コロナ禍にバズワードとなった「メタバース」だが、様々なプラットフォームやVR空間が立ち上がる一方で、没入型のVRHMD(ヘッドマウントディスプレイ)というデバイスの障壁は高く、普及を疑問視する声も上がり始めている。だが、電通のXRX STUDIOで様々なメタバース関連プロジェクトに携わる金林 真氏は、「メタバース=VRではない」と話す。では、そもそもメタバースとは何なのか、社会にどんなインパクトをもたらすものなのか。金林氏にメタバースの可能性を聞いた。
電通 事業共創局 XR・メタバース開発部
XRX STUDIO 金林 真(かなばやし まこと)氏
2009年電通入社後「iAd」「Facebook」「Flipboard」「Spotify」などの海外サービスの日本ローンチ支援、テクニカルプランニングを担当。インスタレーション、体験型アトラクションなど通信や映像技術、AI、AR/VRなどのテクノロジーが必要とされる業務に関わる。VR/AR/MR等の最新技術を活用したクライアントサービス及び自社VR事業の開発、XRトランスフォーメンション支援を行うグループ横断組織「XRX Studio」をプロデュース。「TOKYO GAME SHOW VR」などのプロジェクトを手がけている
「メタバース渇望期」から「メタバース堪能期」へ
──そもそもメタバースとは何なのでしょうか? 金林さんはメタバースをどう定義されていますか?
僕が考えるメタバースは、少なくともデバイスを限定するものではありません。メタバース=VRを想像される方もいますが、HMDを被ってなくてもメタバースと言えるものはたくさんある。僕はARなども含めてメタバースだと思っています。
ではその定義は何かというと、「誰かと空間を共にするデジタルサービス」と、形容するのがいいのかなと思います。定義はその時々でいろいろ変わってくるかもしれないけど、みんなで作っていける参加型のCGM(Consumer Generated Media)で、そこに経済性が伴うものがメタバースとして今後大きく成長していくんじゃないかと思っています。
TOKYO GAME SHOW VR 2022は、2022年9月15日(木)から2022年9月18日(日)の期間、世界最大級のゲームの祭典「東京ゲームショウ」のバーチャル会場として開催。22社の出展協賛、多くのステークホルダーとの共創という形で無事に実現。延べ来場者数は398,622人、ユーザーあたりの平均滞在時間は約33分を達成。
加山雄三さんのバーチャルヒューマン「バーチャル若大将」を加山さんからの依頼で制作。加山雄三さんを専門機材を用いて3Dスキャンし、デジタル上で活動が可能なリアルな加山雄三を開発。
──昨年バズワードになって、すでにブームが落ち着いた印象もありますが、メタバースの現状をどう見ていますか?
確かに一時、メタバースバブルと言える状態もあったと思います。VRやARはその前から盛り上がっていましたけど、2021年の10月にFacebookが社名をMetaに変えると発表したことで、メタバースという言葉が一気に広がった印象です。まだコロナで外に出にくかったこともあって、みんなこっちだって言って、一斉にそっち側に向いた結果、定義が明確じゃないので、みんなの思うメタバースというのが大量に発生した。なんかやらなきゃってことで、一旦作ってみたというのが、2022年の状態だったのかなと思います。
コロナ禍にはそんな風に一過性の空間も生まれた一方で、人が集まって成長しているメタバースも着実に生まれています。例えばHIKKYが開催している「バーチャルマーケット」は、「VRChat」上での大きなお祭りの一つですが、今や何百万人という人が集まるイベントになっている。直近にはリアルの会場も設置して、そこを訪れた人が「バーチャルマーケット」と触れ合える機会を作り、非常に盛り上がっていました。また、「フォートナイト」とか「Roblox」、「ZEPETO」なども伸びていて、「Roblox」はMAU(Monthly Active Users)が2億2600万と日本の人口よりも多い。こういうプラットフォームも出てきているということに気づいていない人もいますが、メタバースは実は2023年から異なるステージに突入しているんじゃないかなと思っています。
──異なるステージというのは、どういうことでしょうか?
2022年までは「メタバース渇望期」で、鼻息荒く取り組んでも肝心のユーザーがついてきていなかった。それが2023年からはユーザーがついてきているサービスもたくさん出てきて、「メタバース堪能期」というか、共存するような世界観になってきているということです。
さっきあげたサービスのように、ユーザーが参加して楽しむものだけでなく、ビジネス活用でもいろんな事例が出てきています。例えば京セラが「VRChat」上にレーザー製品のバーチャル展示ブースを作っているんですが、現実だとわかりにくいものとか、持ち運びにくいもの、なかなか体験できないものを、メタバースだからこそ体験できる。
あるいはISID(電通国際情報サービス)では、VR空間でコラボラティブに働けるシステムを自動車メーカーなどに提供しています。離れた拠点にいる人が、VR空間で同じCADデータを見ながら、意見交換をするといったことができるようになっている。
ビジネスでもプレゼンテーションとかテレプレゼンスといったところでの事例が出てきていて、かつエンタメでも活用事例がしっかり見えてきたというのが、2023年に入ってからのメタバースの現状だと思っています。
デバイス問題は空間ディスプレイで変わる?
──先ほどあげていただいたゲーム系や「VRChat」など、一口にメタバースと言ってもいろんなプラットフォームがありますが、これは今後も共存していくのでしょうか?
何を持ってプラットフォームとするかという話ですが、サービスレベルでは「フォートナイト」、「Roblox」、「ZEPETO」、日本独自の「cluster」も含めて、こういうところが今後も伸びていくと思います。僕は「Meta」が好きなので、彼らのプラットフォームにも期待しているんですが、彼らはハードウェアとソフトウェアを一緒に伸ばそうとしている。みんながHMDをつけるまでには少し時間がかかるでしょう。
ただハードウェアでも実は最近、ちょっとしたゲームチェンジが起こっていて、『XREAL Air』のように、目の前に大きなディスプレイを表示できるメガネ型のデバイスも出てきてます。それをさらに突き詰めたのがアップルの『Apple Vision Pro』ですよね。彼らは「空間コンピューティング」と呼んでいますが、やはり空間にディスプレイを出すところからスタートしている。すごく実直だけど、この使い方はありだと思います。
コンテンツをいつでも、どこでも大画面で楽しめる、サングラスのように手軽に使えるARグラス『XREAL Air』
──HMDの敷居が高いって話は、メタバースが普及するかという議論の中で必ず出てきますよね。
「フォートナイト」も「Roblox」も「ZEPETO」も「cluster」も、スマホでアクセスができる。誰かと空間を共にできるサービスであれば、それはメタバースだと思います。
今電車に乗ると、ほとんどの人がスマホの画面を見ていますよね。常にインターネットとつながっている。みんなが四角いディスプレイを叩いています。でもいずれは空間にディスプレイを出して、空間に出てくる情報を操作するようになるんじゃないかと思います。HMDでVRというのはさらにその先の話ですが、空間にディスプレイというものであれば、もう少し早い段階で広がる可能性はあるかもしれません。
──空間を共にするのがメタバースというお話がありましたが、そもそもなぜ人はその空間に行くのでしょうか? 何がモチベーションになると思いますか?
メタバースがおもしろいのは、社会的欲求の充足にフィットしていることです。人間は根源的に、誰かと関わりを持ちたいんですよね。以前、「ZEPETO」のユーザーさんにインタビューをしたことがあって、その方は看護師さんだったんですが、仕事柄コロナ禍でお酒を飲みにいくことができなくなって、社会から断絶されたように感じていたけど、「ZEPETO」に行けば知らない人と話せる。彼女は社会的欲求をメタバースによって満たしているんです。
もちろんもっと単純に、いろんな人と同じ空間で遊びたいという人もいます。誰かと一つの目標に向かって遊ぶことも、社会的な欲求の充足につながっている。そういう意味でメタバースは、人間の社会性のコアな部分に関わるものだと僕は思っています。
クリエイターや企業の多様な稼ぎ方を実現
──今後デバイスの進化やサービスの普及で、そんな風に誰かと関わりを持てる空間がもっと身近に、日常的に利用できるようになったら、どうなっていくと思いますか?
メタバースの中で人との関わりが生まれると、それってもう社会なんですよね。そこが日常的な場になれば、先ほど言った社会的欲求だけじゃなくて、自己承認欲求、自己実現欲求みたいなものも満たしたくなる。人間は社会性を満たすために機能を求める。例えばファッションもそのひとつです。
僕は家ではだらしない服装だけど、今日は取材があるからちゃんとした服装にしようとか、ファッションによって社会的な存在として成立したい、自己承認を得たいということをやっているわけです。メタバースでも同じで、誰かと知り合った時に恥ずかしくない格好をしたい。実際に「Roblox」では、5人に1人がアバターを毎日変更しているそうです。すでにアバターとか衣装を買うといった市場が生まれている。ユーザーがクリエイターとして、そうしたアイテムを販売することもできるし、それで生計を立てているクリエイターもいます。すでに「Roblox」のトップ500のクリエイターは2000万円以上の売り上げを出しているという話もあります。
僕の友達にも最近バーチャルブランドを作った人がいます。新しい職業が生まれ始めてきたり、新しいお金の動きっていうのが出てきたりというのが今のメタバースで、今後はこうした経済活動がもっと活発になっていくのだと思います。
電通グループ、世界有数の没入型ソーシャルプラットフォームを運営するRoblox社とパートナーシップ契約を締結
──リアルとメタバースでの購買傾向の違いなど、わかっていることはあるんでしょうか?
メタバースでは、アウトフィットへの消費が増えがちというのは、見ていて感じるところです。リアルではそこまで服にお金をかけていない人も、メタバースではお金をかける。理想の外観とか、好きなアバターである程度の自己実現を達成できるからこそ、さらに自己承認欲求が高まるというか、加速するのかもしれません。
──アパレル以外の企業でも、関心は高まっているのでしょうか?
流通系の企業がメタバースに興味を示し始めています。海外だとウォルマートが「Roblox」にワールドを作っていますし、飲食系でもブランディングを目的に進出している企業があります。メタバース内で実際にものを食べられるわけではないので、飲食とメタバースって一見相性が悪いように見えますが、海外ではメタバースでクーポンを配って、来店につなげるというキャンペーンを実施した企業もあり大変話題になりました。昨年まではコロナ禍も深刻だったので、そういうプロモーションもしにくかったですが、今後は日本でもそういう事例が増えてくるのではないかと思っています。
──ファッションやクーポンのように、メタバースでの体験をリアルの購買に繋げていくという動きは、今後も広がっていくのでしょうか?
2つの方向性があると思います。クーポンのようにメタバースで体験して、すぐにリアルで買うというようなケースもあると思いますが、一方で長い時間をかけてブランドに親しんでもらって、ファンを増やしていくという話もありますよね。例えば子どもの頃から、ある自動車メーカーのワールドに親しんでいたら、大人になって自分のクルマを選ぶ際、そのメーカーを選ぶという考え方もあると思います。
コンバージョンというとすぐ購買という話になりますが、メタバースでは別のコンバージョンも生み出せる。その人の生活の中に、ある企業の商品が組み込まれることは絶対的なコンバージョンのひとつだと思っています。それが今までなら、あるコーヒーブランドのドリンクを買うという形だったのが、メタバースではそのコーヒーブランドのカップを持っているアバターを買うっていうのも、一つのコンバージョンになる。そういう文化を広げていきたいですね。
──メタバースが日常になれば、そこでの様々なブランド体験もリアルと同様の価値を持つということですね。
ゲームは「体験」だというのは、これまで散々語られてきた文脈ですが、その体験を長時間、しかも誰かと一緒にできるのがメタバースです。押井守監督がゲームと映画を比較して、「映画は2時間で見終わるがゲームは200時間やっても飽きない。終わらないし終わる必要もない」ということをおっしゃっているんですが、まさにこれはメディアが変容していっている話だと思っていて、そこに沿って企業のコミュニケーションも変革していくと思います。
それが今までなかなかできなかったのは、ゲームを作るのに莫大なお金と時間がかかるからだったんですが、今は「Roblox」、「フォートナイト」、「ZEPETO」のようなプラットフォームが出てきて、もっと簡単に体験を作れる。これは大きなゲームチェンジだと思っています。
──プロモーションやマーケティングの観点から、電通としては今後、どのようにメタバースに取り組んでいくのですか?
いろいろ考えてはいます。もちろん企業のプロモーションに活用していくのは電通としての至上命題だと思っているので、そこはしっかりと考えていきたい。ただ僕が思っているのは、プロモーションだけでなく、メタバースの中で企業がしっかりビジネスができるようにしたいということです。今までリアルな商品を売ってきた企業でも、メタバースで売り上げをあげられるチャンスはある。海外比率の高いサービスやプラットフォームが多い中で外貨を獲得できれば、日本にとっても良いことだと思います。
メタバースという新たな社会が広がることで、クリエイターも企業も様々なビジネスができるようになって、いろんな人が楽しく生きられるようになる。電通としてメタバース空間を盛り上げていくことで、そこに資することができるだろうと思っています。
取材・文/太田百合子 撮影/干川 修