■連載/ヒット商品開発秘話
頑固な毛穴汚れに効果的なアイテムといえば酵素洗顔料。スキンケアの一環として愛用している人も多いことだとう。
いま、売上を大きく伸ばしている酵素洗顔料が、ロート製薬の『メラノCC ディープクリア酵素洗顔』(以下、ディープクリア酵素洗顔)である。
2022年3月に発売された『ディープクリア酵素洗顔』は、酵素洗顔料としては珍しいチューブ入り。絞り出してから簡単に泡立てて使うことができる。
当初は主要ECサイト(Amazon、楽天、LOHACO)と同社の「ロートオンラインショップ」、マツキヨココカラ&カンパニーグループの店舗でのみ販売されたが、2022年8月に全販売チャネルでの全国販売を実施。これ以降の売上高は20億円を突破している。
ブランド愛用者の多くが毛穴に悩む
『ディープクリア酵素洗顔』は企画から発売までに3年近くの時間を要した。そもそもなぜ企画されたのか? 商品企画を担当したプロダクト&ブランドマーケティング部 副部長の奥野久仁子さんは次のように話す。
「『メラノCC』を長く愛用していただいているお客様の多くは、最初に発売された美容液を使っていただいています。美容液を使っていただいているお客様の肌の悩みを調べていくと、毛穴で悩まれている方が多そうなことがわかりました。そして、洗顔の際に酵素洗顔料を使われている方が多いこともわかりました」
洗顔料にもいろいろあるが、酵素洗顔料が選ばれるのは洗浄力が高いからである。ただ、酵素洗顔料は値が張るものが多い。加えて、剤形が粉末や顆粒で、1回分がポーションカップに納められているものが一般的なため、使うときは手のひらに開けてから水で溶いて泡立てると使いづらいところがある。効果が高くても日常的に使いづらいものだった。
チューブタイプで開発にすることにしたのは、『メラノCC』がドラッグストアを主戦場としたブランドだからだ。奥野さんは次のように話す。
「美容に高い関心がある人は、値が張ってもポーションカップ入りの粉末や顆粒の酵素洗顔料を日常的に使われますが、一般的にはドラッグストアで買い求められる手頃な価格の洗顔料を毎日のスキンケアに使い続ける人が多いです。『メラノCC』は求めやすい価格で提案してきたブランド。中身にこだわりつつブランドの価格帯を実現するため、既存の洗顔料製造ラインが利用できコストを抑えることができるチューブタイプにしました」
酵素の活性を失わない処方設計
『ディープクリア酵素洗顔』は、『メラノCC』以外の同社の他のブランドから発売されたチューブ洗顔料と比べ、開発に時間がかかっている。技術確立のハードルが高くなったからだ。開発を担当したスキンケア製品開発部開発1グループ マネージャーの福嶋一宏さんは次のように話す。
「酵素洗顔料がチューブタイプになれば、ポーションカップに粉末や顆粒を収めたタイプより使いやすくなるのは明らかです。しかし、他社を含め今までチューブタイプがなかなか存在しないのは、酵素はチューブの中で安定性を保つことが非常に難しいからです」
酵素がチューブの中で安定性を保てないのは、酵素は水分の中で失活(活性力を失うこと)するため。従来の酵素洗顔料がポーションカップに粉末や顆粒の状態で収められ、水で溶いて泡立てて使うようになっているのは、洗顔の直前まで酵素の活性力を維持するためであった。
この難題を解決するポイントは処方設計にあった。福嶋さんは次のように話す。
「洗顔料は通常、水をベースにしており、原料で最も多く使われています。水に洗浄成分を配合していくのですが、水が多すぎると酵素は活性を失ってしまうので、酵素の活性を失わない水分量を見極めるため、時間をかけて評価を繰り返しました」
同社が出した結論は、水よりも保湿成分を多く使うこと。特定の保湿成分を一定の割合で配合することが重要であることを突き止めた。
酵素についてプロテアーゼを使用。毛穴に詰まった古い角質を落とすために、角質の元になっているタンパク質に働きかけ分解することから選ばれた。
酵素のほかには、『メラノCC』ブランドの商品に共通して使われている整肌(せいき)成分のビタミンCとクレイ(粘土層から採掘された泥の塊=鉱物を乾燥させたもの)も配合。クレイは洗浄力強化の観点から、肌全体の汚れを吸着するために配合した。洗った後に毛穴がスッキリすると感じられるものをつくるため、「クレイは酵素と同じくらいこだわって検討しました」と福嶋さんは明かす。
製造ラインで想定外の問題発生
つくった試作品は洗顔料の中では多い100オーバー。「これでイケる」と思ったものが途中でダメになったこともあった。
イケると思ったのにダメになったのは、製造に起因するものだった。福嶋さんは次のように話す。
「これまで私たちがつくってきたチューブ洗顔料と比べて、『ディープクリア酵素洗顔』はクセのある商品です。工場で生産しようとしたときに問題が出てきました」
その問題とは、思ったような硬さにならないこと。工場の量産設備を使い普段通りのつくり方で生産しようとしたところ、適切な粘度にならずシャバシャバな状態になることが判明した。
研究開発スタッフは想定外の事態に直面。「製造スタッフとともに何度も繰り返しテストを行ない、無事最適な製造条件を確立することができました」と福嶋さんは明かす。
当初は商品化することに抵抗が
現状の売れ行きを奥野さんは「かなり予想以上」と評する。こう評する理由は、『メラノCC』の中で異質な商品だからだ。どのように異質なのか? 奥野さんは次のように話す。
「『メラノCC』はこれまで、美容液や化粧水など肌に成分を浸透させる商品を提供してきました。与えることをコンセプトにしてきたブランドなのですが、このようなコンセプトのブランドが洗い落とすことを提案することに、最初は大きな抵抗がありました。しかし、ブランドを愛用いただいているお客様が悩まれていることなので、解決するために商品化を進めることにしました」
葛藤を経ての商品化だったことから、発売当初は一部の人が気づいて使ってもらえれば……と売れ行きの予想は控え目だった。ただ、「化粧水など『メラノCC』の他のアイテムの売上が伸びていたので、お客様への伝わり方次第では売れるかもしれないとみていました」と奥野さん。跳ねる(=売れる)可能性も大いにあり得たことから需要予測が難しいものになった。主要ECサイトやマツキヨココカラ&カンパニーグループの店舗限定で販売を始めたのは、こうした事情による。
ロート製薬
プロダクト&ブランドマーケティング部 副部長
奥野久仁子さん
スキンケア製品開発部開発1グループ マネージャー
福嶋一宏さん
好意的なオーガニック投稿がSNSで拡散
発売すると、一気に売れていった。SNSなどで発売を告知した程度だったが、これだけで一気に火がついた。
その理由は、『メラノCC』の評価の高さによる。SNSでは『メラノCC』ブランドの商品を高く評価するオーガニック投稿(広告ではない通常の投稿)が多く発信されており、信頼感から新商品に対する期待感が高まる土壌ができていた。発売後もSNSでの好意的なオーガニック投稿が認知拡大に寄与。ユーザーの口コミが新たなユーザーへの広がりを生んだ。
同社が意識したのは情報の出し方。全販売チャネルでの全国販売のタイミングあたりから、発信する情報の内容を変えることにした。奥野さんは次のように明かす。
「発売直後は、『メラノCC』から酵素洗顔料が出たことを知らせる内容でしたが、その後は、酵素は活きているといった酵素の良さを伝えるようにしました。SNSで話題が広がるに際に、一段深い情報を届けることができればと思い変更しました」
伝える情報の変化に伴い、商品に貼付するアイキャッチシールも変更した。発売直後のものは「毛穴汚れすっきり!」と効果を強調したものだったが、現在は「活きた酵素が働いて毛穴汚れすっきり!」と酵素が活きているからこそ実感できる洗い上がりを訴求。発信する情報とアイキャッチの内容を連動させるようにした。
商品に貼付されているアイキャッチシールの違い。左が発売開始時で、右が現在のもの
取材からわかった『メラノCC ディープクリア酵素洗顔』のヒット要因3
1.簡単便利
それまでの酵素洗顔料ではあまり見当たらなかったチューブタイプで発売。従来のような1回分の粉末や顆粒をポーションカップに収めたものより泡立てやすく、圧倒的に使いやすくなった。
2.ブランドの信頼感
美容液など、これまで発売してきた『メラノCC』ブランドの商品は高く評価されてきた。『ディープクリア酵素洗顔』はそれまでのブランドコンセプトとは正反対の商品であったものの、ブランドの信頼感が高いので受け入れられた。
3.ユーザーの好意的な口コミに支えられた
発売直後からSNSでのオーガニック投稿が目立った。効果を実感する声や売っていた場所などで盛り上がったほど。好意的な口コミが新たなユーザーを開拓するなどした。
毛穴汚れが落ちたと実感した人の中には、SNSでビフォー/アフターの比較画像を公開する人もいるほど。汚れ落ちの良さのほかには、泡立てやすさや泡持ちの良さといった使い勝手の高さを評価する声も多い。効果があっても使いにくければ選ばれづらい。
長いマスク生活で肌の悩みが深くなった人も多いことだろう。洗顔はスキンケアの基本だけに、良さが伝わり続ければ息長く求められるものになるかもしれない。
ブランドサイト
https://jp.rohto.com/melanocc/
文/大沢裕司