こんにちは。
弁護士の林 孝匡です。
宇宙イチ分かりやすい法律解説を目指しています。
【退職のススメ方しつこっ!】事件を解説します。しつこさをデフォルメすると、
会社
「ユー、辞めない?」
Xさん
「辞めたくありません」
〜 後日 〜
会社
「ユー、本当に辞めないの?」
「自分から辞めないと解雇になっちゃうかもよ」
Xさん
「自分から辞めることはしません」
〜 後日 〜
会社
「話は変わるけどさ、ユー、辞めない?」
裁判所
「しつこ!この退職勧奨やりすぎ、違法!」
「慰謝料30万円!」
みたいな事件です(エム・シー・アンド・ビー事件:京都地裁 H26.2.27)
バックペイは衝撃の800万円超え。バックペイの詳細は以下をご覧ください。
※ 判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話風に変換
登場人物
▼ 会社
・広告の制作などを行う会社
▼ Xさん
・メディカルコピーライター
(製薬会社の商品の広告など)
うつ病が治らず
▼ うつ病を発症
Xさんは入社して約2年でうつ病にかかってしまいます。服薬しながら仕事を続けていたのですが…治らず。
▼ 休職
約6ヶ月、休職しました。
▼ 復活
復職後は、少し軽い仕事につきました。アシスタント業務です。給料75%になってしまいましたが、勤務時間が少し短くなったりしました。業務量も抑えてもらうよう要望したようです。
しかし、徐々に負荷がかかっていったようです。直接顧客との窓口となって対応などの仕事が降りかかってきました。
▼ 給料が戻る
約1年3ヶ月後、給料が戻ります。こんなやりとりがありました。
上司
「給料を元に戻してほしいのであれば、他の社員と同じ条件で頑張れるか」
Xさん
「頑張ります」
Xさんは頑張っていたんですがが、まだうつ病治療中のXさんにとってサバききれない量の仕事が割り振られるようになりました。
その結果、再び体調が悪化。勤務時間中に机につっ伏して寝ていることが多かったようです。上司は「人目につかない場所で休みなさい」と忠告していました。
ゴリゴリ面談
会社は「こりゃダメだな…」と考えたのでしょう。退職勧奨をおっぱじめます。約10日間で5回の面談。少し長くなりますが面談の様子をお届けします(判決文を要約)
▼ 第1回面談(8.22)
Xさんは、上司2名に呼び出されました。「体調悪化が心配だ」として退職勧奨を受けました。辞めたほうが良いのでは?ってことですね。
▼ 第2回面談(8.24)
約1時間。なげぇ!
(裁判官も長さに着目しています)
こんなやりとりが行われました。
Xさん
「どう見ても自分がこなせない量の仕事が割り振られました…」
上司
「自分でコントロールできない量が絶対来ます。そのような仕事をこなさなければならないのが通常の業務です」
上司
「薬の量も増えておりXさんの体調がもっと悪くなる気がする。それはXさんにとって苦しいだけだと思うから、一旦、仕事や会社から離れてリセットした方がXさんのために良いのではないか」
Xさん
「仕事を続けたいです」
上司
「続けたいという気持ちは分かるが、いま聞いているのは続けられるかということです」
Xさん
「業務量が限定されれれば出来ると思います。『辞めます』とは言いたくありません」
「私が退職に応じなかった場合、会社はどのように対応するのでしょうか」
上司
「解雇になる」
Xさん
「休職という手段はなく、選択肢としては合意するか解雇かの2つなのでしょうか?」
上司
「基本的にはそうなる。会社として退職勧奨するのは そういうことです。ただ、基本解雇にはしたくないし、本人も嫌だと思うから、考えてということになる」
■ 林のガヤ
会社が「解雇にしたくない」のは、解雇してXさんから訴えられたら会社が負ける可能性がチョ〜高いからです。実際、今回、会社は負けてますし。
▼ 第3回面談(8.26)
2時間。前回の2倍!
面談のゴングが鳴るやいなや
Xさん
「気持ちの上で納得がいかない部分もどうしてもあるので、自分から辞めますとは言いたくありません」
上司
「解雇となるとハローワークへの提出書類の中に理由を書かなければなりません。その理由は転職先に伝わりますが、それは損だと思いますよ」
Xさん
「それでも構いません」
上司
「その理由が分からないですね。自己都合とした方が今後のことを含めて一番いい選択だと思います。私たちが1番心配しているのはXさんの体調のことです」
Xさん
「それなら私が『この仕事量は無理です…」と伝えたときに、なぜ私の体調ではなくて仕事の方を優先したんですか。そこまでの量じゃなかったら体調は悪化しなかったと思います」
上司
「だから、そういう仕事の業態ではありません。この量でそのままずっと続ければいいという仕事ではない」
Xさん
「その経緯に納得がいかないんです。私は自分から『辞めさせていただきます』とは返事できません。この気持ちは変わりません。自分が会社にいることで会社のデメリットになると判断されるのであれば解雇と言われても文句は言えないと思っています」
上司
「1ヶ月単位の有期契約もあるがどうか」
Xさん
「納得できません」
▼ 第4回面談(8.29)
Xさん
「気持ちは変わりません。判断は会社に任せます。私から退職の意思表示はしません」
▼ 最終面談(8.30)
1時間。ついにラスボス(社長)が登場します。
社長
「専門社員とか契約社員はイヤなのか」
Xさん
「今までの経緯から考えて一定期間ですぐに雇用を打ち切られる懸念はぬぐえないので、今の段階では信用できません」
「退職勧奨はするけれども解雇はしないということでしょうか?」
社長
「ニコイチで言ったら、そうだ」
Xさん
「そうであれば私は、退職しないという自分の考えを変える気はありません」
社長
「じゃ、他の正社員と同じくバリバリがんばってやる、それだけの話や。居続けるというのであれば『がんばってください』としか僕は言いようがない。結果を出してくれたらそれでエエ。ほんましんどいぜ。これ以上何もなければ解雇はしない。がんばってくれたらええやん」
いきなり大阪弁!
(判決からそのまま抜粋してます)
▼ さらに体調が悪化
面談後、Xさん体調はさらに悪化しました。その後、3ヶ月休職しました(9.1〜11.30)
▼ 退職に追い込まれる (自動退職)
12.1
会社から「休職期間満了なので退職となります」と通知がきました。
Xさんは訴訟を提起
裁判所のジャッジ
Xさんの勝ちです。
裁判所は
「この退職勧奨はやりすぎ。慰謝料30万はらえ」
「自動退職もダメ。バックペイ約812万円はらえ」
と判断。
順番に解説します。
▼ 退職勧奨、やりすぎ
裁判所
「この退職勧奨は、やりすぎ、違法です」
〈理由〉
・退職勧奨に応じなければ解雇するかもよ、と匂わせている(第2回面談)
・自分から辞めるとは言いたくないと再三、言ってるのにもかかわらず退職勧奨を繰り返している
・Xさんは「業務量を調整すれば働ける」と伝えたのに応じていない
・面談は長時間
■ 補足
会社が「ユー、辞めない?」と持ちかけるのはOKなんですが、応じるかどうかは完全に社員の自由なんです。なので社員が自由に意思決定できないくらい会社がゴリ押すと違法になります。
裁判所が「これはやりすぎかな?」と考える際の事情としては、
・「退職も考えてみない?」と勧める回数
・期間
・立会人が何人いたのか
・優遇措置の有無など
があります。
ーーー 慰謝料は、いかほどでしょうか?
裁判所
「30万円です」
▼自動退職も、ダメ〜
裁判所
「再三の退職勧奨が原因でXさんはうつ病が悪化して休職に追い込まれてるよね。Xさんのうつ病悪化は【業務上】生じたものだ。なので自動退職は無効!」
以下の条文です。
労働基準法 第19条
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。
【仕事が原因】でケガしたり精神疾病にかかっている場合は解雇できないんです。解雇しても無効です。無効ってことは…
▼ 衝撃のバックペイ
バックペイが会社に襲い掛かります。裁判所は会社に「バックペイを2年4ヶ月分お支払いしなさい(約812万円)」と命じました。これは強烈ですね。
Q.
バックペイって何ですか?
A.
過去にさかのぼって給料がもらえることです。具体的には【解雇された日から → 訴訟になって → 判決が確定する日までの給料】のことです(民法536条2項)もし裁判が4年続けば、4年分の給料がもらえます。働いていないのに。
Q. 転職してしまった場合は、どうなるんでしょうか?
A.
転職したとしても基本、6割の給料をもらえます。ただし「元職場に戻る意思がある」と認定できる期間分だけです。裁判官が「もう戻るつもりないよね」と認定した時点以降はもらえません。
バックペイをさらに知りたい方はコチラ
ほかの裁判例
コチラの裁判例もどうぞ。
会社が「Fish? or Beef?」みたいな感じで「懲戒解雇になるかもよ?自主退職したほうがいいんじゃない?」みたいに迫ってきた事件です。Xさんは懲戒解雇を避けるために退職届を提出して自主退職。しかし・・・納得できず訴訟を提起。
裁判所
「Xさんの勝ち!懲戒解雇できないケースなのにちらつかせて自主退職を迫ってるよね。だから自主退職は無効。会社はXさんに過去の給料も夏のボーナスも冬もボーナスも払いたまえ、数百万」と命じました。
さいごに
▼ 証拠あつめ
今回の事件のように慰謝料請求できる可能性があるので、
・面談を録音しておく
・退職したくなければ明言しておく
・面談の経過(しつこさ)を記録しておく
を心がけましょう!
▼ 相談するところ
もし会社から二者択一を迫られている方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。
労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。「こんな解説してほしいな〜」があれば下記URLからポストして下さい。ではまた次の記事でお会いしましょう!
取材・文/林 孝匡(弁護士)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。
webメディアで皆様に知恵をお届け中。「
https://hayashi-jurist.jp(←
https://twitter.com/