クラフトビールの人気が続いている。年間の醸造量がミニマム6000リットルのマイクロブルワリーは現在約700軒を数え、2023年も増えると見込まれている。人気の高まりとともに定評あるクラフトビールが増え、醸造設備にもその波及効果が見られる。多くのマイクロブルワリーは海外製のタンクを導入しているが、町工場が集積する東京の大田区でビールタンク造りが始まった。
大田区池上のビアバー「RE.Beer」に設置されたメイド・イン・大田区の150リットルのタンク。
ものづくりの大田区だから醸造設備も「メイド・イン・大田区」で
飲みながらガラス越しにビールタンクが見える、そんなビアバーも最近、増えている。銀色のピカピカのタンクは、見ているだけでビールをおいしくしてくれる。
麦芽の仕込み、発酵、貯蔵、ビール製造のすべての工程でなくてはならないタンク。大手のビールメーカーが使う100キロリットル級の大型タンクは国内のプラント機器メーカーが製造しているが、マイクロブルワリーが求める小型タンクの多くは海外製だ。
日本では1990年代半ばの地ビール解禁でマイクロブルワリーが登場したわけだが、それまでは小型タンクの需要も市場もない。地ビールをつくるには、海外から設備を輸入するしかなかったという事情がある。また、今では第一次と呼ばれる地ビール人気は、市場へ十分に根づく前にフェイドアウトし、国内の設備産業が何か起こさせるような影響力を持つに至らなかったとも言える。
それから20年が経って、クラフトビール人気がいっそうの盛り上がりを見せている。そんな中、3500の町工場が集積する東京大田区で、国産ビールタンクづくりが始まったのだ。
きっかけは、大田区でクラフトビールブルワリーやビアバーを経営する大鵬(たいほう)の大屋幸子社長が、「せっかく大田区でクラフトビールをつくるのなら、醸造設備をメイド・イン・大田区で造りませんか?」と提案したことだ。
大鵬は2020年、羽田空港近くのイノベーションシティに羽田スカイブルーイングをオープン。小さなブルワリースペースには300リットルのタンクが3つ、仕込み釜1つが所狭しと設置されている。小型タンクでは定評のあるスロベニア製ではあるが、「大田区の町工場の技術を集めればできるじゃない?」というわけだ。原料に地場の野菜や果物を使うビールは珍しくないが、設備が地場産のブルワリーは非常に珍しい。
もともと大鵬の大屋社長には、クラフトビールをまちの活性化やコミュニティづくりにつなげたいという思いが強い。新たにオープンするブルーバーに、大田区の町工場で造ったタンクを置きたいと、かねてから知り合いだった工作機械の開発設計会社クラフトワークス(大田区大森南)の伊藤寿美夫代表に、「メイド・イン・大田区のビールタンクを造りたい」ともちかけた。
クラフトワークスの伊藤寿美夫社長(右)と、技術部長の金輪大地さん。会社は大森南4丁目の工業アパート「テクノFRONT森ヶ崎」に入居する。
マイクロブルワリーのタンク市場はまだ伸びる
クラフトワークスの本業はプラント設備製造ではない。工作機械をメインに、実験研究用ロボットや各種実験機、試作機の開発と設計を行う。もともと大田区には日本有数の精密機器メーカーの部品を扱うハイテクな工場が多いが、クラフトワークスもそのひとつ。醸造タンクを造ったことはない。しかし伊藤社長は引き受けた。大鵬から依頼されたのは150 リットルの小型タンクだ。
「タンクそのものは、特段に難しい技術を要するものではありません。私たちの実験機や試作機設計の経験を活かせるところもありました」と、完全に畑違いというわけでもなさそうだ。「メイド・イン・大田区」の心意気に惹かれた部分もある。とはいえ、ビールタンクの設計から始めなければならなかった仕事に、どんな魅力があったのだろうか?
「マイクロブルワリーは現在700軒ほどと言われていますが、今後、醸造設備の市場も伸びると考えられます。現在、小型のタンクはほとんど海外製です。国産の場合、品質はもちろんですが、何より、故障したときに迅速に修理対応できることが大きなアドバンテージ。そこに参入の余地があると思います」と伊藤社長は説明する。
実際のところ、マイクロブルワリーの設備需要は伸びるのか。日本で60年前から醸造タンクを製造し、大きくは100キロリットル級の大手メーカー向け、小さくは120リットルのマイクロブルワリー向けタンクを製造するコトブキテクレックス(本社千葉県袖ケ浦市)の松本憲幸社長によると、マイクロブルワリー向けのタンクの受注は「この先1年ほどは埋まっている」と言う。現在は、同社の中国工場で製造したタンクを日本に移送して点検、発注者のオーダーにカスタマイズして出荷している。全国に数か所の拠点があり、国内メーカーの強みに、やはり「故障したときの修理対応の迅速さ」を挙げる。