そもそも「価格ミル」が誕生したきっかけって?
松本 はじめに、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスコーポレートコミュニケーション社が「価格ミル」を導入したきっかけについて教えてください。
長谷川さん 2019年末からAIを用いた価格設定を推進していましたが、当初は1店舗2.3万アイテム程の価格見直しリストを店舗に共有して価格の変更をお願いしていました。
しかし店舗の皆様からは「なぜこの商品の売価を変更しなければいけないのか?」「こんなにたくさんのアイテムの価格変更を実施するのは大変」「変更した後の数値がどうなっているのかわからない」といったご意見をいただき、実施が思うように進みませんでした。それらを解決するため、優先して価格変更すべきアイテムや、1つ1つの価格の根拠や価格変更後の実績推移がわかるツールが必要であると考え、作成に至りました。
松本 2023年9月時点での「価格ミル」導入店舗数と、「価格ミル」を各店舗に導入していく理由は?
長谷川さん 現在では、ドン・キホーテ等で478店舗、UNYで131店舗(一部特殊店舗除く)導入しています。
当社が、件の価格ミルを導入する最大の意味合いとしては、大前提に当社の形態として商品の値付けを各店舗、アルバイトにまで任せているという点が非常に大きいということです。
通常のチェーンストアの店舗では、本社・本部がセントラルで価格決めを行っているかと思いますが、当社は個店経営ゆえに、売価も商品の仕入れも陳列方法も、その全ての権限は現場(店舗)にあります。
各店舗は、その地域や商圏を鑑みて価格決めを行っているため、同一商品でもA店とB店では異なる売価になっているということが前提としてあり、その中で最も経済合理性のある価格を決めるサポートを「価格ミル」が行っております。
「価格ミル」がもたらす、より店舗単位で無駄なく利益を追求できる未来の可能性
松本 導入された店舗ごとに膨大な商品情報と販売実績が集約され続けることで「価格ミル」の精度は今後もより高まっていくと思うのですが、これを利用した新しいサービスの展望などがあれば教えてください。
長谷川さん より店舗で利益貢献出来る価格提案を目指しています。
そのため、
・商品の在庫回転率を向上させる価格の提案
・廃棄・値引きなどのロスを改善する価格提案
といった実験・検証を行っています。
AIの集積する情報と従業員の勘と経験と度胸が無駄のないプライシングを加速させる!?
ということで、今回はパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスのプライシングに新風を吹き込んでいる「価格ミル」についてのインタビューを行った。
長谷川さんのお話にもあったが、AIを使ってプライシングを行うことで、データが十分に蓄積されれば在庫量を加味しての価格提案。そしてロスを改善する提案などもAIが行えるようになる。
そもそもパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスが全国各地に多数の店舗を擁する上での、同業他社との決定的な違いとなる部分は、インタビューの中にでもあるように個店経営であるため、店舗ごとに売価、陳列方法、仕入れなどは店舗ごとに権限が存在するというところにある。
「価格ミル」はこの権限を有している売り場の責任者にとっては、店舗の独自性を保ち続けるためのパートナーとして機能する相棒のようなもの。
同社は店舗経営において、顧客親和性というワードを提唱している。
この顧客親和性とは、想定するターゲットに近い年代、属性、ライフスタイル、感性を有する者が主体となり、業務を行うことと定義されている。
顧客親和性の高い従業員であれば、たとえ入社からさほど日にちが経過していなくても、店舗においては担当の売り場で十分に売上にも貢献することが可能で、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス社も積極的にこのような姿勢を応援する意味で、実力に応じて従業員に決定権や決裁権をあたえる“権限委譲”を是としている。
従来からこの権限委譲によって責任と共に自由な売り場作りを行っていた従業員が、顧客親和性に根ざした自身の経験に加えて、現在では「価格ミル」の提示する数字も参考に売り場作りを行うことが可能となっているというわけだ。
人が膨大なジャンルにわたる商品について、それぞれに最適な値付けをするのは事実上相当に熟練した従業員でなければ難しい。
一方で「価格ミル」があれば導入店舗の値付けを担当する従業員が、そのデータをもとにした価格設定を行うことが可能となる。
AIの推奨する価格に従うか、それとも顧客親和性の高い従業員がこの価格に自身の経験を加味して独自の値付けを行うか。
結果は数字に表れる形となるし、データは蓄積されますます「価格ミル」の精度も良くなる。
とすれば、値付けの失敗にも意味があるということになり、失敗を恐れずに値付けに挑むモチベーションにも通じるはずだ。
パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスの「価格ミル」の存在は、恐らく同業他社にとっても注目の的となっていくはず。
今後は「価格ミル」を手本としたシステムを開発する企業というものも増えていくのではないだろうか。
【取材協力】
株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス
【参考】
パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス新卒採用サイト
文/松本ミゾレ