アメリカでは、大手ファッションブランド「エルメス(HERMÈS)」と、芸術家のメイソン・ロスチャイルド(Mason Rothschild)により、NFTアート「メタバーキン(MetaBirkins)」の商標権侵害を巡る訴訟が争われています。
NFT資産が知的財産権との関係でどのように取り扱われるのかは、日本でも関心が高い問題です。今回は「メタバーキン事件」について、その概要と日本で起こったらどうなるのかについてまとめました。
1. メタバーキン事件とは
「メタバーキン(MetaBirkins)」とは、芸術家のメイソン・ロスチャイルドによって2021年から展開されているNFTアートです。
NFT(non-fungible token=非代替性トークン)は近年注目を集めているブロックチェーン技術で、デジタルアートなどについて偽造不可能な鑑定書のような役割を果たしています。
NFTが付与されたデジタルアートは高値で取引される場合があり、今後もNFTはさらなる普及が期待されています。
「メタバーキン」は、大手ファッションブランド「エルメス(HERMÈS)」が展開する「バーキン」に類似したバッグのデジタルアートです。NFTマーケットプレイスにおいて、1個当たり数百万円以上の高値で取引されていました。
これに対してエルメスは、「メタバーキン」の販売行為が商標権侵害に当たると主張し、ロスチャイルドに対して損害賠償を請求しました。
マンハッタン連邦地方裁判所は、2023年2月にエルメス勝訴の判決を言い渡しましたが、ロスチャイルド側が控訴する意向を示しているため、今後も両者の争いは続く見込みです。
2. 日本でメタバーキン事件が起こったらどうなるのか?
アメリカで行われているメタバーキン事件の訴訟で主な争点となっているのは、「メタバーキン」が「バーキン」と同様に、エルメスにより製造等がなされていると一般消費者に誤解(混同)されるおそれがあるか否かの点です。
仮に日本でメタバーキン事件が起こった場合、日本の知的財産法の枠組みに従って判断がなされます。具体的には、「商標法」と「不正競争防止法」の2つの法律について検討が必要です。
2-1. 商標権侵害の要件
日本の商標法では、商標権侵害の有無は以下の2点から判断されます。商標権侵害が成立するのは、①②の両方を満たす場合のみです。
①問題となる商標が、登録商標と同一または類似していること
②問題となる商標が、登録商標の指定商品・指定役務と同一または類似の商品・役務(サービス)に用いられていること
①については、「メタバーキン」は「バーキン」の名称に由来していることが一目瞭然なので、類似商標であることは問題なく認められるでしょう。
一方②については、「バーキン」の登録商標に係る指定商品に、「メタバーキン」という商品が類似しているか否かが問題となります。
この点、エルメスは日本において「バーキン」と呼称する2つの登録商標(Birkin、BIRKIN)を有しており、指定商品はそれぞれ以下のとおりです。
Birkin:18類
→かばん類、袋物、皮革、携帯用化粧道具入れ、かばん金具、がま口口金、傘、ステッキ、つえ、つえ金具、つえの柄、愛玩動物用被服類
BIRKIN:14類
→記念カップ、記念たて、身飾品、宝玉及びその原石並びに宝玉の模造品、時計
「バーキン」の指定商品を見る限り、「メタバーキン」が「かばん類」に類似した商品であるか否かが問題になりそうです。
2-2. メタバーキンは「かばん類」の類似商品か?
「メタバーキン」はかばんの「画像」であって、かばん「そのもの」ではありません。「メタバーキン」の商標権侵害を認定するに当たっては、この点が高いハードルになるでしょう。
裁判でそのまま適用されるとは限りませんが、商品の類否については特許庁の商標審査基準が参考になります。
特許庁の商標審査基準によれば、商品の類否を判断するに当たっては、以下の基準が総合的に考慮されます。
・生産部門が一致するかどうか
・販売部門が一致するかどうか
・原材料及び品質が一致するかどうか
・用途が一致するかどうか
・需要者の範囲が一致するかどうか
・完成品と部品との関係にあるかどうか
「メタバーキン」については、かばん類である「バーキン」とは生産・販売方法が異なり、原材料や品質も一致しておらず、完成品・部品の関係にもありません。用途・需要者についても、現時点では一致してないと思われます。
したがって現時点では、「メタバーキン」がバーキンの類似商品と判断される可能性は低いでしょう。
ただし、今後メタバースが発展し、「メタバーキン」をメタバース内で「バーキン」のように身に着けることがスタンダードになるかもしれません。
その場合は、用途・需要者の一致化などを考慮して、「メタバーキン」がバーキンの類似商品と判断されるようになる可能性があります。
2-3. 不正競争防止法違反の可能性
不正競争防止法では、需要者の間に広く認識されている他人の商標等と同一・類似の表示を使用し、その他人の商品・営業と混同を表示させる行為が禁止されています(同法2条1項1号)。
不正競争防止法の上記規定では、商標権侵害とは異なり、商品の類似が要件とされていません。
したがって、商品として「バーキン」に類似していなくても、「エルメスが作った商品だ」と一般消費者に誤認混同されるおそれがあれば、「メタバーキン」が不正競争防止法違反に当たる可能性があります。
3. まとめ
「メタバーキン」事件のようなケースは、今後日本でも発生する可能性が十分あります。NFTを巡る法律問題は未解決・未整備の部分が多いため、今後の技術発展や裁判例などの動向を注視しましょう。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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