■連載/阿部純子のトレンド探検隊
2018年に設立された「EXIT」は、日本で最初に「退職代行」を専業として展開したパイオニアで、業界最大手の退職代行業者。退職に必要な手続きをサポートし、退職成功率100%の実績を持つ。正社員、契約社員、派遣社員、公務員などあらゆる雇用形態に対応しており、依頼したその日から出社せずに退職することが可能だ。
辞めたくても辞められない人の“出口”を提供してきた EXITの代表取締役・新野俊幸氏に、退職者の状況や、「辞めることは悪い」という日本独特の空気感など、退職をめぐる課題などを聞いた。
【新野俊幸氏 プロフィール】
1989年生まれ。青山学院大学を卒業後、ソフトバンク株式会社、株式会社リクルート、株式会社サイバー・バズを経て、自身の退職経験から2017年に「退職代行」のコンセプトを打ち出す。小学校時代の親友であり、2017年に個人名義で退職代行事業を開始していた岡崎雄一郎氏と共に2018年EXIT株式会社を設立。
「退職代行」のコンセプトが生まれたきっかけ
私自身、人生で3回の転職を経験しており、すべての退職のときに苦痛を味わったことが原点にあります。
新卒で入った会社は営業職だったこともあり毎日怒鳴られている状況で、パワハラが理由で、1年で退職しました。当時(2012年)はまだ転職が当たり前という時代ではなく、最低3年は働けという風潮が残っていて、自身もそう思っていたので、こんなに早く辞めて大丈夫かという不安がありました。同期や先輩、上司、両親にも相談しましたが案の定、全員から止められました。
部長には「お前を採用するのにいくらかかったと思っているんだ!?」と激しい口調で叱責されましたし、一方で「君が辞めたって会社は変わらないのだからどうでもいいよ」という人もいて、まだ1年目で成績も上げていなかったので、自分でも逃げているんじゃないかと精神的にとても辛く、こんな状況の中で「辞めたい」という意思を押し通すことに苦労したのです。
2社目は1社目ほどのパワハラはなかったですが、それでも23時に会議室で罵声を浴びせられるようなこともよくあり、1年足らずで辞めることになりました。自分の中では「負けない」という気持ちはあったものの、やりたいことと違うという思いもあり退職しましたが、その時にも人事から「逃げるな」と言われましたね。自分からすると辞めることは「逃げ」ではなく「攻め」でしかなかったんですけどね。
3社目はベンチャー企業で、1、2社目よりは環境は良かったのですが、成果を上げているからこその辞めづらさがありました。家族企業のような感覚だったので、自分の中ではみんなを裏切ったという気持ちがありました。
結局、どんな状況でも辞めづらいということがわかりました。自分の周りでも辞めたくても辞められず無理やり続けている人が多く、辞めると言えない人たちの退職をアウトソーシングという形で手助けできるのなら、誰しもが自分の意思を尊重できる社会になるのではないかという想いで、2017年に退職代行サービスを開始し、2018年にEXIT株式会社を設立しました。
創業当時は退職代行という概念自体がなく、「退職代行ですが〇〇さんが退職します」と会社に電話をかけると「そんなもの聞いたことない」と怪しまれることも多かったですね。今では退職代行と言うと「ああ、来てしまったか」というような対応に変わってきましたが(笑)。
依頼者は製造業、飲食、医療、美容、営業職など、一般的にブラックと言われる業種が多いですが、神社など特殊なケースもあり、業種は問わず退職希望者がいるという印象です。
弊社の利用者調査では、30代以下の利用者が約8割で、特に20代の割合が大きく占めています。勤続年数も1年未満の利用者が約6割になり、勤続期間が3か月未満で退職する人も年々上昇傾向にあります。
責任のある立場の世代は、より辞めると言えないことが多く、勤務歴20年以上の部長からの依頼もありました。地方だと血縁関係のある家族経営の場合もあり、小さなコミュニティーだからこそ言いづらいというケースもあります。60代の正社員の女性からは「陰口が多くてつらい」と依頼を受けました。辞めたい理由はハラスメントや過酷な労働条件が多く、年代を問わず共通だと感じています。
企業側に問われる組織の闇
建設業の方からの依頼があり会社に電話したところ、内容は理解してもらえましたが、「今日は現場があって人が足りなくて困るから、代わりにお前が来い」と言われ、その時の依頼者が会社の車を返しに行く時に待ち伏せされ、追いかけられたこともありました。
ここまで極端ではなくても、上司が自宅に押し掛けてくるなど、無理に引き止められるケースはかなりあります。
「出社できない」と泣きながらEXITに電話してきた方もいました。依頼者から泣きながら感謝の気持ちを伝えられたこともあります。大の大人が泣くほど大変なものなのかと驚かれるかもしれませんが、依頼される方は「絶対に辞められない」と思い込んでいるのです。
自分で退職届を出して辞めた人にとっては、なぜお金を払ってまで代行に頼むのかと思うかもしれませんが、普通に辞めることができたのは会社の環境が良かったということ。毎日理不尽に怒鳴られて、どんどん追い詰められて、辞めたくても辞められない……という状況は、良い環境で働いている方には想像できないのかもしれません。
退職は法律で定められている労働者の権利で、退職届を会社に出せば成立するものです。わかっていてもできないのは、自分だけで退職の手続きをすることに不安があるからで、その不安な部分を取り除いて依頼者に寄り添うことが、この仕事の一番大事なところだと今までの経験で実感しました。
本来、会社と従業員は対等の関係であるはずなのに、会社に隷属してしまっており、辞めたくても自分では辞めることができない。また、退職を希望する場合、職場の人間関係が良くないことが多く、言い出しにくい環境にある可能性が高い。「絶対にここから抜け出せないと思っていました。新野さんはメシアです」と言われたこともあり、そこまで追い込まれる人たちが多いことを日々実感しています。
正社員であれば退職届を出したら2週間後には辞めることができます。その2週間を欠勤扱いにしてもらえば、退職届を出した翌日から会社に行かなくて済みます。
ただし、普通に辞めようとすると、退職届を出した後も、3か月~半年くらいは会社に残って残務処理などを実施することを要求されます。日本人は真面目な方が多いので、その要求を断れず、自分の希望に反して会社に残留することになります。その間は気まずいですし、次の仕事に生かすことがあまりない数か月になってしまいます。退職代行を使えば、依頼した翌日から出社する必要もなくなり、すぐに次の職場で働く準備ができるので、その点でも感謝されています。
ラーメン店の店長の方がブラックな環境だったことから退職を希望していました。その方が辞めると店が回らず辞められない状況とのこと。しかし、体調が悪くて休む可能性もあるわけですし、その人がいないと店が回らないというのは経営側の問題です。
このような状況にある場合は、「あなたがいなくなり、仮に店がつぶれたとなっても、それは会社の責任であなたの責任じゃありません。辞める権利はあるんですよ」と諭すところから始まります。そこで本人も辞めていいんだと気がついてくれます。
業種は異なりますがライザップと似ているかもしれません。一人でも筋トレなど運動をすれば鍛えられるけれど、結局一人だと挫折して続かない。同様に退職も一人ではできない人に、寄り添って一緒にやってあげるところに退職代行のニーズがあると思います。