『Apple Watch』以来の新ジャンルとなる『Apple Vision Pro』など、久々の大型発表もあったWWDC。発表内容やここ最近の動きから、アップルが次に目指すのはどのような世界なのか、ITジャーナリストに持論を展開してもらった。
アップルの起こすUX変革がオンラインバンキングを変える
WWDCで特に発表はありませんでしたが、米国では今アップルが提供する、年利4.15%の普通預金口座が注目を集めています。アップルの決済サービスとして「Apple Pay」があるのはご存じのとおりですが、米国では2019年からクレジットカードサービスの「Apple Card」も提供されています。普通預金口座は、この「Apple Card」のユーザー向けのサービスです。
米国には「Apple Cash」という、『iPhone』で個人間送金ができるサービスがあり、「Apple Card」の利用で得られるキャッシュバックも、この「Apple Cash」にプールされる仕組みになっています。日本でも同様のポイント還元の仕組みがありますが、米国ではあくまでもキャッシュ。それなのに「Apple Cash」では金利がつきません。そこで、普通預金口座サービスが提供されるようになったという流れがあります。ちなみに米国では、銀行口座に普通預金口座(Savings Account)と、小切手やデビッドカード用の当座預金口座(Checking Account)の2つがあって、アップルが提供しているのは前者のサービスです。
サービスは「Apple Card」の発行元でもあるゴールドマン・サックスのシステムを使って提供されています。あくまでも米国向けのサービスで、残念ながら高い金利はもちろん、このサービスがそのまま日本に来ることはありません。FinTechは全般にそうですが、国ごとにいろいろな規制があるので、横展開がとても難しいんです。ただその国の企業と提携したり、買収したりといった方法なら可能性はあると思います。
預金口座やクレジットカードより前に、日本でのスタートが期待されるのが、『iPhone』をお店などの決済端末として使用できる「Tap to Pay on iPhone」です。Android版は日本でもすでに試用プログラムが動き出していますが、『iPhone』でも近々始まるのではないかと注目しています。
結局、アップルが金融サービスをやる理由は、手数料などの収入もあるでしょうが、一番は『iPhone』でできることを増やして、もっと多くの人に使ってもらいたいということなのだと思います。『iPhone』がお店の決済端末になれば、その分たくさん使ってもらえるので、まずはそこからではないでしょうか。
米国と同じにはならないでしょうが、先ほど言ったように日本の企業と組む形でなら、「Apple Card」や預金口座サービスも可能性はあると思います。米国では高い金利だけでなく、『iPhone』から口座を簡単に開設できるしくみだったり、UXも注目されています。例えば米国ではリボ払いが一般的なので、できればお金がある時に、前倒しで返済したほうが金利が安い。「Apple Card」ではそういう細かな手続きも、簡単にできるようになっています。『iPhone』で使いやすいUXを提供できるのは、アップルの強み。「Apple Card」の影響で、カードの券面に番号を記載しないナンバーレスカードが広がったように、アップルの参入が銀行のUXを大きく変える可能性はあると思います。実際、今日本で提供されているオンラインバンキングの中に、使いやすいサービスがどれだけあるかということです。その意味では、アップルと組みたいと考える企業もあるのではないでしょうか。一方でアップルは商品設計やデザインまで、口を出してくる可能性もある、組むことは簡単ではないだろうとも想像しています。
米国で2019年から提供されている「Apple Card」。番号を記載しない、ナンバーレスカードを広めた。
アップルの普通預金口座サービスは、『iPhone』を操作するだけで口座の開設が簡単にできる。
『iPhone』を決済端末として使用する「Tap to Pay」の上陸で、日本の電子決済は加速するか。
モバイル決済/ITジャーナリスト
鈴木淳也さん
2002年の渡米を機に独立し、シリコンバレーのIT情報を発信。現在は「NFCとモバイル決済」を中心に世界の事例やトレンドを取材している。著書に『決済の黒船 Apple Pay』(日経BP)がある。
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