■連載/ヒット商品開発秘話
文字を細かくビッシリ書き込むときに便利なのが極細ボールペン。いま極細ボールペンで売れているのが、ゼブラから2021年11月に発売されたジェルインクボールペン『サラサナノ』。累計出荷本数はすでに100万本を超えている。
『サラサナノ』はボール径が0.3mmで、ペン先が紙に引っかかりやすくインクが安定して出にくいという極細ボールペンの課題を解決した。ガリガリとした書き心地ではなくサラサラとした書き心地を実現している。
1本220円で、インクは全32色と多彩。手帳に色分けして書き込んだり日記をかわいく装飾したりするのにピッタリだ。
ペン先が紙にめり込む細字ペンの課題を克服する
『サラサ』ブランドのボールペンは、書き心地や品質面での評価が高い。だが、『サラサナノ』の開発を担当した研究開発本部商品開発部の藤田香奈江さんによれば、芯径(線の太さ)によって書き心地が異なるという課題があった。そのようなことが起きる理由をこう明かす。
「ボールペンのペン先はボールをかしめた構造になっています。しかし、こういう構造は芯径が小さくなるほど、ペン先が紙にめり込んでいきやすくなります」
この課題に同社は、以前から解決を図ろうとしてきた。その努力は、2008年に発売された『サラサスティック』(現在は廃番)でいったん結実した。
ただ、『サラサスティック』はキャップ式で、インクも他の『サラサ』とは異なった。『サラサ』ブランドのペンのイメージは、代表的な『サラサクリップ』のようにノック式。ノック式でペン先が紙にめり込まない構造を実現することにした。
こうして2019年頃に『サラサナノ』が企画される。「ボールを支える周囲の構造を改善し、どの芯径でも書き心地のいいものを実現することを目指しました」と藤田さんは話す。
ゼブラ
研究開発本部商品開発部
藤田香奈江さん
身近なところにあった解決のヒント
ペン先が紙に食い込むのを防ぐため、『サラサナノ』ではノック棒の下あたりに「うるふわクッション」を搭載した。筆圧に応じて中芯を上下に動くようにするもので、筆記時のガリガリ感をスプリングで吸収。ペン先が紙に食い込みにくくなり、インクが安定して出るようにした。かすれも起きにくくなり線幅が安定することから、出来栄えの品質も上がることになる。
「うるふわクッション」のイメージ
「うるふわクション」のヒントは極めて身近なところにあった。それは同社が2014年11月に発売したシャープペンシル『デルガード』。どれだけ強い力をかけても芯が折れないのが特長の『デルガード』には、紙面に対し垂直に強い筆圧が加わると軸に内蔵されたスプリングが芯を上方向に逃し折れるのを防ぐ機構を搭載しているが、これが「うるふわクッション」のヒントになった。
「軸の中にいろんなパーツを組み込んでみて試作をつくっては、何が作用して効果を発揮するかを確かめてみました」と藤田さん。『デルガード』の機構を組み込んでみたところ、筆記感が良くなることが判明する。この結果から、スプリングを用いて筆記時のガリガリ感を吸収する「うるふわクッション」が開発されることになった。
課題解決のために新機構を開発・搭載する。メカ的なアプローチはゼブラの筆記具づくりの特徴であり、長年受け継がれてきた。『サラサナノ』も、『シャーボ』や『デルガード』『ブレン』といった同社の筆記具と同じ流れをたどって誕生することになった。
先金の重さとスプリングの荷重の適切値
極細ペンを使いやすくする工夫も2つ盛り込まれた。手元を見やすくするため先金を少しえぐったことと、小さい文字を書きやすくするため他の『サラサ』よりペン先を長く出すようにしたことである。
『サラサナノ』(右)と『サラサクリップ』(左)のペン先。『サラサナノ』の方が長く出る
先金は金属製。価格相応かつ大人向けであることを示せるが、金属にした最大の理由は、小さな文字を書くときは安定感があった方が書きやすくなるためであった。
ただ、「『うるふわクッション』との重量バランスを取ることが課題になりました」と藤田さん。先金の重さと「うるふわクッション」のスプリングの荷重がともに適切でないと、クッションが適切に効かない。両者のバランスを取るのが難しかったという。
バランスの見極めには細字ペンユーザーの協力も得た。先金の重さとスプリングの荷重を変えたサンプルを5パターンほど用意し、計3回検証を実施。先金の重さは切った鉛を入れて調整したほど。繊細な作業が必要なほどバランスの調整が難しかった。
他の『サラサ』では使われていない3つの新色
機能以外では全32色という豊富なカラー展開が目を惹く。発売と同時に全色発売したが、これほどの色を用意することにしのは、『サラサ』のブランドイメージとブランド戦略からだった。藤田さんは次のように話す。
「『サラサ』にはカラフルなイメージがあるので、『サラサナノ』でも多色展開することにしました。『サラサ』であることをお客様にわかりやすく感じ取ってもらうには大きなインパクトがあったほうがいいので、発売と同時に全32色を発売することにしました」
このほか、細字ペンユーザーのペンの使い方にも配慮。手帳で色分けして情報を見やすくする人が多いことから、カラーバリエーションを多くすることにした。
全32色の中で好評なのがビンテージカラー。万年筆のインクのような落ち着いた色合いが特徴的で、ブルーブラックやブラウングレーなど10色が用意されている。
『サラサナノ』にしかない色として、フレッシュグリーン、ナイトブルー、バーミリオンがある。手帳で見やすい色として採用された。色味は次のようなものである。
フレッシュグリーン:ライトグリーンより明るすぎずグリーンより濃すぎない
ナイトブルー:ブルーブラックより濃くなく鮮やか
バーミリオン:レッドオレンジより鮮やか
フレッシュグリーン、ナイトブルー、バーミリオンのカラーサンプル
気持ちを表す言葉を使った4色セットの名前
『サラサナノ』は2022年9月時点で累計販売本数100万本を超えた。ボールペンは100万本売れるとヒットと言われるが、発売から10か月足らずという短期間でこの基準をクリアした。藤田さんは「売れ行きは見込み通りです」と話す。
販促は主にInstagramを活用。『サラサ』の公式Instagramアカウントで週に1回、必ず『サラサナノ』に関する投稿を行なっている。
最近は小さな文字もキレイに書けることを示すため、原稿用紙を模したオリジナルテンプレートを使いインク色を紹介する画像を投稿。オリジナルテンプレートの原稿用紙は1行の文字数が徐々に増えていき、そこに小説などからとった一文を書き込んでいる。
『サラサ』公式Instagramで紹介された『サラサナノ』。上からブラック、ブルー、レッド。
販売は各色バラ売りのほか、4色セットの販売も行なっている。4色セットは全部で5つ取り揃えているが、セットの名前に「休息」「清涼」「思案」「情熱」「愉快」と気分や状態を表す言葉を使っている。
「休息」。中身はペールブルー、フレッシュグリーン、オレンジ、黄となっている
「清凉」中身はコバルトブルー、ブルーグリーン、ライトグリーン/ライトピンクとなっている
「思案」。中身はナイトブルー、ビリジアン、マゼンタ、グレーとなっている
「情熱」。中身は青、緑、赤、バーミリオンとなっている
「愉快」。中身はライトブルー、紫、ピンク、レッドオレンジとなっている
印象に残りやすいネーミングだが、なぜこのようにしたのか? その理由を藤田さんはこう説明する。
「『サラサ』のブランドステートメントは『気持ちまで、描ける。』です。ブランドステートメントを『サラサナノ』で表現するため、セット名を気持ちで表現することにしました。それぞれの気持ちを表現できる4色をまとめています」
『サラサナノ』の使い方として同社が提案しているのは、ビンテージカラーを主色として使い、そのほかのカラーを差し色として使うというもの。ビンテージカラーを1色、4色セットを1つ用意すれば、大人っぽさがありつつもカラフルに仕上げることができるようになる。
なお、ビンテージカラー10色も5色入りの「ビンテージA」「ビンテージB」のセットを数量限定で販売していた(現在は販売終了)。
「ビンテージA」。中身はブルーブラック、ブルーグレー、グリーンブラック、レッドブラック、ブラウングレーとなっている
「ビンテージB」。中身はセピアブラック、ダークグレー、ボルドーパープル、カシスブラック、キャメルイエローとなっている
淡くて見えにくい色を数量限定で発売
2023年3月に、数量限定で『サラサナノ スモークカラー』を発売。スモークピンク、スモークカーキ、スモークブルー、スモークオーカーの4色を用意した。開発の経緯を藤田さんは次のように話す。
数量限定販売の『サラサナノ スモークカラー』
「手帳ユーザーには色分けして見やすくことにこだわる人が多くいますが、手帳にはプライベートなことや1日の振り返りといった、人に見られたくないことを書くことが多いものです。『サラサ』は鮮やかな色味が特徴ですが、人に見られたくないことを書くときに使いやすい、淡くて見えにくい色を提案できないかと考えました」
『サラサナノ スモークカラー』全4色のカラーサンプル
スモークカラーは今のところ、定番化の予定はない。ニーズが見込めるかどうかも含めてユーザーの反応を確かめたいとしている。
取材からわかった『サラサナノ』のヒット要因3
1.細字ペンの不満解決
ペン先が紙に食い込みインクが安定して出ない、ガリガリとした筆記感がする、といった細字ペンの課題を、新機構の「うるふわクッション」の搭載などで解決。細字ペンユーザーの不満が解消され、支持を得た。
2.細書きしやすい細かな工夫
他の『サラサ』と違い、先金の一部をえぐったり、ペン先を長く出したりしている。すべて細書きしやすくするための工夫で、前項の不満解消と合わせて細字ペンユーザーの満足感を高めることができた。
3.大人向けのデザインと質感
『サラサ』の主力『サラサクリップ』は学生の支持が高いが、大人向けはこれまで『サラサグランド』しかなく、価格も大きな開きがある。この両者の間に位置し大人向けの質感にしたのが『サラサナノ』。『サラサクリップ』に近い価格なのでステップアップしやすい。
ガリガリとした書き心地は細字ボールペンならではの個性と感じられるところもあるが、これはインクが安定して出てこないということでもあるので、ヘビーユーザーほど気になるポイント。少しでも書き心地のいいものを求めている細字ボールペンユーザーは、まずは試し書きしてみて違いを実感してみるといいだろう。
製品情報
https://www.zebra.co.jp/pro/detail/sarasaclip/
文/大沢裕司