連載/山田美保子のデキる接客に学ぶ人心掌握術
「お楽しみいただけましたか?」
某ホテルの一室で鼎談の司会をした後、放送作家として関わっているレギュラー番組の収録立ち合いまで少し時間が空いてしまった。
小腹も空いていたので立ち寄ったホテル内のカフェレストラン。15時30分というビミョーな時間帯だったが、入口で確認すると、サンドイッチやケーキなどの軽食を食べられるとのことで入ることにした。
それほど混んでいなかったからなのか、通されたのは店奥にある4人掛けのソファー席。
驚いたのは、そこから何人もの“おひとりさま”が立て続けに入ってきて、私と並びのソファー席に案内されたことである。
お茶とケーキの人、スープとパンの人、お茶のみの人……、メニューを確認せずオーダーしているところをみると、その人たちは同店を頻繁に利用している“おひとりさま”のようだった。
私が注文したのは「アメリカンクラブハウスサンド」とアイスコーヒー。その日の私は比較的、時間に余裕があったこともあるし、ホテルらしく、同店のゆっくりした時間に抗うこともしなかった。たとえ出てくるのが多少遅かったとしても、「遅い!」とキリキリするようなことはなかったと思う。が、アイスコーヒーもアメリカンクラブハウスサンドも一切「待たされた」という印象はなく、さすがはホテルのカフェレストランだと感心してしまった。
それだけではない、大量のフライドポテトとピクルスが付いた贅沢なプレートや小さな器に適量より少し多めに入れられたケチャップとマスタードなどがいちいちホテルならでは。味もさすがに美味しくて、一口ごとに感動しながら食べ進んでいった私である。
“おひとりさま”は淋しいお客に非ず
とにかく店内は静かだった。全体を見渡すと、それなりにお客は入っていたのだが、3~4人のお客は手前に、“おひとりさま”のお客は奥へと、分けて案内していたようだ。つまり私の周りには複数客がいなかったということ。これだけでも同店のお客それぞれへの気遣いが感じられたものだ。私と同じ“おひとりさま”の中には文庫本を手に読みふけっている男性さえいたほどである。
“おひとりさま”が「淋しいお客ではない」ことを店側がよくわかっていたということだ。だから、スタッフはみな、お客に話しかけないだけでなく、余計な接客はしないと決められているように見えた。店のスタッフたちはお客に頼まれたことや言われたことだけを淡々と、しかしその都度、完璧にこなしていたものである。
たとえば私がフライドポテトを手づかみで食べ、頻繁に紙ナプキンで指を拭いていたせいで最初にテーブルに出された紙ナプキンがよれよれになり始めていた。新しいモノが欲しいなぁと思って目を上げたとき、男性のスタッフと目が合った。偶然ではなかったと思う。それほど多くはない人数のスタッフが常にフロアに目配りをしていたようである。程なくして新しい紙ナプキンがスッと出てきた。
「ありがとうございます」と言いながら心の中で大拍手を贈ってしまった。
フロアスタッフのNGワードとは?
飲食店の接客で私がいちばん困ってしまうのは、料理長でもないフロア担当のスタッフから「お味はいかがでしたか?」と聞かれることである。
20代からよく利用していた同じ系列のカレーショップとイタリアンレストランと高級和食店では、きっとマニュアルに記されていたのだろう。店員から必ず、こう聞かれたものだった。
連れと会話が弾んでいる最中にテーブルにやってきたスタッフから「お味は…」と聞かれた日には「あ…、美味しかったです」と、こちらもいい加減なリアクションしかできない。万が一、こちらが皿に何かを残していた場合には、「お味は…」の中に、「美味しくなかったんですか?」「どこが悪かったか教えていただけませんか?」と言われそうな“恐怖”さえ覚えたものだ。
「食後のデザートはいかがですか?」も実は困ってしまう一言である。頼みたかったら、たぶん、こちらから言うと思いますよ…というのが本音だ。