ポストコロナに向けた経済活動・社会生活の正常化が急速に進むなかで、企業における人手不足感が多方面で高まり続けている。
帝国データバンクが実施した調査では、2023年4月において正社員の人手が不足していると感じている企業の割合は 51.4%、非正社員では30.7%となった。
4月の人手不足感として、正社員は2006年5月の調査開始以降で最も高い水準となり、非正社員は新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の感染が拡大する前の2019年4月以来4年ぶりの3割超となった。
新型コロナに関する水際対策が2023年4月28日で終了となったほか、5月8日には感染症法上の位置づけが「5類」へ移行したことにより経済活動がさらに活性化している。
このため、人手不足感がより深刻化することが予想され、多くの企業で人材確保や人手不足解消に向けた対応が喫緊の課題となっている。
そこで帝国データバンクはこのほど、企業における人材確保・人手不足の要因についてアンケートを行い、その結果を発表した。
人手が不足していない要因、「賃上げ」が51.7%でトップ。「働きやすい環境」や「定年延長」が3割台で続く
正社員・非正社員の人手不足の状況とその要因について尋ねたところ、『人手が不足していない要因』では、「賃金や賞与の引き上げ」と回答した企業の割合は51.7%と5割超となり、最も高かった(複数回答、以下同)。
以下、清潔保持や休憩スペース、社内相談窓口の設置など「働きやすい職場環境づくり」(35.0%)、「定年延長やシニアの再雇用」(31.2%)が続いた。
「福利厚生の充実」(26.6%)、「公平で公正な人事評価」(22.0%)といった成長・安心できる職場に関する項目がそれぞれ2割を超えていた。
また、「働き方の多様化やワークライフバランスの推進」や不要業務の削減や業務の簡素化など「業務プロセスの見直しなどによる効率化」(各18.8%)が2割近くとなった。
人手が不足している要因、「条件に見合った応募がない」が54.6%でトップ。「業界の人気がない」は4割台に
『人手が不足している要因』では、「条件に見合った人材から応募がない」と回答した企業の割合が54.6%となり、最も高かった(複数回答、以下同)。とりわけ、即戦力を求める中小企業ではその傾向が強く、採用に苦難している状況がうかがえる。
次いで、「業界の人気がない」が45.4%、「企業の知名度が低い」が42.2%となった。また、長時間労働や3K労働など「労働環境が厳しいと受け止められる」(37.2%)、「賃金や賞与などに満足が得られない」(35.7%)が3割を超えた。
ほかにも、「時間外労働の上限規制や休暇取得の義務化など働き方改革の逆作用」が13.8%となり、国が進めている政策も人手不足の原因のひとつとなったと訴える企業が一定数みられた。
効率化等も含む業務の見直しを実施するうえで、残業の削減と賃金のバランスを考慮した働き方改革に取り組むことが急務といえよう。
『建設』『運輸・倉庫』で「労働環境の厳しさ」による人手不足目立つ。『運輸』では「働き方改革」の逆作用も
『人手が不足している要因』について、業界別に全体より10ポイント以上高かった項目をみると、『建設』では、「業界の人気がない」(64.1%、全体比+18.7ポイント)や、長時間労働などを含む「労働環境が厳しいと受け止められる」(58.8%、同+21.6ポイント)などの割合が高かった。
“2024年問題”が差し迫る『運輸・倉庫』では、「時間外労働の上限規制や休暇取得の義務化など働き方改革の逆作用」(32.6%、同+18.8ポイント)のほか、「業界の人気がない」(69.8%、同+24.4ポイント)、「労働環境が厳しいと受け止められる」(62.8%、同+25.6ポイント)などが目立った。
また、『小売』は「賃金や賞与などに満足が得られない」など報酬に関する項目の割合が全体を大幅に上回っており、『不動産』は「資格や高度な技術・スキルが必要」、『卸売』は「企業の知名度が低い」が高かった。
なお、人手が不足していない企業と人手が不足している企業からは、それぞれ以下のような声が寄せられている。
<人手が不足していない>
・既存社員のベースアップのほか、有料採用サイトを利用しつつ、入社時の初任給を年収ベースで約50万円上げた。それだけで応募件数が変わってきた。
・テレワークの導入および在宅勤務体制を整えたほか、残業ゼロを推進している。
・時間外勤務の抑制や有給休暇の取得率向上に力を入れて、従業員の定着と採用促進に対応している。
・社員への丁寧なフォローによる退職者の抑制や、新卒採用の増加等により社員数が増加。
・健康経営やDXなど、効率を上げて従業員一人一人の付加価値を上げていけば離職率は下がる。DXの実施により、教育にかかる時間を削減できた。
・働く社員の処遇の改善や働く環境を会社ホームページなどでアピールすることが重要。
・給与体系の抜本的な見直しや、免許および資格などの取得に積極的に取り組んでいる。
<人手が不足している>
・必要としているスキルを持ち合わせていない人が応募してくる。ソフト開発なので、頭数を揃えれば良いとはいかない。
・中途採用の求人を行っているが、人気のない職業であるため特に若手からの応募がない。新卒採用はそもそも応募がなく諦めている。
・社内で求めている新体制に対応できるスキルを所有する人材が不足している。業務経験を有する即戦力となる人員を募集しているが、退職者によるマイナスを補えていない。
・必要なスキルを持ち積極的に作業する人が不足している。人材紹介会社10数社に求人しているが紹介数も少なく、あってもマッチングしない。
・中小企業は、正規・非正規ともに賃金を上げられないため人手が集まらず困っている。
・建設業自体が3Kと認識されており、土日出勤や残業に対して敬遠されている。資材高騰による利益の圧迫で賃上げも限定的になっており、求人申し込みがほとんどない状況。
・トラック運送業では高齢化が進んでいることと力仕事、汚れる、労働時間が長い等の労働環境が厳しいイメージがあるので常時社員募集しているが、面接に来社する人材は非常に少ない。また、働き方改革による労働時間の短縮で余計に人材不足に陥っている。
まとめ
本アンケートの結果、『人手が不足していない要因』では、「賃金や賞与の引き上げ」が5割を超え、最も高かった。以下、「働きやすい環境」「定年延長等」が3割を超えて続いた。
他方、『人手が不足している要因』では、「条件に見合った人材から応募がない」が最も高く、5割を超えていた。次いで、「業界の人気がない」「企業の知名度が低い」が4割台で続き、「厳しい労働環境」「賃金水準」が3割台で並んだ。
人手不足感の上昇に歯止めをかけ、人材確保や人手不足の解消に導く最も重要なカギは「賃上げ」であると考えられ、それを実施しやすい環境の整備が必要であろう。
また、賃上げ以外にも『成長・安心できる職場』や『働き方の多様性』など、人材確保・人手不足解消の7カ条(詳細は巻末に掲載)をバランスよく取り組むことが重要になる。
特に『運輸』『建設』などの業界に関しては、人手不足がインフラ整備や日常生活に多大な悪影響を与えることが考えられるため、賃上げに加えて、企業間の価格転嫁を促す対策のほか、リスキリングなどによる人材の成長や労働環境、生産性向上に関する公的支援などを通じて、安定的に人材を確保できる基盤づくりが急がれる。
出典元:帝国データバンク
構成/こじへい