働き盛りの世代が知っておくべき健康寿命を延ばす術を紹介する「忍び寄る身近な病たち」シリーズ。今回はアルコール依存症の第2弾をお届けする。
コンビニなどで簡単にお酒が手に入る日本は、まさにアルコール天国である。厚労省が定める適量の倍以上、飲酒の習慣のある成人は1000万人以上。さらに酒量が多いアルコール依存症予備軍は590万人以上。アルコール依存症の患者は約80万人、うち専門外来の受診者は約10万にというのが現状である(厚労省資料2019年)。アルコールによる健康被害は国民病といってもいいのだ。
精神を病む依存症とは、そしてアルコール依存症とはどんな病魔か。近年、お酒好きの間で救世主のように注目される減酒外来についても、前後編に渡って深掘りしていく。
手っ取り早く快楽を得るため
「ギャンブル依存症、買い物依存症、ゲーム依存症、薬物依依存症等々、いろいろありますが、そもそも依存症は精神神経系の病気だといわれています。脳の中のドーパミンという期待物質を直接刺激して、手っ取り早く快楽を得る。だから癖になりやすい」
そんな依存症の典型例が、アルコール依存症と解説するのは倉持穣先生である。倉持先生が院長を務める「さくらの木クリニック秋葉原」に通院する8割が、アルコールに問題を抱えている人である。
「アヘン類や覚せい剤ほど強くはありませんが、実はアルコールは大麻より依存性の強い薬物です。大麻や覚せい剤、アヘンは所持するだけで犯罪ですが、お酒はコンビニで売っています」
――お酒は“百薬の長”とも言われていますし、私(筆者)もほぼ毎日晩酌していますが、
そんな問いに倉持先生が応える。
「人生に色彩を添えるものとして、友達のように付き合える。その半面、依存症に陥るケースもある。お酒が“人類にとって最高にして最悪な薬物”と言われるゆえんです」
依存症のアリ地獄モデル
――しかし、アルコール依存症といえば、昼から公園のベンチで缶酎ハイを片手に、酔いつぶれている人というイメージですが。
「誤った考えや偏見を持たれているのも、この病気の特徴です。アルコール依存症の人は働いていないとか、酒乱で暴力的というイメージを持つ人も多いと思います。しかし、今日、そういう人は少数派です。
アルコール依存症の患者さんの多くは、仕事ができて人間味があって、宴会部長みたいな人。女性も男性以上に仕事ができて気配りができるタイプに多い。うちのクリニックを訪れる患者さんの8割は、普段はスーツ姿のビジネスパーソン、名の通った企業に勤務する人も珍しくありません」
マジメで仕事も全力投球、気配りも細心の注意を払う。そんなストレスをため込みやすい人が、アルコールの力でリラックスを得る。飲むと楽しく饒舌になるが、徐々に酒量が増えると、酔いが覚めた翌朝はウツ状態に陥る。不快だから気分転換と酒に手を出す。いつしか“楽しく飲むお酒”から、“イヤなことを消すために飲むお酒”に変化していく。
倉持先生はアルコール依存症の悪化の過程をアリ地獄モデルと称し、ピラミッドを逆さにしたような図(図1参照)を示す。
「親がお酒に強い等、遺伝的な要素もありますが、アルコール依存症は決して特殊な病気ではない。誰でも陥る疾患です。多量に飲み続けると、知らぬ間に依存症というアリ地獄の底に落ちることになります」
「さくらの木クリニック秋葉原」倉持 穣先生作成の資料より
“ブレーキの壊れた車”
――しかしお酒は好きだけど、1年間飲まなかったこともある。毎日、飲酒しているわけではないのだから、アルコール依存症とは無縁だという人はよくいます。
「でも、いったんお酒を飲みだすと止まらない。コントロールしてほどほどに飲むことができない、それが依存症なんです。わかりやすく言うと飲酒コントロール障害です。依存症の患者さんは“ブレーキの壊れた車”のようなものです」
ブレーキが壊れかけているうちは、それなりに運転をする。午前中は素面で仕事をしても、血中濃度が下がる午後は離脱症状が起こり、お酒が飲みたくてそわそわしだす。夕方、退社すると駅の売店で缶酎ハイ、自宅の近くのコンビニで買って公園のベンチであおって、晩酌でも飲んで…。
もちろん女性もアルコール依存症に陥る。家庭を持つ女性の場合、夫があまり家事を手伝ってくれないことも多い。子育てに家事、仕事と毎日大変だ。子供を保育園に送った後にお酒を飲むと、あたかもガソリンを入れたかのように、料理も家事も仕事もうまくできるかのような気になる。
女性は肝臓が男性よりも小さいし、脂肪が多いので血液の濃度が上がり酔いやすい。そんな生活を続けると、徐々にお酒がないと不安を感じるようになり、止めようと思ってもついお酒に手が出る。いつの間にか、朝からお酒を飲む連続飲酒状態に陥っていく。
アルコール依存症は“否認の病”
土日が休みのビジネスパーソンなら昼間から飲酒。家人は心配し「もういい加減にして‼」と妻には激怒され、“1日にビール2本”とか誓約書を書かされる。だが、お酒を飲みたい気持ちが抑えられない。「ビール2本しか飲んでないよ」と口では言うが、家のいたるところに隠しておき、家人の目を盗んでお酒をあおるようになる。
月曜日に出勤すると、飲み過ぎで酒臭い息をしていることに周囲が気づくようになる。「しっかりしてくれなくちゃ困るよ」とか、上司の苦言にも、オレはちゃんと仕事をしていのに、なんでわかってくれないんだと、お酒の飲んでいる自分を肯定し続ける。
「“依存症は否認の疾患”と言われています」倉持先生は、その心理を解説する。
「お酒で問題を引き起こしているけれど、否認することで都合の悪いことを見ないようにする。認めると大好きなお酒を止めるか、減らすしかなくなるからです」
お酒で最もダメージを受けるのは肝臓だ。「これ以上飲むと、肝硬変で死にますよ」と医師が告げても、多くの患者は「少しぐらいなら大丈夫ですよ」と、ヘラヘラしている。
「患者さんのそんな態度は医者からすると、治療する意志がないと見える。だから、多くの医師はアルコール依存症の患者さんを積極的に診ようという気にならない」
肝臓は“沈黙の臓器”だ。疼痛もないしだるさも感じない。不調を意識しつつも飲み続けると、気づかないうちに肝不全で全身に黄疸が出る。腹水が溜まり、ある日、食道静脈瘤が破裂し大量の吐血に見舞われる。そうなる頃にはすでに酒がないと、にっちもさっちもいかない連続飲酒状態で、仕事も家族も失い、命さえも失いかけているのだ。
“底をつく”前の減酒外来
「10年ほど前まで専門医の間では、“底をつくまで介入するな”言われたこともありました」
――“底をつく”とは、何もかも失い生命さえも失いかけて、やっとアルコール依存の自分と向かい合えるというわけですか。でも、“底をつくまで”待っていたら、患者は死んでしまうかもしれません。
「そこで減酒外来が考えられたんです」
――つまり底をつく前に治療しようというわけですか。
倉持先生は数年前から全国に開設されはじめている減酒外来の効果について語る。
「これまでアルコール依存症の治療は、断酒しかありませんでした。アルコール依存の回路が脳に刷り込まれているので、お酒を断ったつもりでも少しの飲酒で元に戻ってしまう。重度のアルコール依存症の患者さんは生涯、一滴もお酒を飲んではいけない。
内心アルコール依存症を心配しているが、禁酒なんて診断は受け入れ難い。そんな人にとって、禁酒を強制されない減酒外来は敷居が低い。クリニックを訪れやすい。医療につなげやすい。アルコール依存症を心配する比較的軽度の人には早く介入して、アリ地獄の底に落ちていかないよう、予防することにつながります」
いっこうに減らないどころか、最近は増えた酒量が気になる私は、減酒外来という治療法に思わず身を乗り出したのである。
減酒外来という新しい治療法についての詳細は明日公開する後編で詳しく説明する。
取材・文/根岸康雄