答えようとするな、むしろ問え。
「AIがメリトクラシーから解放してくれたら、私たちは何をするのか。ちょっと飛躍するようですが、私たちは子どもの頃、好きなことをして遊んでいたと思うんです。たとえば、公園ならブランコに乗ったり、砂場で遊んだり。でも、ちょっとシラけたなって横を見て、なんかそっちのほうが面白そうって思ったら、そっちで別の遊びをしたはず。そんなとき、近所の小川が氾濫して、うなぎが飛び出ているぞ、と聞いたら夢中になってそれを見に行ったと思うんです。そういう風に、面白いこと、楽しいこと、やりたいことを、好きなように主体的にやっていくという感じで生きる。そんな感じが社会全体に広がったら良いと思うんです。
こんなことは、10年前、20年前は考えもしませんでした。でも、いまはスマホがあって、5Gでインターネットが使えるから、うなぎを見に行っていても、仕事はできる(笑)
たとえば、今はChatGPTが話題ですが、エージェント機能に特化したAIはもっとヤバい。もう既にある程度できているにもかかわらず、ヤバすぎるからまだ公開していないらしいんですけれど、ユーザーの行動や好みなどを学習し、優秀な秘書のようなサポートをしてくれるそうです。それを使うと、創業者で大富豪のような人たちが年間数億円かけて雇っている秘書集団がしてくれるようなことを、誰もができるようになる。そうすると、生産性は上がる一方で、ゾンビのような人材は要らなくなります。つまり多くの会社員はいらなくなるんです。
でも、それはゾンビの仕事から解放されるということでもあるのです。なぜならば、これからは、ゾンビがやっているような仕事は、すべてAIに置き換わる。ゾンビは主体性がなく、「優秀な機械」になろうとしますが、そんなことをしても自分で能力学習していくAIには能力も、スピードも勝てるわけがない。だから、これからはゾンビがやっているような仕事から離れ、好きなことを突き詰めたり、遊びながら新しいことを楽しむほうがいい。
ここで意識して欲しいのが「アンラーニング(学びほぐし)」、常識や思い込みを捨てることがとても大切で、これからの時代に必要なことです。世界の素晴らしい起業家たちを見てみても、みんな当たり前という常識を疑い、絶対不可能と言われていることも本当? って首を傾げ、やってみたらできるんじゃない? って取り組んでみたら、できたっていうことが多い。そういう起業家たちって、自然とアンラーニングを実践できているわけです。
これからの時代に答えはないんです。親の言うことも上司の言うことも聞く必要はない。
だから、問い続けなければならない。
『冒険の書』は、そんなアクションをしてもらうきっかけになったらいいなと思っています」
次々と常識が塗り替えられるように見えて、メリトクラシーという古い枠組みからは抜けられずに苦しさや生きづらさを感じているビジネスパーソンは少なくないはず。そんなとき、孫氏の『冒険の書』は、語りかけて自問自答に導く仕掛けがあったり、マルチアングルで物事を考えられる工夫がある。
AI時代に必要な生き抜くために、安易に答えを求めず、問い続けるヒントが見つかるかもしれない。
『冒険の書 AI時代のアンラーニング』
著/孫泰蔵 日経BP
コロナ禍になり、自宅留学のつもりで始めた読書メモなどをSNSのコミュニティに投稿し、フィードバックを得ながら整理したテキストをもとに執筆したもの。ゲームや映像作品の制作に携わった経験などを活かし、編集的な工夫が凝らされている。ビジネスパースンにはアンラーニングのヒントに、年頃の子どもを持つ親御さんには子育ての手引きになどと、ポリフォニックな読み方ができるのも魅力。
連続起業家 孫 泰蔵さん
1996年、大学在学中に起業して以来、一貫してインターネット関連のテック・スタートアップの立ち上げに従事。2009年に「アジアにシリコンバレーのようなスタートアップのエコシステムをつくる」というビジョンを掲げ、スタートアップ・アクセラレーターであるMOVIDA JAPANを創業。2014年にはソーシャル・インパクトの創出を使命とするMistletoeをスタートさせ、世界の社会課題を解決しうるスタートアップの支援を通じて後進起業家の育成とエコシステムの発展に尽力。そして2016年、子どもに創造的な学びの環境を提供するグローバル・コミュニティであるVIVITAを創業し、良い未来をつくり出すための社会的なミッションを持つ事業を手がけるなど、その活動は多岐にわたり広がりを見せている。
取材・文/橋本 保 撮影/篠田麦也