『大乱闘スマッシュブラザーズ(スマブラ)』シリーズなど人気ゲームタイトルを数多く手掛けてきたゲームクリエイター、桜井政博さん。2022年8月に始めたYouTubeチャンネル『桜井政博のゲーム作るには』は、自身の”終活”だと語った。その言葉の真意や、競技としてゲームを楽しむ、いわゆる”ガチ勢”に対する桜井さんの考え方、そして今後の展望について聞いた。
■桜井さんプロフィール
有限会社ソラ代表取締役。1990年に株式会社ハル研究所へ入社し、1992年に『星のカービィ』シリーズを制作。1999年に発売された『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』を始めとした『スマブラ』シリーズのディレクターを務める。2003年にハル研究所を退社後、2005年に有限会社ソラを設立。2022年8月、YouTubeチャンネル『桜井政博のゲーム作るには』を開設。
YouTubeはゲーム業界への貢献、そして自身の”終活”
『星のカービィ』シリーズや『スマブラ』シリーズなど、世界的に有名なゲームタイトルを多数手がけてきたゲームクリエイター、桜井政博さん。自身がディレクターを務めた『スマブラ』シリーズ最新作『大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL(以下、スマブラSP)』は、23年3月末時点で全世界売上本数3109万本という驚異的な記録を誇っている。『スマブラSP』追加コンテンツ(※)の制作が終わり、休息期間を設けるのか、はたまた新しいゲームタイトルの制作に取り掛かるのか――桜井さんの動向に注目が集まっていた。
そして2022年8月、YouTubeチャンネル『桜井政博のゲーム作るには』を開設し、ゲーム開発のノウハウについて動画として公開するという、これまでとは全く異なる方向性の活動を行っている。
※本作自体の発売日は2018年12月だが、それ以降も追加コンテンツとしてキャラクターやステージなどの開発が続けられていた。
「世界中のゲームの面白さを少しだけ底上げする」ことを目標に、ゲーム開発で役立つ考え方や仕事の進め方、自身が過去に手掛けた作品の開発秘話などを紹介している。長い動画で10分程度、短いものだと2分程度という短時間でサクッと見られる動画が多い上、ゲーム業界以外でも役立つ情報が多い。特に「仕事の姿勢」カテゴリとして制作した動画にはビジネスマンや学生など幅広い世代にとって有用な内容が多い。
「ゲームの開発話なんてニッチもニッチ。内容がヒットする人は凄く狭くはありますが、話を紐解いて意図まで遡ると、誰にでも通用する話になります。そこを上手く伝えられたらと考えています」
YouTubeは桜井さんが自発的に立ち上げた企画だが、これは自身のキャリアの中でもかなり珍しいことだそうだ。
「『新・光神話 パルテナの鏡』も『大乱闘スマッシュブラザーズ for Nintendo 3DS / Wii U』も『スマブラSP』もすべて、任天堂の依頼を受けて制作したものです。しかし、YouTube活動は誰かから求められたわけではないんですよね。なので、仕事としては私の中でもかなり特別な扱いになっています」
「企画コンセプト」カテゴリの動画は、過去に桜井さんが制作に携わったゲームタイトルについて、開発当初のコンセプトやそれを実現するための具体的な手法などについて解説している。
YouTubeを始めた意図は”貢献”だと桜井さんは説明する。
「ゲーム制作者としての人生が20歳から60歳までだとしたら、もう3/4を使っていることになります。自分のクリエイター人生が終わろうとしていると捉えたとき、ゲーム業界に対する効果的な貢献は何か。結果、この番組を作るということを思いついたわけです。この活動は自分にとって終活に近いものかなと。おそらくYouTubeが無かったら、動画という選択肢は取っていなかったと思います。YouTubeを使った理由は、普段みなさんがどれほどYouTubeを利用しているかを考えたら、言うまでもないことかなと思います」
実際にYouTubeを利用して、改めてその凄さを知ったそうだ。
「アナリティクスを元に、YouTube側から動画の注目度を上げるための方法について次々と提案してくれるんですよね。しかも本当にスルッと出してくれる。ここまで分析してくれるというのは、今までになかった体験だなと思います。ただ、あんまり真に受け過ぎると、一般的なYouTube番組になってしまう。自分なりの考えかたで進めることも大事だと思います」
YouTubeチャンネルは日本語版と英語版の2つを作成し、それぞれの動画を同時に公開している。記事作成時点におけるチャンネル登録者数は、日本語版が52万1000人、英語版が54万8000人。
”広くて深い”が難しい
ディレクターとして初めて制作した『星のカービィ』から、実に30年以上ゲーム制作に携わってきた桜井さんだが、時代とともにゲームの楽しみ方は変わってきていると感じるそうだ。
「特にオンラインによる変化がとても大きいと感じています」
確かにオンラインによるプレイが可能になったことで、見知らぬ人と協力したり、友達と集まらなくても家で一緒にプレイすることができるようになった。加えて、インターネットの発展によってゲーム実況配信やeスポーツなど、これまでになかったゲームの楽しみ方も生まれてきている。
その中でも『スマブラ』シリーズは、大会を始めとしたユーザー開催のイベントが非常に多く、独自の文化を築き上げている。一般的なファンが多いのはもちろん、競技として楽しんでいるファンも多いことに対して、喜ばしいことだと桜井さんは語る。
「コミュニティというのは、基本的にお客さん、つまりファンが築き上げるものだと思っています。その中において、自分の作品に対する理想や思想があったとしても無かったとしても、つくり手としての私はあまり押し付けをせずに、それぞれが好きなように遊んでほしいと考えています。そんな中で、国内大会では賞金がないにもかかわらず、これだけ『スマブラ』の大会が流行っているって素晴らしいですね。
私の作品は二面性があって、”広くて深い”を求めています。間口は広いけれど、しっかりマニアックにも遊べること。兄弟や友達が集まってお家でワイワイ遊ぶのも、大会などでガッチリかけひきを味わうのも、一本のソフトでできます。両立はとても難しいことですが、どちらも大事なんですよね。
一方で、コアユーザー、いわゆる”ガチ勢”至上のゲームになることは望ましくないと桜井さんは明かす。
「それってつまり、上位に至る頂点の人しか遊べなくなってしまうわけで、裾野にいる人が諦めを持たないといけないということになってしまいます。観戦するだけでも楽しめはしますが、やはりプレイに参加してもらうことが大前提。だからガチ勢のプレイヤーには遊ばれないことは分かっているけれど、100以上の個性的なステージを作ったし、アイテムなども多数盛り込みました。勝敗にランダム性やアクシデントが起こることで、家族や友人とカジュアルに楽しめるという土壌を大切にしたい。その上で、やり込みたい人にとってもちゃんと遊べるゲームにする。それぞれに向いた要素を作っておいて、打てば響くようにすることが大事なんじゃないかなと思っています」
忘れてはいけないのは、ゲームが発売されている限り、いつでも新しくゲームを購入して遊ぶ人がいることだ。
「覗き見程度でプレイした人が、上級者のプレイングを見て『ああ、自分じゃどうにもならないな』と諦めてしまうような環境にはしたくありません。そういう意味ではオンラインプレイの扱いは難しい。どうしても競争になってしまいますから」
初めてディレクターとして手掛けた『星のカービィ』のコンセプトは「ゲーム初心者をゲームの世界に導く」。企画当時19歳だった桜井さんは、既にゲームの裾野をどうやって広げるか、という部分に着目していた。
今の自分の役割に全力を注ぐ
”貢献”をテーマにはじめたYouTubeでの情報発信だが、その先にどういった未来を予想しているのだろうか。
「全く見えないと言ってもいいですね。世界情勢や経済も、1年前と今で全く様変わりしていますし、コロナ禍も全くの想定外でした。どこで何が起きるかわからないし、明日自分が死んでしまうかもしれない。だから、未来のことについては、あんまり考えすぎてもしょうがないんだと思います。
YouTubeの活動は未来に対する投資に近いですが、その先の未来っていうのは、やっぱりそれぞれの人がしたいことをして、なるようにしかならないと思っています。その選択肢を増やすための道具として、私の番組があればいいなと思います」
動画「苦労は忘れる、作品は残る 【仕事の姿勢】」内では、何かの制作中には、その作品に触れる人のことを思い、その人達に報いることを考えながら仕事に励むことを語っている。桜井さんのYouTube活動も、まさにこの理念があってこその取り組みだといえる。
ここまで業界の発展に尽力する桜井さんだが、意外にも業界に対する課題感は特に持っていないそうだ。
「未来はなるようにしかなりませんからね。YouTube活動に対する使命感も、正直持っていません。収益化もしていませんから。
もしYouTubeの活動を”利益につなげよう”という気持ちがあるなら、ゲーム制作会社を立ちあげて、スタッフを募集しているでしょうね。でも、そういうことではないんです」
ここまで話を聞いて筆者が感じたのが、桜井さんは徹底的に自分の求められている役割を意識していることだ。業界内や今の世の中における自身の立場、世の中は今何を求めているのか、そしてそれに対して自分が為すべき役割とは何かを常に考えている。だからこそ、今できることに真摯に取り組むことが、桜井さんにとって最も重要なことなのだろう。
「YouTube活動も含めて毎回そうなんですけれども、未来のことは基本的に考えないんですよね。その時、その瞬間に全力を注いでるっていうことがほとんどなので。どのような依頼があるのか、自分の立ち位置、あるいは世間の流れがどうなっているのかは終わってみないと分からない。だから都度考えています。
とはいえ、YouTube活動は未来のゲーム業界への投資です。将来的にゲームがどのように変容するのかというのを考えたときに、それほど大きな効果は得られないかもしれないし、絶対に正解なんてないんだけれども、ボディブローのように、なんらかの形でいろんなところに効いてきたらいいなと思いながら作っているところです」
取材・文/桑元康平(すいのこ)
1990年、鹿児島県生まれ。プロゲーマー。鹿児島大学大学院で焼酎製造学を専攻。卒業後、大手焼酎メーカー勤務を経て、2019年5月から2022年8月まで、eスポーツのイベント運営等を行うウェルプレイド・ライゼストに所属。現在はフリーエージェントの「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのプロ選手として活動中。代表作に『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館新書)。