアな話をするときは【録音】しておきましょう。
今回Xさんは「サインの場で会社から『合意書にサインすれば私が請求する金額の未払い賃金を支払う』と説明を受けたんです。だからサインしたんです」と主張したのですが、裁判所は「会社側がそんな説明をした証拠はナイ」とバッサリです。
録音してたら結果が変わっていた可能性あり。Xさんが請求する金額での合意が認定されていたかもしれません。
裁判では、録音、サイ・キョーです。
さいごに
▼ 相談するところ
給料未払いなどに見舞われている方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。
労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。「こんな解説してほしいな〜」があれば下記URLからポストして下さい。また次の記事でお会いしましょう!
取材・文/林 孝匡(弁護士)
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