提供する製品の幅を広げて多様なニーズに応えた
Polypore買収で生じたのれんの減損損失を計上しているということは、当初見込んでいた収益性が得られなかったことを示しています。また、金額の大きさを考えると、のれんのすべてを潰し切ったと考えられます。なぜ、買収から8年の年月を経て、赤字を出してまでの徹底的な減価を行ったのでしょうか。
これには、セパレータの種類が関係しています。セパレータには乾式と湿式の2種類があります。乾式は製造方法がシンプルで、低コストという長所があります。ただし、素材の制御が難しく、機能性が低いという短所があります。湿式は製造工程が複雑で高コストですが、機能性が高いという特徴があります。
旭化成の「ハイポア」が湿式、「セルガード」が乾式です。2015年の段階では需要が拮抗しており、需要が急拡大する車載用はどちらが主力となるのかわかりませんでした。
旭化成は2016年4月に発表した新中期経営計画において、2025年度にバッテリーセパレータ事業でNo.1のポジションを強固にするという方針を打ち出しています。
※新中期経営計画より
湿式・乾式の総合力で戦おうとしたのです。
しかし、湿式の需要拡大が鮮明になります。旭化成は2021年3月15日に、300億円を投じてセパレータの生産能力増強する計画を発表しました。生産拡大するのは湿式の「ハイポア」で、生産能力を年間3.5億㎡としています。
この増強により、旭化成のセパレータは湿式が13.5億㎡、乾式が5.5億㎡となり、圧倒的に湿式の需要が高いことを示しています。
世界のトップ企業と乾式セパレータの合弁会社を設立
それでは、Polyporeの買収が完全な失敗だったのかというと、そうでもありません。旭化成は2021年9月22日に、セパレータのトップ企業である上海エナジーと乾式セパレータの合弁会社を設立すると発表しています。
「セルガード」に関連する技術を提供し、ESSと呼ばれる電力を貯蔵するシステム向けの乾式セパレータを中国で製造販売します。
ESSという領域においては、乾式セパレータの需要が強いのです。ESSは太陽光発電などの再生可能エネルギーの普及に欠かせないもので、業務用から家庭用まで幅広く使われています。また、最近では通信規格の世代交代により、5G基地局向けのESSの導入が中国で本格化しています。
中国に設立した合弁会社は、2028年ごろに生産能力を10億㎡にする計画です。決して乾式の需要が消失しているわけではありません。
旭化成は、成長期待の高いセパレータのシェアを拡大するために湿式と乾式の両方の製品を手にしました。しかし、乾式の需要が思うように伸びずに、のれんの減損損失を計上します。減損損失は一時的な赤字要因となりますが、中長期的には償却負担が軽くなって利益が出やすくなります。
水面下では、ESS向けの乾式セパレータを上海エナジーと共同で生産しており、中長期的な成長には期待できます。
今回の大赤字は、旭化成が攻めの経営姿勢を貫いており、次なる成長に向けた決断をしたと捉えることもできます。
取材・文/不破 聡