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「この手当は残業代です」と言われている人に知ってほしい2アウトからの逆転ホームラン裁判

2023.03.21

こんにちは。弁護士の林 孝匡です。

宇宙イチ分かりやすい解説を目指しています。

▼ 本日のポイント

「この手当は残業代のことだよ」と言われている方。給与明細などを見てください。どれが残業代か分からければ、その手当を【基礎戦闘力】に組み込める可能性があります。エネチャージです。するとチリツモで残業代が跳ね上がります。

そんな裁判例をザックリ解説します。まずは概要をお伝えします。判決文を会話風にしました。

病院
「残業代は年俸に含まれています」

医師
「そんな…。裁判だ!」

〜 裁判の結果 〜

2アウトからの逆転ホームランとなりました。

■ 地裁
「基本、残業代は年俸に含まれてるよ」
「深夜労働だけは含まれてないから56万だけ払いなさい」

■ 高裁
「うん、そうだね」

医師はあきらめずに上告!(以下「Xさん」)

■ 最高裁

「違うね」
「この契約書を見るとどれが残業代か分からないじゃん

というわけでもろもろの手当が基礎戦闘力に組み込まれました。エネチャージです。

「で、年俸とは別に残業代を支払わなきゃダメ」
「深夜労働【以外の】残業についても払いなさい」

というわけで残業代は約407万円に大幅アップしました(医療法人社団康心会事件:最高裁地H29.7.7)

以下、くわしく解説します。

どんな事件か

▼ 契約の内容

Xさんと病院との雇用契約の内容は以下のとおりでした。

年俸 1700万円
月額給与 120万1000円
〈月額の内訳〉
 本給 月86万円
 諸手当 合計34万1000円
  役付手当 3万円
  職務手当 15万円
  調整手当 16万1000円 

あとで解説しますが、↑ どれが残業代か分からないですよね。最高裁はここに「ムム!」っと反応しています。話を続けます。

▼この残業代【だけ】払いますね

病院はXさんに「残業代は基本的に年俸に含まれてますので」と伝えていました。残業代を支払うのは以下の残業などに限られていたんです。

・夜間(午後9時〜翌日の朝8時まで)に発生した緊急業務
・休日に発生した緊急業務

▼…払われない残業代

Xさんの勤務時間は朝8:30〜午後5時30分でした。なので夜間以外、たとえば午後5時30分〜午後9時の間の残業したとしても残業代は払われませんでした。病院からすれば「それは年俸に含まれてるよ」ってことです。

▼ 病院が払った残業代

病院が払った残業代は約57万円だけです。【独自の】時間外規程に基づいて残業時間を認定した結果です。さらに病院は、残業代を計算するき86万円を基に計算していました。以下の本給部分です。

年俸 1700万円
月額給与 120万1000円
〈月額の内訳〉
 本給 月86万円
 諸手当 合計34万1000円
  役付手当 3万円
  職務手当 15万円
  調整手当 16万1000円

Xさんの主張

Xさんは訴訟を提起。Xさんの主張は「120万1000円を基に計算すべきだ」というもの。以下の月額給与です。

年俸 1700万円
月額給与 120万1000円
〈月額の内訳〉
 本給 月86万円
 諸手当 合計34万1000円
  役付手当 3万円
  職務手当 15万円
  調整手当 16万1000円

ポイント

ポイントは【基礎戦闘力がいくらか】です。基礎戦闘力とは、むずかしい言葉で言えば【割増賃金の算定基礎となる賃金】のことです。この基礎戦闘力が上がれば残業代もアップすることになります。なぜならザックリいえば残業代は【基礎戦闘力×1.25】だから。

■ 病院の主張 
 基礎戦闘力は86万円です。残業代は年俸に含まれているので

■ Xさんの主張 
 いやいや120万1000円です。この契約ではどれが残業代か分からないじゃないですか

地方裁判所の判断

病院の勝訴です。基礎戦闘力を86万円と認定(ただし「深夜労働の残業代は年俸制に含まれていない」として約56万の支払いだけを命じました)

Xさんはお怒りだったんでしょう。病院は遅延損害金などを含め合計約88万円をXさんに支払おうとしたんですが、Xさんが受けとりませんでした。

Xさんは控訴!

高等裁判所の判断

しかし、再び病院の勝訴。高裁の判断は以下のとおりです。

・年俸に残業代を含めるという合意には合理性がある
 医師という業務の特質性
・Xさんが自分の裁量で労務を提供できた
・年俸の金額も1700万。相当高額じゃん
 Xさんの保護としては十分
・基本給と残業代を判別できないからといって不都合はない

地裁と高裁は「年俸1700万円ももらってるんだから」という価値判断だったと思います。なので「どれが残業代か分からなくても不都合はない」と。

Xさんは納得できず上告します。

最高裁の判断

逆転ホームランです!最高裁は「ちょ待てよ!」と待ったをかけました。「ちょ待てよ」を正しい法律用語で言うと ↓

最高裁は「どれが残業代か分からないじゃん」「基本給と残業代をゴチャっとまとめてたらダメよ」と判断。正しくは「基本給の部分と残業代の部分を判別できることが必要」ということです。

結果、基礎戦闘力は【120万1000円】となりました。どれが残業代か分からなければ、会社が「これ残業代ですから」と主張していた手当が基礎賃金(=基礎戦闘力)に組み込まれるんです。エネチャージです。

そして最高裁は「高裁の裁判官さん。スマンがもっかいちゃんと計算してくださいな」と差し戻し。

再び、高裁で計算

高裁でソロバンをはじいた結果、残業代は約407万円と認定されました。詳細は割愛しますが「働いたのは何時間?」についてもガチガチに争われています。残業代請求したい方は働いた時間を記録しておきましょう。

▼ 倍返しだ!

裁判所は約273万円のお仕置きも命じています。裁判所が「残業代の不払いが悪質だなぁ〜」と判断すればお仕置きを命じます(付加金・労働基準法114条)。今回お仕置きを命じた理由はザックリ以下のとおり。

・時間外労働が約320時間もあった
・最高裁で負けたんだから支払いを命じられる可能性が高いことを認識できた
(「なのに今の今まで払っていない」ってことだと思います)

補足

Xさんは解雇されています。解雇は有効となりました。以下の理由。

・部下への人格否定発言 
 看護部長に対して「あなたがそうだから看護師はバカばかりです」
・研修医への有形力の行使
 叱るときに研修医の胸を叩く
・患者がいる場所で看護師を怒鳴ったりなど。

とはいえ、残業代請求は別のお話です。解雇が有効となっても残業代請求の要件を満たせば認められます。

さいごに

▼ 基本給と手当がゴチャっとしている方

会社が「その手当は残業代のことだから」と言ってきたとしてもどれが残業代か分からなければ、その手当を基礎戦闘力に組み込める可能性があります(エネチャージ)。基礎戦闘力が上がると残業代がチリツモで跳ね上がります。

契約書や給与明細を見て「どれが残業代か分からない」という方は、労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。「こんな解説してほしいな〜」があれば下記URLからポストして下さい。ではまた次の記事でお会いしましょう!

取材・文/林 孝匡(弁護士)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。
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