こんにちは。
弁護士の林 孝匡です。
宇宙イチ分かりやすい法律解説を目指しています。
▼ 本日のポイント
退職金をもらえないのって、どんなケース?
裁判例をザックリ通して解説します。
なんと。警察官が署内の女子トイレを盗撮。換気扇のフタを交換して細工するという職人技。29回の盗撮で被害者は11名。あえなく御用となり懲役2年(執行猶予4年)の判決を受けました。
その後、退職金1800万円が支払われず・・・。警察官が「退職金を出さないのは違法です」と訴訟を提起します。
〜 結果 〜
裁判官はザックリ「フタの交換とか犯行態様が巧妙だし常習性あるし退職金を全額もらえないのは仕方ないよね」と判断(高知地裁 R4.10.28)
※ 判決の本質を損なわないよう一部会話風にお届けします
どんな事件か
▼ 盗撮した人
Xさん
・事件当時 56歳くらい
・警官歴38年
・巡査部長
・既婚
・訓戒を受けたことはあったが懲戒処分を受けたことはない
▼ 心のオアシス
Xさんは、ある女性職員(Aさん)に好意を抱いていました。
Xさんは駐在所勤務となり初めての単身赴任で寂しかったのでしょう。AさんとのメールのやりとりがXさんの心の支えになっていました。
しかし、半年ほどすると・・・Aさんからのメールが少なくなりました。また、AさんはXさんに「駐在所へ顔を見せに行く」と言ってたのですが、一度も来なかったんです。
Xさんは次第に、Aさんに対する苛立ちを募らせていきました。
▼ 怒りが沸点に
ある日、Xさんは●署内でAさんを見かけました。XさんはこれまでどおりAさんのことをアダ名で呼びました。するとAさんは「アダ名で呼ばないでほしい」と告げました。これが決定打となりました。
XさんはAさんに一方的な恨みを募らせ、Aさんの恥ずかしい姿を盗撮することで弱みを握ろうと考えました。その手段として女子トイレでの盗撮を決意します。
▼ 盗撮の手口
--- 裁判官さん、今回の手口はどうでしたか?
裁判官
「犯行態様は、執拗かつ巧妙です」
手口は以下のとおりです。
・まずは防具庫から換気扇のフタを盗みます
・盗んだフタにカメラを設置
・その小細工フタを持って女子トイレへGo
・女子トイレの換気扇のフタを取り外し、小細工フタをつける
Xさんは、約1ヶ月半にわたり29回盗撮し、被害者はAさん他10名にも及びました。
▼ カメラがバレる
ついに女性職員がカメラを発見します。女性職員がカメラをほかの職員に見せていたところXさんが登場します。
Xさんは「業者の忘れ物かもしれん」などと言ってそのカメラを持ち去りました(怪しすぎやん)。そしてSDカードを抜き出してズボンの中に入れました。
▼ 犯人、オマエやろ?
Xさんに対する取調べが始まりましたが、Xさんは否認。警察はマジになり、捜索差押許可状をとります。
Xさんの着衣などを捜索したところ下着の中からSDカードが見つかりました。Xさんはこれ以上言い逃れはできないと思い犯行を認めました。
逮捕。その後、起訴されます。
▼ 辞めます
逮捕から約1ヶ月後、停職6ヶ月の処分が出ましたが、Xさんはその日に自己都合により退職しました。
▼ 刑事事件の判決
逮捕から2ヶ月後、判決がでます(懲役2年 執行猶予4年)。判決は確定。
▼ 退職金は全額ナシ
判決確定を受けて、署は退職手当を全額を支給しない処分を行いました。
--- 本部長! Xさんにいくら支払う予定だったんですか?
警察本部長
「1838万8289円です」
これがゼロ。強烈ですね。
Xさんが訴訟を提起
Xさんの主張は「退職金を全額払わない処分は違法です。取り消されるべきです」というもの。
裁判所の判断
Xさんの負けです。裁判所は「退職金もらえないのは仕方ない」と判断。裁判所の考え方はザックリ以下のとおり。
・条例では「禁錮以上の刑に処せられたときは、諸々の事情を考慮して退職金を支給しない処分ができる」と定められている
・全部支給しないか一部支給するかの判断については大きな裁量がある。
・その処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと言える場合に限り違法
--- 裁判官さん、本件ではどうでしたか?
裁判官
「裁量権を濫用していないですね。理由は以下のとおりです」
〈理由〉
・XさんがAさんへの恨みを一方的に募らせた結果の犯行なので酌むべき事情ナシ
・SDカードを抜き取るなどの隠蔽をしている
・警官が署内トイレで盗撮。一般の来署者もいる。
県民の信頼を大きく失墜させた
・懲役2年執行猶予4年の判決が確定している
・盗撮は29回に及び常習性あり(被害者も11名にのぼる)
・換気扇のフタのとりかえ(犯行態様は執拗・巧妙・計画的)
というわけで、1800万超え全額の不支給がOKとなりました。
退職金がもらえないのはどんなケース?
犯罪の種類にもよりますが有罪判決が確定するとキツイですね。ほかのチョンボケースでは裁判官が「これで退職金不支給は可哀想でしょ」と判断することもあります。
というのも、退職金を不支給または減額できるのは、ザックリ言えば【これまでの頑張りを無にするくらいヤバイ場合】に限られるからです(むずかしい言葉で言えば、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほど著しく正義に反する場合に限られる)
▼ 退職金がもらえたケース
■ 引き継ぎしてねーじゃん!
会社が「引き継ぎをせずに退職したから退職金は出さん!」と言ったのですが裁判所は「全額はらえ」と判断(日音退職金事件:東京地裁 H18.1.25)理由は「業務引き継ぎしなかったとしてもこれまでの勤続の功を抹消するほどの著しく正義に反する行為はない」というものでした。
■ 同業他社に転職しやがって!
会社が「チミ、同業他社に転職したよね」「だから退職金3000万円払わないから!」と言ったのですが、裁判所は「3000万円はらえ」と命令。
▼ 退職金がもらえなかったケース
■ 不義理にもほどがある!
というケースはもらえないですね。ある裁判では、勤続10年の社員が在職中に1年にわたり業業会社から報酬を受けとって会社の業務を行い、会社の顧客を奪うことに加担したケースでは、退職金不支給はOKとなっています(イーライフ事件:東京地裁 H25.2.28)
▼ 裁判官は何を見る?
裁判官が「退職金ナシ or 減らすのは妥当だろうか…」と考える際の判断材料は以下のとおり。
・社員のチョンボの度合い
(背信性の強弱)
・そのチョンボで会社がどれくらいダメージを受けたか
・そのダメージは回復しやすいものか
・「社員さん今まであざす!」的な要素がどれくらいあるか
(退職金の性格の中に功労報償的要素が占める度合い)
・社員がこれまで会社に果たしてきた貢献
・過去に退職金不支給になったケースとのバランス…etc
相談するところ
「チョンボはあったんだけどコレで退職金ナシ or 減らされるってキツくない?」と感じる方がいればもし会社にいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)
労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。「こんな解説してほしいな〜」があれば下記URLからポストして下さい。ではまた次の記事でお会いしましょう!
取材・文/林 孝匡(弁護士)
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