■連載/阿部純子のトレンド探検隊
生成AIはインターネット革命、スマホ革命に続く新たな革命
DMM.comは、今年 4月に大規模言語モデル(LLM)など生成 AI 技術を活用したサービスの開発・提供を目指す新会社「Algomatic」を設立。生成 AI のサービス開発に20億円の投資を行い、5月には新サービス「ビジネスGAI」を発表した。
7月にAlgomaticは、マイクロソフト社が革新的な技術やサービスを有するスタートアップ企業のサービス立ち上げから顧客開拓まで支援するプログラム「Microsoft for Startups」に採択。
採択されたスタートアップ企業は、AzureやOpenAIをはじめとするマイクロソフト社の保有する強力なテクノロジーへのアクセスに加え、同社のパートナーネットワークを活用した、事業拡大に適した専用のリソースが提供される。
ChatGPTを活用した法人向けサービス事業を展開している、Algomatic 代表取締役CEO 大野峻典氏に、ビジネス領域における生成AIの活用方法や課題、今後の展望などについて話を聞いた。
【大野峻典氏 プロフィール】
東京大学工学部卒。東京大学にて深層学習を用いた研究プロジェクトに従事。Indeedにて新規事業のソフトウェア開発・プロダクトマネジメント、機械学習基盤の開発を行う。
2018年、機械学習・深層学習を用いたソリューション開発を行う株式会社Algoageを創業。
2020年、DMMグループへM&Aによりジョイン。2023年、大規模言語モデル等生成AI技術を活用した、サービスの開発・提供を行う株式会社Algomaticを創業。
Algomatic設立の経緯
生成AI関連の技術がこれほどまでに成長したことに世界でも驚きがありました。私もこの10年ずっとAIの領域に携わってきましたが、ここまで一気に伸びていくとは全く思っていなかったです。生成AIがない前提とある前提では最適な事業の形が大きく変わってくるはずで、インターネット革命、スマートフォン革命と似ていると思っています。
今の高精度な生成AI技術は全世界で「よーいドン!」と一斉にスタートして、みんなが使えるようになった技術ゆえに、いろいろな領域の事業でチャンスが生まれることが期待できます。もともとDMM.comは領域問わず、様々な事業に取り組んでいる会社です。生成AIを活用して、より多くの領域で大きな事業機会を期待できることが設立の大きな理由です。
ChatGPTを活用した法人向けサービス「ビジネスGAI」
「ビジネスGAI」はAlgomaticとして最初にリリースした法人向けサービスです。一部のデジタルリテラシーの高い人は使いこなしているものの、一般的にはChatGPTに対して「便利らしいが使うのは難しそう」「そもそもどんな時に使うものなのかわからない」と感じている人も多いのではないでしょうか。例えば、メール作成の時に助けてくれるらしいとわかっていても「助けてもらうためにはどう使うんだ?」という人が大半だと思います。
「ビジネスGAI」は実際の仕事でLLM(大規模言語モデル)を使う際に障壁となっているものを取り除いて、仕事の中で使いやすくするためにハードルを下げる、補助輪的な機能をたくさん持っているサービスです。
1つ目の特徴は、豊富なプロンプト(大規模言語モデルに与える入力文)のテンプレートにより、ユーザビリティが向上している点です。ChatGPTは幅広い用途で使える反面、使い慣れないユーザーにとっては、本当に使うべき用途やプロンプトが明確でないことで、利用するハードルが高くなっています。
「ビジネスGAI」ではビジネス成果が出るユースケースの知見を元に、LLMに「専門家AI」という形で特定のペルソナを与えたAIを事前に用意しています。それにより、職種別、目的別にユーザーが使うべき用途をイメージしやすい仕様になっています。また、AIと会話する際のプロンプトも用意しており、ユーザーにとってより使いやすくかつ精度の高い回答が得られるようになっています。
2つ目の特徴は、ChatGPTに入力するデータが学習されないなど、高いセキュリティが確保される点です。ChatGPTについてセキュリティを不安視する企業は多く、例えばChatGPTを利用する場合、ユーザーが入力した文章はOpenAIの学習に使用される可能性があります。また、学習されないように会話履歴をオフに設定すると、過去の記録を見返すことが難しくなるなどユーザビリティ的なデメリットがあります。
「ビジネスGAI」では、学習に利用されないような設計をしているため、ユーザーが入力した文章はOpenAIやLLMに学習されることなく安心してビジネスで利用することができます。
3つ目の特徴は、ユーザーの利用実態を管理できる点です。ChatGPTを、社員が会社の許可を得ずに個人的に利用すると、その用途や使用方法などを企業側が把握できず、機密情報や個人情報などが漏洩するリスクが高まる、いわゆる「シャドーIT」問題が発生する可能性があります。
「ビジネスGAI」は企業組織で活用することを想定して設計され、ユーザーの利用実態を管理することができたり、出力結果を共有できたり、ブラックボックス化を防ぐ機能を持っています。
プロンプトエンジニアリング部門立ち上げの背景
LLMを利用して効果的なアウトプットを得るために有効な方法の一つは、プロンプトを開発することです。
プロンプトエンジニアリングは新しい概念であるため、確立されたノウハウが少ないことが課題です。そこで私たちは業種や領域を問わず、どういうプロンプトを作ると効果的にLLMを活用できるかを研究・開発しています。
LLMの精度を向上させる方法はいくつかありますが、その一つに「訓練データによる学習」や「プロンプト」があります。それらの違いを噛み砕いて例えると、「訓練データによる学習」は、人間の長期記憶に近いイメージです。試験に備えている学生が、勉強を事前に行って記憶して頭にインプットしてくるようなものです。
一方「プロンプト」は、試験の問題文に近いイメージです。問題の解きやすさは、事前に覚えた知識量だけでなく、問題文の誘導がどれだけわかりやすいか、問題文にどれだけヒントがあるかによっても変動しますよね。プロンプトエンジニアリングは、問題文の書き方を工夫することで、有用な回答を引き出すことを目指すようなものとイメージしてもいいかもしれません。
LLMに設定や指示書のようなものを渡すことで、能力を引き出すことができます。例えば、広報で記事を書く、システム設計の仕様書を書くといった様々な用途がありますが、実際にどのような仕事が現場で発生しているのかを把握し、LLMの活用方法を定義して、それを達成するプロンプトを作っていく。これがいろいろな業種・業務でLLMを活用していく一つのキモになると考え、プロンプトを研究・開発するプロンプトエンジニアリング部門を立ち上げました。
生成AIを活用できる領域、業種
「使う人がうまく使えばいいけれど、信じすぎちゃだめだよ」というのが生成AI。生成AIは間違うこともあるし、しかも大概は断定口調なので間違いのように見えないややこしさがあります。
例えば、生成AIは、いろいろな情報を組み合わせて、抽象化して答えとして導くような場面でその効果を発揮することがあります。
より具体的には、「成長する会社の条件を教えて」とか「数学、英語の成績がこれぐらいで〇〇大学を目指しているけれど、おすすめの勉強法は?」など、決められた一つの答えがないような問いに対して、抽象的なそれらしい内容を答えるのは得意です。
しかし、例えば、検索すれば一発でわかるような、具体的な一つの答えがある情報を持ってくることには失敗することがあり、正確な回答を得られないことが往々にしてあります。
そのため、医療や法律といった間違いが許されない領域に関しては、使い方に関する規制やガイドラインは今後更に整備されていくと思います。逆に決められた答えが一つではないような領域、例えば、特定の情報に基づいた要約や、案出しといったところではどんどん使われていくと思います。
対話形式であることに意味がある領域もかなり相性がよいと思います。LLMは、対話形式で精度の高いやり取りができます。人間は会話によって思考を深めやすい生き物なので、対話形式でやり取りし思考できることに意味がある領域にも、チャンスがありそうです。
「AIエージェント」を活用したサービス展開
「AIエージェント」というLLMを応用した概念があり、それを軸にしたサービスも今後検討しています。AIエージェントでできることの一例として、AIが人間のように考えて特定の目標に向けて一連のタスクを実行していくことが挙げられます。例えばAIエージェントに、Aさんに関する情報をまとめてとお願いしたら、Aさんに関する検索をする「タスク1」、次に情報をまとめる「タスク2」、Aさんを知っていそうなBさんとCさんに聞いて情報をまとめる「タスク3」と、まずタスク全体の設計をAI自らした上で、タスクを順番に実行していけたりします。
通常の業務において、タスクが一つで終わることはあまりなく、TO DOリストを作って実行、その結果を踏まえて、次のTO DOリストを決めて進めていくといった進め方をするかと思いますが、AIエージェントは例えばこれを一気通貫で実行できるような能力をAIに持たせる応用方法です。このように、LLMは人間の思考を代替する振る舞いすらでき得ることが一つの本質的なすごさであり、人間を模したエージェントを作れる可能性があります。
昨年、ChatGPTが出た直後にAIエージェントの概念を知り、様々なビジネスや領域に新しいチャンスが生まれるだろうと感じました。私にとって新会社を興す一番のきっかけになったともいえます。
まだまだ活用にあたって課題は多い状況ですが、長期的にみればこちらのインパクトは大きく、あらゆる人間の生産活動はAIエージェント的な概念の応用でどんどん自動化できるはずで、働き方を劇的に変えていくものになるだろうと考えています。
【AJの読み】付き合い方を模索している生成AIをどうビジネスに活用すべきか
DMM.comでは、ChatGPTをはじめとする最先端技術の活用に積極的に取り組んでおり、今回紹介したAlgomatic社の設立と「ビジネスGAI」の他、ChatGPTのAPIを活用した AI ライティング支援サービス「Writing Partner」を発表している。
また、4月にはChatGPTのビジネス利用を目的にした社内ハッカソンを開催。コンテンツのレコメンド機能や、マーケティング分析にChatGPTを活用する方法など、計8つのアイディアが発表されたという。
生成AIの代表格と言えるChatGPTが登場してから約8か月しか経っていないが、生成AIの開発競争は激化し、活用方法も注目されている。米マッキンゼー・アンド・カンパニーは、生成AIが年間最大約4.4兆ドル(発表時の6月で約616兆円)の経済価値をもたらすとの試算を発表したが、一方で、リスクをめぐり規制強化など世界で議論が起こっている。
今は付き合い方を模索している状況と言える生成AIだが、ビジネス用途としてどう活用すべきか、大野氏が生成AIの一つの本質的なすごさと指摘した「AIエージェント」がそのカギを握るのかもしれない。
文/阿部純子