予測不能な時代には、組織で働く「人の経験」や「人の成長」にこそ投資し、ルールを守るのではなく、「結果にコミット」するアウトカム思考が大切である。また、幸せを感じている人は、生産性や創造性が高い。よって、職場にハピネス(幸福、喜び、満足)や、well-being(主観的幸福感、主観的健康感)を広げよう。
こんな取り組みを、日立製作所の「出島」会社であるハピネスプラネット社が取り組んでいる。仕掛け人は、日立製作所 フェローで、ハピネスプラネット社・代表取締役の矢野和男氏。
ハピネスは測れる
矢野氏は、2014年の『データの見えざる手』、2021年の『予測不能の時代』(ともに草思社。前者は2018年に文庫化)や各種論文、講演などで、上記のような見解を示し、人や組織のつながりを促し、幸せになる力を生み出す「Happiness Planet Gym」というソリューションを作り上げた。
とはいえ、いきなり「職場にハピネスを広げよう」などと言われると、ちょっと忌避反応を持ったり、判断を保留する方がいるはず。だが、「Happiness Planet Gym」は、導入規模の多寡はあるものの日立製作所はもちろん、ANAや東京海上日動火災保険などの大手企業が導入や利用を明らかにしているほか、約150社の実績がある(2023年6月現在)。
もちろん大企業が導入しているといっても抵抗感は拭えないかもしれない。では、なぜ、それほど利用が進んでいるのか。ポイントのひとつに「Happiness Planet Gym」が、矢野氏らの実証的な研究成果を踏まえて開発されてきたことにある。
矢野氏らは、2004年頃からウェアラブルセンサーを使って人の行動を計測・解析するプロジェクトを開始。加速度センサーを備えた腕時計型の機器「ライフ顕微鏡」、加速度センサーに加え、赤外線センサーや音量センサーなどを備えた「ビジネス顕微鏡」を開発する。加速度センサーは体の動き、赤外線センサーは人と人の関わり、音量センサーは会話の有無(ただし、会話内容は記録しない)を計測・解析し、組織内のコミュニケーションや人々の活動状況を可視化した。そして、「ハピネスは測れる」という結論に至る。
<重要な発見は、ハピネスと身体活動の総量との関係が強い相関を示しているということ。つまり、人の内面深くにあると思われていたハピネスが、実は、身体的な活動量という外部に見える量として計測されることになる。したがって、ハピネスは加速度センサーで測れるのである。/もう一度いおう。幸せは、加速度センサで測れる。>(矢野和男『データの見えざる手』草思社文庫、2018年。82ページ)。
矢野氏らは、ハピネスな状態のときに起きる身体の生化学反応を、ウェアラブル機器によって計測可能にした、という。そのうえで、ハピネス状態の身体反応が起きる状態を体系化し、それを誘発するしくみとして「Happiness Planet Gym」を企画・開発した。上述のような導入事例が増えつつあるのは、ここ20年弱の成果とも言うことができる。詳細については、上述の著書に詳しい。
人間関係の三角形を作ることが大事
「Happiness Planet Gym」のユニークな特徴のひとつに「三角形のつながり」を意図的に作り出す機能がある。この「三角形のつながり」とは、部長→課長→係長→現場担当というような組織内の上下関係だけでなく、部長ー部長、課長-課長、係長-係長、現場担当-現場担当という横のつながり、さらには直系のリポートラインからずれた斜めのつながりがある状態を指す。この「三角形のつながり」が多いほど、リーダーの意思伝達がスムーズになったり、現場の結束力が高まったり、自律的に問題解決が図られたり、従業員のメンタルリスクが減らせるなどのメリットが生まれやすい。その一方、「三角形のつながり」が乏しいと、従業員の孤立が生まれやすく、メンタルヘルスの低下や離職率の増加などの影響もあるという。
コロナ禍でリモートワークが普及し、働き方の選択肢は増えた面はあるものの、組織やチームの結束力や生産性、個々人のメンタルヘルスが痛んでいるという話は、よく耳にするだろう。「Happiness Planet Gym」は、そうした現場に向けて「三角形のつながり」を自然に作り出す「応援団自動生成機能」を備えているのだ。
具体的には、毎週3人一組の縦・横・斜めのグループが組織内に自動生成され、そのメンバー同士が、軽く応援しあうやり取りをすることで、ゆるいつながりを作っていく。始業時などの決まった時間にハピアドバイザーの「リタ」と呼ばれるアバターから「今の一歩に集中しよう!」などと前向きさをもたらす体系化されたお題が提示される。これに従い、メンバーそれぞれが、グループ内で小さな決意を表明。それをメンバー同士で応援していく、ということを繰り返していく。
SNSのグループやチャットツールと似ているところはあるものの、特定のメンバーだけが能動的になったり、受動的になったりすることを避けるため、メッセージのやり取りは一往復のみにするなどの配慮もされている。また、用事がなくても応援できるようなフラットさへの工夫もある。
いま現在は、企業を中心に導入が進んでいる「Happiness Planet Gym」。今後は、医療、介護、教育、子育てなど、人手が足らず、負担が大きい分野での活用が期待される。
取材・文/橋本 保
hashimoto.tamotsu@gmail.com。1967年生まれ。フリーライター。梨とぶどうがおいしくなりました。良い季節です。