小学館IDをお持ちの方はこちらから
ログイン
初めてご利用の方
小学館IDにご登録いただくと限定イベントへの参加や読者プレゼントにお申し込み頂くことができます。また、定期にメールマガジンでお気に入りジャンルの最新情報をお届け致します。
新規登録
人気のタグ
おすすめのサイト
企業ニュース

不妊治療の保険適用化から1年、医療現場からみた保険適用によって生じる課題

2023.06.15

保険適用化が医療技術の発展を妨げる懸念も

一方でこうした患者の自己負担額軽減、治療の標準化をもたらす保険診療は、実は課題も多く含んでいる。まず多くの患者にとって経済的負担は大幅に下がるが、一部の患者には、かえって治療費が高額になったり選択肢を狭めるデメリットもある。

実は保険適用前に利用されていた各自治体からの助成金は、使用用途が診療内容の詳細まで規定されておらず自由度が高かったのです。そのため保険適用内の一般的な治療では良い成果が得られず、より個別性が高い治療を必要とする患者においては、保険適用前の方が治療費が抑えられ、かつ医療従事者側が提案できる診療にも幅があった、というケースが往々にしてあります。日本では自由診療と保険診療を組み合わせた『混合診療』は認められておらず、一部でも自由診療を行った場合は全ての治療が自由診療になってしまうという決まりもあります。そのため保険適用化によって、かえって治療費が高額になってしまう患者が一定数いることは、忘れてはならない事実です。」(市山院長)

保険診療では診療内容の詳細、つまり使える薬剤の種類や量、検査の回数まで限定されており、全ての不妊治療患者に個別最適な診療をカバーできるものではない。薬剤の投与量や検査回数が規定を超える場合は、医療の質を下げ治療を制限する、クリニックが無償で規定数以上を提供する、患者が保険適用外の診療(自費診療)を選択する、このいずれかを選択するしかない。

例えば良好な受精卵を獲得するために重要な超音波検査の回数は、1周期あたり2~3回。それ以上となるとクリニックが無償で行っているケースも少なくない。今すぐの挙児ではなく将来に備えた受精卵の凍結「予防的胚(受精卵)凍結」や、受精卵を獲得した後の二人目以降を想定した追加治療、いわゆる「貯卵」も現在の保険診療では認められていない。一度の採卵術で多くの受精卵を獲得できる患者は良いが、もともと卵子の数が少なく一度に複数個凍結が出来ない患者が数年後に二人目や三人目が欲しいといった場合、一人目の妊娠、分娩、授乳の数年間で妊孕性は低下し、再度採卵術から行おうとしても難治性の不妊症となり、家族計画実現の壁となってしまう。

高度生殖医療の歴史はまだ40年程度。日本ではこれまで自由診療だったからこそスピード感を持って発展してきた歴史もある。不妊治療はがん治療などと異なり、大病院よりプライベートクリニックが主に診療の中心を担ってきたことから、臨床研究が進みやすかった。保険適用により治療が標準化することで、臨床研究に伴う研究費用の捻出は難しくなるにもかかわらず、保険診療として認められるためには研究を重ね、承認を得なければならず、これにはかなりの時間を要する。不妊治療が保険適用となった今、新たな治療法の開発はこれまでと比べて大幅にハードルが上がることとなった。

医療施設の経営悪化も懸念される。自由診療であるからこそ、患者個別に必要な医療サービスに投資ができていた病院などは、保険診療下では収益の回収が難しく、個別性の高い診療をやめる可能性もある。

例えば一般的な治療では良好な結果を得られない患者のために、高額な医療機器や技術、培養液などを使用してもかかる費用は病院の持ち出しとなる。採卵術に向けた精子の凍結は無償であり、年度ごとの更新の費用も同様である。患者のメンタルヘルスをケアするための心理カウンセリングは、保険点数がつかない。収入減により経営悪化が危惧される病院にとって、採算の合わない治療内容は憚られることとなる。特にアクセスのよい立地は当然賃料も高く、都心部では当然人件費も嵩むため、都心において医療施設の経営はより難しくなる。

保険適用は「絶対解」ではない——本質的な課題解決に向けて

不妊治療の保険適用化から、1年。成果もたくさんある一方で、課題も多い現状に対して、これからどう変化していくべきなのか。

「保険適用によって、より広く、より多くの患者を救うことができるようになったことは事実です。しかし本質的な少子化対策としては、解決すべき課題が多く存在するのが現状と言わざるを得ません。不妊治療は長期戦で、出口のないトンネルにいるようなもの。その中で私たち医療者は、患者にとっての小さな光でありたいと思っています。医療者にとって決して楽な状況ではない不妊治療の世界において、これからは心から熱意のある医療者だけが生き残っていく。その中で、患者のため、日本の未来のために、あるべき不妊治療の形を改めて考えていきたい。そう思っています。」(田中院長)

【取材協力】

<トーチクリニック 院長 市山卓彦>
国内に約900名程しかいない生殖医療の専門医。国内有数の不妊治療施設セントマザー産婦人科医院を経て、順天堂浦安大学病院で不妊治療に携わる。2019年には国際学会で日本人唯一の表彰を受け、2021年には同学会で世界的な権威と共に招待公演に登壇するなど研究の分野でも注目されている。
通院の負荷をはじめとした不妊治療に対する社会課題を感じ、患者が仕事と不妊治療を両立できる世界を目指し、2022年5月恵比寿に不妊治療専門クリニック「トーチクリニック」を開院。
トーチクリニック

<セントマザー産婦人科医院 院長 田中温>

1990年に福岡県北九州市にセントマザー産婦人科医院を開院。日本国内のみならず海外からの患者・ドクターの受け入れも行うなど幅広い活動と治療を展開。長年、不妊治療のエキスパートとして数々の実績を残し、現在もさまざまな研究者と協力体制を組みながら、新しい不妊治療の方法の発見にも尽力している。1985年に国内で初めてのギフト法による妊娠・出産を成功し、海外でも高い評価を得る高度生殖医療の第一人者。
セントマザー産婦人科医院

取材・文 / Kikka

@DIMEのSNSアカウントをフォローしよう!

DIME最新号

最新号
2024年7月16日(火) 発売

超豪華付録「3WAYハンディ扇風機」付きのDIME最新号では「ヒット商品は『推し』が9割!」を大特集!

人気のタグ

おすすめのサイト

ページトップへ

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第6091713号)です。詳しくは[ABJマーク]または[電子出版制作・流通協議会]で検索してください。