「岩下の新生姜」低迷期に社長就任。再興に導いた『お客様』の存在
岩下食品の創業は明治32年(1899年)、100年以上の歴史を誇る老舗だ。ロングセラー商品の「岩下の新生姜」は今から36年前に発売された。以降、順風満帆な日々を送ってきたかと思いきや、そうではなかった。
売り上げは1998年をピークに年々下がり続け、漬物業界も下降の一途を辿っていた。そんな逆風吹き荒れる真っ只中の2004年だった、社長に就任したのは。
「当時の弊社は漬物が国民食であった時代。高度成長期からバブルを経て過去の成功体験から抜け出せず、時代遅れになっているセリング(selling)の営業スタイルが持続していました」
「お客様の声を聞くということは取引先の要望に従うことであるという間違った認識が社内に根強くあったんです。要望を聞けば聞くほど多品種対応で生産性が悪化。また納価の面でもまるで取引先の言いなりになって、結果、利益構造の更なる脆弱化に…」
「その頃の私達は「お客様」の声を聞いていたわけではなく、取引先の声を聞いていただけだったんです。それをマーケティング(marketing)の方向にシフトさせ、お客様が求めるもの、自然に買いたいと思って頂けるような製品を作っていく形にシフトさせていきました」
当時は、今のようなSNSもなければネットもそれほど普及していない。本当の「お客様」の声を聞くツールは十分ではなかった。そこで社長が考えたこととは?
「『当社のお客様とは誰か?』についての社内の意識改革です。それまでは、注文をまとめて下さる取引先(問屋・スーパー)が私達のお客様と認識されていましたが、その先にいらっしゃるエンドユーザー(一般消費者)こそが私達のお客様であるという考えにシフトすることを社員に求めました」
「また、先代社長が細かなことまで自身の言動こそが会社のルールとしていた為、社員自ら考える習慣が身につきにくかった。そこで、組織や規定、マニュアル等のルールの整備を行い、自らルールに則って判断できる素地をつくりました。そして判断に迷う領域はお客様の立場で考えることで乗り越えようとした結果、風向きが少し変わったんです」
「漬物」という言葉を使わず、本当の魅力を引き出すイメージ改革
売り上げ低迷の中、孤軍奮闘していた「岩下の新生姜」。大量のテレビCMの影響もあり美味しい「漬物」として認知はされていたが…
そこに落とし穴があった。
「たしかに岩下の新生姜は知名度も高く、人気商品ですが、当時の広告宣伝等の影響で長くご愛顧下さっているのは現在70歳〜80歳代以上の方々。しかしその層は年々歳をとり、いずれ人生を終わられる度に市場は小さくなり、遂にはお客様はいなくなるだろうという危機感を抱いていました」
「日本を代表する漬物の逸品として認知されていることはもちろん誇りです。しかし、「漬物」であるということに認知上の落とし穴がありました。どうにもネガティブな印象をお持ちの方が多く、足を引っ張られてしまうこともあって…」
「その一方で、居酒屋を始め中華・洋食などの食事の場においては箸休め的に岩下の新生姜が歓迎され、若い世代にも受け入れられていることを実感していました。自分も顧客のひとりとして考えれば、岩下の新生姜はとてもいいものだし、これを漬物と見なさなければ食生活に登場する可能性はむしろ増すのでないかと考えたのです」
たしかに漬物といえば、塩分が高い、田舎くさい、年配の人が好む食品…そんなイメージが拭えない。そこで岩下社長は考えた。“ネガティブなイメージをわざわざ背負い続ける必要なんてない”と。
「岩下の新生姜は料理の素材として活躍するのはもちろん、妊婦の方のネットワークで支持される嘔吐抑制効果等、健康効果も折り紙つき。代謝を上げてくれてローカロリーなのに満足感がある。そこで、「漬物」という括りから一旦離れ、「生姜」と捉えることで健康ポジティブな食品というイメージを与えられるのではないかと…」
「業務上、漬物という言葉を使うときは一旦考えてから使うようにしようと社員に伝えました。言葉狩りや禁句扱いにしたつもりはありませんが、もっといい特性があるならそっちの言葉を使っていこうよというわけです。岩下の新生姜は「漬物」という特性はもちろんありますが、私もツイッターでは、漬物という言葉はなるべく使わないよう努力しました」