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アートをもっと身近に!ポケモンとの異種共闘によって生まれた工芸の新世界

2023.09.10

ポケモンと工芸の真剣勝負が話題を呼んだ「ポケモン×工芸展 ─美とわざの大発見─」。意外なタッグから生まれた〝工芸の新世界〟と、展覧会から見えた〝ポケモンの生きた力〟を担当キュレーターが語る。

国立工芸館主任研究員
同展担当キュレーター
今井陽子さん
東京国立近代美術館主任研究員を経て現職。専門は近・現代工芸史、美術館教育。著書に『ボディブック&ノート』(東京国立近代美術館)など。

国立工芸館写真/太田拓実

ポケモンとの出会いが工芸をもっと身近なアートに変えた

 金沢の国立工芸館で開催された「ポケモン×工芸展 ─美とわざの大発見─」(2023年3月21日〜6月11日)には、ポケモンをモチーフに、「工芸」の素材と技法から生まれた約70点の新作が展示され、9万5000人以上の来館者を集めた。出品アーティストは、人間国宝からポケモン世代の若手まで20名。工芸作家として魅力的な仕事をしていることや作品にユニークな視点で捉えた、生き物のモチーフを取り入れていることなどを基準に選定された。「国立美術館が作家に全点新作を依頼することはなかなかない」と、同展覧会のキュレーションを担当した今井陽子さんは話す。

「工芸とポケモンは意外な組み合わせのようですが、工芸の原材料となる土、草、金属、製造に必要なエネルギーである、炎、水、電気はそのままポケモンのタイプと重なります。このことは『ポケモン×工芸』を考える出発点となりました。そしてポケモンのイメージと工芸とが熱量高く、美しく燃え上がり、そこにいわば結晶のような作品が生まれました」

 今井さんは、このコラボにふたつの期待を込めていた。

「ひとつは工芸鑑賞のハードルを下げること。工芸は専門的な知識がわからければ鑑賞できないと感じる方も多くいます。より直感的に工芸と向き合うきっかけをつくり、固定観念を飛び越え、工芸の持つ『かっこよさ』『かわいさ』や『すごさ』に、近づきやすくなるのではないかと考えていました」

 もうひとつは、スムーズな感情移入を促すポケモンと、工芸ならではの豊かな物質感や卓抜したワザが起こす〝化学反応〟だ。

「モニター越しに出会っていたポケモンたちのリアリティーを、工芸が全精力をかけて私たちの眼前に提示しました。うっとりしたり、ゾクッとしたり……そうした感覚を実現した工芸なるものに気づいていただきたい」

 そんな今井さんの期待は現実のものとなる。2020年、工芸館が東京から金沢へ移転後、最も多い動員数を記録した。

「広い世代の方々にご覧いただけたことは何よりうれしかったです。来館者それぞれが、ほかの方の鑑賞の様子に刺激を受け、再度作品へと目を向けていた姿も印象的でした」

 会場内の撮影やSNSでの発信ができたのも同展覧会の魅力だ。

「工芸ビギナーらしき方の投稿にも技やその背景にある作家への真摯な言及が初日から多数あり、そうした反応を見て展覧会の成功を確信しました」

 展覧会から今井さんがポケモンに感じたことは、〝生き物としての魅力〟だ。

「展覧会が終了するといつも安堵と寂しさを感じるのですが、今回、撤収された会場を眺め、そこを満たしていたある種の〝温度〟を意識しました。〝あった〟のではなく、〝いた〟感覚。古来、工芸では多くの生き物を題材としましたが、その対象を精査し象徴化する過程で、澄ました印象を与えることがあります。ポケモンのライブ感は工芸の奥底にある〝生への希求〟に働きかけたのかもしれません」

 ポケモン×工芸展は来年以降、全国への巡回展を予定する。姿形だけではないポケモンという生命の鼓動が、アートの世界に新しい息吹を吹き込んでいく。

吉田泰一郎《ブースター》

吉田泰一郎《ブースター》2022年
「ポケモン×工芸展 -美とわざの大発見-」で話題になった金工作家・吉田泰一郎さんの彫金作品。銅板を打ち抜いて作ったパーツに金メッキを施すことで火がメラメラとしているように見える。赤は緋銅といわれる技術で表わした。

今井さんのお気に入り

福田亨《Floor》

福田亨《Floor》2022年
木工の技術を使い、ポケモン世界と工芸的空間の〝間〟を鋭く捉えた。アリアドスの艶やかなボディーは感覚を刺激するが、手を伸ばしがたいのはタイプが「むし」「どく」だからだろうか。畳目の表現は石川県の民具から引用。

「POKÉMON X KOGEI Playful Encounters of Pokémon and Japanese Craft」

国立工芸館に続き7月にはアメリカで初公開
7月25日からジャパン・ハウス ロサンゼルスで「POKÉMON X KOGEI Playful Encounters of Pokémon and Japanese Craft」を開催。今回の展覧会で展示された作品が並ぶ。また、来年以降は日本での全国規模での巡回展も予定されている。画像提供/©JAPAN HOUSE Los Angeles

ARTIST INTERVIEW

福田 亨さん木工作家 福田 亨さん
1994年北海道生まれ。京都伝統工芸大学校木工芸専攻卒業後、木工作家として活動をスタート。木象嵌技法の立体表現を用いて、主に昆虫などをモチーフにした作品を制作する。

工芸の奥深さと幅広さを 伝える3作品を出品

「ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―」に、最年少で参加したのが、「ポケモンのゲームで育った」という木工作家の福田亨さんだ。福田さんは多様な木材をパズルのように組み合わせた伝統装飾技法の木象嵌を、立体彫刻へ応用した「立体木象嵌」を考案。絵の具などによる着色は一切行なわずに、160種類以上の天然木の色味や木目で表現する。

「モチーフは、個人的愛着と、木工でリアルな昆虫を作る普段の作品との共通性から、アゲハント(作品名『雨あがり』)、色味のおもしろさを見せられるアリアドス(作品名『Floor』)、象徴的な伝説のポケモンであるホウオウ(作品名『飛昇』・写真右)を選びました」(福田さん)

 この3ポケモンを選んだ理由には木工芸の多様性を知ってほしいという思いがあった。

「この展覧会で木工作品を展示したのは私だけであり、〝来館者の木工への印象が決まってしまうかもしれない〟というプレッシャーがありました。そこで木工表現の可能性を伝えるために、3作品それぞれで表現の振り幅を変えました」(福田さん)

 アゲハントは、彫刻的な表現をベースに、フキの葉についた水滴までも表現。アリアドスは日本の木工細工を使い、寄せ木や指物技法で制作した。ホウオウには色や装飾を楽しめる伝統技法の組子を使っており、色とりどりの木を作品に取り入れることで、〝飛んだ後には大きな虹がかかる〟という伝説も表現されている。

「ポケモンの生き物らしさをどう表現していくか悩みましたが、制作を通じて『木工の良さ』とは何かを改めて考える機会にもなりました。制作期間は想定よりもかかりましたが、木工作家としてステップアップできる貴重な経験でした」(福田さん)

福田亨《飛昇》

福田亨《飛昇》2022年

取材・文/編集部 作品は全て個人蔵/撮影:斎城卓

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