7か月かけてオリジナルの生地を開発
ストレッチ性のある生地を全体に採用したのは、シルエットと着心地の良さを両立させるためだった。古屋氏によれば、現在、大きく伸びるハイストレッチ素材の需要が高く、スーツも例外ではないとのこと。きちんと見えつつも楽な着心地を求めるニーズに応えることにした。
ウエストにもストレッチ性を持たせたのは、ウエストが伸びるスラックス『魔法のウエスト』が好評だったからであった。その理由を古屋氏はこのように明かす。
「ウエストに合わせたスラックスを着用すると、脚のシルエットが太く見えてしまうという声をお客様からいただいていました。ウエストストレッチがきいたスラックスだとワンサイズ下げて着用でき、脚がスッキリ見えスタイルアップが叶います。そのため、お客様からの評判が良いです」
生地は『らくQパンツ』用に独自開発した。リラックスできるストレッチ性と、伸びきってしまわずきちんとした見た目が維持できる薄手の生地がなかったからだ。
「伸びた状態から戻ったときにきちんと見えるには、生地を厚くしないといけません。伸びる分だけ生地が必要になるからです」と古屋氏。しかし、生地が分厚くなってしまうと見た目が野暮ったくなり、夏だと暑くて穿きづらくなる。ストレッチ性があり、シルエットが崩れずキレイに見える薄い生地の開発が急務だった。
『らくQパンツ』の開発において取引先との協議で一番時間を要したのは、この生地づくりについてであった。
「出来上がりの感じ、触り心地、ストレッチ性、色落ちしない、毛玉ができにくいなど、われわれは品質面にかなり気を使っています。われわれの基準を満たした強度、雰囲気、風合いを両立させるのに時間がかかりました」
このように振り返る古屋氏。ごく一般的なカジュアルパンツであればまったく問題なく使えるレベルでも、AOKIの品質基準に照らして判断したら合格しなかったものもある。納得できるレベルの生地ができるまでに、7か月ほどの時間を要した。
独自開発したストレッチ性の高い生地
生地のほかに気を使ったのがシルエット。カジュアル、ビジネス問わず着用してもらいやすいものにした。古屋氏は次のように話す。
「店舗には20 代から70代まで、幅広い年齢層のお客様がいらっしゃいます。パンツのシルエットは着用者の年齢や着用シーンにより好みが変わります。われわれからすると、カジュアルなシーンだけではなく仕事でも着用していただきたいので、ビジネスシーンにも最適なシルエットにすることにしました。具体的にどういうシルエットにするのかは悩みどころでしたが、店舗で一番売れているスラックスに近いスッキリ目のシルエットにしました」
店舗スタッフが積極的に商品を案内
「予定の3倍近くと、予想以上に購入いただきました。もっと用意しておけばよかったです」と話す古屋氏。こう聞くと頑張って販促を実施したような印象を受けるが、目立ったことや変わったことはとくに行なっていない。
販促で実施したことといえば、発売に関するプレスリリースを配信したほか、ダイレクトメールを送ったりチラシを配ったりしたことぐらい。一番有効だったのは、店舗での接客だった。パンツを買いに来た来店客に商品をきちんと提案したことが大きかった。裾上げは時間と費用がかかり再来店をお願いすることになるが、裾上げ済みであればその必要がなくなるため店舗スタッフも勧めやすかった。
「急きょ製品化したこともあり、販売に向けた事前の準備があまりできませんでした。そのため大々的な露出はできませんでしたが、店舗スタッフが接客で商品を案内してくれたこともあり、店頭に並べたそばから在庫がなくなっていきました」
このように明かす古屋氏。『らくQパンツ』のヒットは、店舗スタッフによって支えられた面が大きかった。
よりビジネス向けのアイテムを投入
購入者は主に30〜50歳代で、中心は40歳代。ユーザーからは裾上げが楽なことのほか、穿き心地の良さを高く評価しているという。
その一方で意外と多く聞かれたのが、「ビジネス向きのものがもう少し欲しい」。2022年はベージュやカーキといったカジュアル向けのカラーを中心にて展開したが、ビジネススラックスとして着用しやすいグレーや紺の評判が良かった。
こうした反応から2023年春夏の新作では、ビジネス仕様のウール調サイドシャーリングを新しく展開。無地調や新作となるヘアラインの一部カラーでツータックを限定販売するなど、より多くの人に着用してもらえるスタイルを用意した。
ビジネス仕様のウール調サイドシャーリング(黒)
ヘアライン(紺)
このほか、新作には限定展開のデニム調やロイヤルオックスといったカジュアル向けも含まれている。古屋氏は、「新型コロナウイルス感染症が落ち着き、外出が活発になってきましたから、より多くのお客様にご購入いただくべくカジュアル向けを投入し品揃えを強化しました」と話す。
デニム調(白)
ロイヤルオックス(ベージュ)
取材からわかった『らくQパンツ』のヒット要因3
1.圧倒的な簡便さ
パンツの裾上げは簡単にできないが、折れば丈が詰められるので誰でも簡単にできる。買ったその場で裾の長さを調節できるほど圧倒的な簡便さを実現したので、支持を集めたのは必然と言ってもいい。
2.穿き心地がいい
独自につくった生地を使用。風合いや手触りといった品質面に気を配り開発したため、適度なストレッチ性があり穿き心地がいい。着用していて不快感を覚えないのでユーザーの満足度は高かった。
3.買い手と売り手双方の不便を解消
パンツの裾上げは出来上がりまでに時間と費用がかかる。販売員から見たら、購入者を待たせさらには再来店を求めることになっていた。買い手、売り手の双方が不便と感じる裾上げというネックポイントが改善された。売り手の不便が解消され販売に力が入った点は大きかった。
せっかく気に入って買ったのにすぐ穿けず、裾上げが完了するまで待つというのは、やはり焦れったいもの。そんな思いをしないで済むというのは、「便利」というほかない。1本買って気に入った人が2本、3本と買い増すケースがあるというが、それは当然の反応だろう。
製品情報
https://www.aoki-style.com/feature/susoage/
文/大沢裕司